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では肝心の事件については、と聞けばメードは言葉を濁し、しばらく逡巡した後、青い顔でこう言った。「この旅館の中に犯人がいる」そう、最後には消えるような微かな声で。なにやら思い当たりがあるのか、探偵は更に尋ねようとしたが、メードはそれだけを言うと踵を返し廊下から姿を消してしまった。
2014-02-20 15:56:02首を捻る探偵は、次はそのままこの家の次男であるネコミミの部屋を訪ねる。そこにいたのは彼自身ともうひとり、この家の主治医をしているボマーという老医者だった。ふたりの姿を確かめ、頭を下げて扉を潜ると探偵はベッドの上のネコミミの顔を見てあっと声を上げた。
2014-02-20 15:59:29猫の耳だ。ネコミミという青年の頭には猫の耳が生えている。しかも彼は口を開けばにゃあと鳴くではないか。唖然とする探偵に老医者が説明する。なんでも彼は生まれつきとても奇妙な病に罹っているのだとか。さてそんな説明で納得いったものか。困惑する探偵の袖を引くと老医師は部屋の外へと促した。
2014-02-20 16:03:00老医師のボマーから重要な話を聞かされる。彼はだよもんの旦那の医師でもあるわけだが、旦那の命もそう長くはなくそれも周知のこと。財産も並ではないとなれば、なるほど探偵にも彼の言いたいことが伝わってきた。孤高氏の剣幕や、メードの意味深な発言にも頷ける。
2014-02-20 16:05:27旦那が犯人探しに執着するのもそのせいだろう。そして老医者は自殺したとされる娘と妻の検視も行ったという。話が早い、いや老医者も犯人が見つかってほしいからこそこう話すのだろうが、ともかく探偵は話を促した。しかし、聞かされたのは娘妻ともに死因に怪しい点はないということだった。
2014-02-20 16:09:47娘は今朝土左衛門となった男と同じく裏の湖で浮かんでいるのを発見されたが、溺死であったのは間違いないとのこと。自室で首吊りになっているところを見つけられた妻にしても首を括って死んだことは間違いなく他殺には見えないのだと。ただ、ふたりとも遺体からアルコールが検出されたらしい。
2014-02-20 16:13:43そうなれば二人を酔わせてなどと想像できるが、二人ともに深酒することは少なく、怪しむ材料とするにはやや弱いとのことだった。なるほどと神妙に頷くと、探偵はためになったと老医者に頭を下げその場を離れた。しかし、とんと犯人に目星も、本当に殺人なのかも見当がつかない。
2014-02-20 16:17:17廊下の寒さに腕を組んで歩いていると、中庭に犬と戯れる二人の仲居の姿が見えた。そんなに暇なのかと思ったが、ともかく二人にも話を聞いてみることにする。「最中?」「トモカです」「バナナ?」「トナナです」二人の仲居の名前はトモカとトナナといった。ついでに言えば犬の名はヨッミーだった。
2014-02-20 16:23:20お腹がすいていると勘違いされたのか、まだ昼には早い食堂で蕎麦を頂きながら二人の話を聞く。二人は若いからか好奇心旺盛なようでかつ自信家でもあり、この事件の犯人についてはそれぞれに推論があるという。唐辛子を足し蕎麦を啜ると探偵はそれをあまり期待せず聞くことにした。
2014-02-20 16:26:08「これは人狼の仕業です」そう二人は口を揃えて言う。どうやら不勉強だったようだが、この地方にはそういう類の言い伝えがあるらしい。ふと探偵の脳裏に町の入り口で出会った老婆の姿が思い浮かんだ。
2014-02-20 16:29:13ようはどこにでもあるような話だ。山の神だの祟りだの落ち武者の呪いなど、なんらかの超常的な悪意が人に乗り移り誰かを脅し殺してしまうとかなんとか。探偵は話半分に聞くと箸を置いた。仲居の二人は自説に大層自信があるようだが、それが本当なら探偵はお役御免となってしまう。
2014-02-20 16:32:39丼を返すついでに厨房も覗いてみれば、そこに二人の男がいた。片方はどうしてか目の前で服を脱ぎだした筋肉達磨の男。ここの板長らしい。そしてもうひとりはまだ幼く見える胡瓜を齧る少年。ここで板前修業をしているらしい。二人にも話を聞いてみるが、これといったことを聞くことは叶わなかった。
