ある精神科医のつぶやき

北の極地の白き獣とはかなり違ってみえる…。
精神科医 精神科医療 てんかん 往診 ヒステリー 兼本浩祐
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精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
 中井先生がエッセイの中で往診についてとても細かく書いていらっしゃいます(『家族の深淵』みすず書房)。─実際の経験もありますか。 決して喜ばしいことではないのですが、往診せざるを得ないケースがありました。 訪問前には、家の中はどのような状況か、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
部屋の間取りや逃げ道の場所、危険な武器になるような道具はないかなどすべて把握して、覚悟を決めて行きます。 連れ帰る必要がある場合、どのタイミングで決めるか、なるべく乱暴なことはしないで連れ帰ることができるか、難しい局面の連続です。
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
患者さんが後で尾を引いて恨みを持つようなことは極力したくありません。 ただただ頭をフルに動かして必死にその時の最善な行為を模索し選択していく経験は、現在でも役に立っています。─極限のような環境がやはりあるのですね。しかし逆に、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
精神科医はだからこそ引きつけられる、使命感を感じるということがあるのでしょうか。それとも、目の前の人を何とかしてあげたいという気持ちが極限環境でもそこに引き止めるということがあるのでしょうか。 何とかしてあげたいという気持ちは当然ありますが、それよりも、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
何とかせねばと追いつめられるというほうが近いかもしれません。もちろんそういう差し迫った状況ばかりではないですが、そこまで追いつめられる体験というのは、なかなか忘れることができません。私自身、とりわけそういう体験を想起してしまうのは、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
尾を引いているからだと思います。 極限環境ばかりではないと思いますが、やはり時としてある。それによって鍛えられたと言いましたが、なぜかといえば、その中で知恵を振り絞るということもありますが、ずっと尾を引くからではないか。後で何度も想起しては、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
自分の中で何らかの結論を与えようと呻吟するような。そのプロセスがとても大事なのだと思います。とはいえ結論が出ない問題のほうが多いのですがね。 また、極限環境というのは様々な問題点が、純粋に高い濃度で絞り出されてくる場所なのではないかと思います。
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
それは時として精神科医療の問題であったり、患者さんの病理の特別な部分であったり、あるいは治療者個人の特性であったり、そういったものが顕在化しやすい場所なのです。 その場では懸命に目の前の問題の火消しをするわけですが、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
後で考えたら先に示唆されていたいろいろな問題がブワッと吹き出てきたんだなということがわかります。─ということは、たとえその現場を離れたとしても、苦労した体験については常に考え続けるということでしょうか。 あのときのあの事象はどういう意味があったのか、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
なぜ起こってきたのか、というのはずっと、何度も何度も考えますね。─経験を積まれるにしたがって、目指す「精神科医像」も形作られていきましたか。 精神科病院に勤めていたとき、上司の先生に、ある理想像を見ました。 普段は落ち着いて泰然自若とした方で、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
バリバリ動いて何でも解決していくというタイプとは正反対の先生です。むしろ知性的で、物事をいろいろな側面から見て考えていくというタイプです。 前々から臨床家として尊敬していたのですが、あるときとてもびっくりしたことがあります。病棟で一大事が起こった時、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
普段じっと目を瞑って思考しているようなその先生が、突然脱莵の如く駆け出すのです。私も後を追いますが、とても速くてついて行くのがやっとです。誰よりも早く現場にたどり着いて、「大丈夫か」とテキパキ指揮をとって、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
それは鮮やかなてさばきでその場を収めることに尽力されます。 その先生の変わりようを見て、管理を司る立場に立つ者の理想像とはこういうものなのではないか、と考えました。みだりに動くことはないのだ、大事なところで動けばいいのだ、と。 不測の事態が起こった場合、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
大抵は皆戸惑って心乱れてしまいます。そうした擾乱をこそ取り押さえることができる精神科医であらねばならないのだと、彼を見て思いました。私はその先生を密かに「眠れる獅子」と呼んでいました(笑)。 いざという時に頼りになる人、というのが、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
一つの理想的な精神科医像だと思います。第四章 「専門家」になるとはどういうことだろう「専門家」ってなんだろう?─精神科医の専門性というものについてお話を伺えますか。 具体的に、ある先生を例にしてお話ししたいと思います。 愛知医科大学精神科教授の兼本浩祐先生で、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
てんかん学の専門家として有名です。私は『精神科薬物治療を語ろう』(日本評論社)という本を共同編集で出版しましたが、愛知医大時代の上司でもあります。私は名古屋市立大学の出身ですが、どうしても学びたいことがあったので、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
そちらの医局を離れて愛知医大に移らせてもらいました。 精神科医として数年のキャリアを積み、それなりの経験をした頃でしたが、臨床を続けていくうえでどうしてもわからない、何度も何度も壁にぶち当たって混乱していたケースがありました。
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
ヒステリーという病気とてんかんとの鑑別がとても困難な例です。 ヒステリーは精神分析でもしばしば取り上げられ、昔からある古典的な神経症の一種ですね。精神病理学の中でも重要な位置を占める病気の一つです。 てんかんは精神科でも取り扱いますが、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
どちらかというと神経内科と精神科の間にあるような領域の病気です。けいれんを起こしたり、脳に生じた異変が精神症状を引き起こしたり、非常に華やかに様々な症状があらわれます。ところが精神科の中心的な病気としては認識されていないため、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
何か境界を超えた難しさがあるのです。 日本のてんかん学の中でも指折りの専門家である兼本先生が愛知医大にいらしたので、医局の移転を決めたわけです。そのてんかん外来に、予診や陪席をして