2014-02-20 16:35:56さて、膨らんだ腹を擦りながらロビーまで出てみれば探偵を呼び止める声。振り返ると妙に馴れ馴れしく、しかし見知らぬ男。男が取り出した名刺を読むとそこには丸太という名前があり、彼は新聞記者だという。警察とは仲がよくないが探偵は記者というのも苦手としていた。なにしろいつも馴れ馴れしい。
2014-02-20 16:38:46こちらが煙たがっても相手はおかまいなしだ。やれ犯人の目星は?だとか、愛憎劇なのか?と聞いてくる。そんなことはまだなにもわからない……と、探偵は気にかかり逆に彼へと問い返した。愛憎劇とはなんのことだと。記者はなにも知らないのかと鼻で笑い、しかし語りだす。
2014-02-20 16:44:11だよもんの旦那がもう長くないことは誰もが知っている。そこで気にかかるのは遺産のことだ。この町で一番の富豪であれば、その行方も気になるし玉の輿に乗りたいという者も少なくない。妻が誰と再婚するのか、長女が婿を入れるのか、堅物だと言われる長男が誰を見初めるのか、それは常に噂だった。
2014-02-20 16:47:47つまり、此度の事件はだよもんの遺産を巡っての家族間での骨肉の争い、あるいは玉の輿を狙っている者による陰謀ではないかというのが記者の見立てだった。探偵は聞き入りふむふむと頷く。この男のほうがよっぽど探偵に向いているのではないかなどと思いながら。あるいは小説家かもしれないが。
2014-02-20 16:50:19そう感心した振りをしていれば、呆れたのか記者の男は立ち去ってしまった。探偵は溜息ひとつ。気晴らしに懐の携帯でも齧ろうか、そうしようとした時、一人の青年が宿に戻ってくるのを見る。イーゼルとキャンバスを抱えているところを見れば画家というのは一目瞭然だ。
2014-02-20 16:55:26ひとつ会釈すると彼にも話を聞くことにしてみた。彼の名はむららぎはよんいーと言い、この旅館に一月ほど前から留まっては毎日風景画を描いていたらしい。そしてなんと、娘の溺死体も今朝の土左衛門も第一発見者は彼なのだという。毎朝、湖の畔から山を描くのが日課でそのせいで発見できたのだという。
2014-02-20 16:58:58「引き上げた時、お姉さまは両手に砂を握っていました」と彼はそう言った。今朝の土左衛門については浮かんでいるのが遠くだったので警察に任せたそうだが、お姉さまの時はそうでなく死体は浅いところにあったらしい。「……砂をですか」探偵は目を細める。やはりこれは自殺なんかではない。
2014-02-20 17:03:15画家の青年を見送ると、探偵は一応とこの旅館の客にも話を聞いて回ることにする。他に泊まっていたのは小説家のDAI。自称超能力者のぶりゅーわ。そして昨日ここにきたばかりだというででどん。
2014-02-20 17:06:44小説家のDAIは線が細く文学の香を漂わせているようないかにもといった青年だった。彼はこの旅館にもう2年も滞在しており、原稿料で宿泊費を賄っているのだという。少女恋愛を書くからか、この旅館の女性らについてはよく観察しているようで細かい話を聞くことができた。
2014-02-20 17:09:54例えば、女将や仲居のそれぞれは意中の人が傍におり、表向きは和やかに見えて裏では鞘当てが激しいことなど。詳しくと聞けばプライベートだとそれ以上は口にしてくれなかったが。犯行が玉の輿を狙う者だとしたら、犯人は彼女らの中にいるかもしれない。
2014-02-20 17:13:45残念ながら、超能力者を名乗るぶりゅーわという人物から有益な情報は得られなかった。超能力者だというのにその超能力も見せてもらえなかった。もっとも、ここでその超能力が出てきてしまえば一番困るのは探偵なので、それは別によかったのだが。
2014-02-20 17:15:52ででどんという客に至っては昨日ここに来たばかりなのであれば聞く話もあるはずがない。とはいえ一応はと聞いてみれば意外にもちょっとしたことを聞くことができた。土左衛門が引き上げられた時、ひどく怒りの形相を浮かべたなんというか幼女が好きで名前が怖そうな男がそこにいたらしい。
2014-02-20 17:19:25それは何者かと仲居の二人に尋ねてみれば正体はすぐに判明した。ロリスキーという地元の女学校の講師で、自殺した?お姉さまの先生だったそうだ。きゃっきゃとした声で語られるに真実かどうかは定かではないが、お姉さまとそのロリスキーという恐ろしい名前の男は深い仲だったらしい。
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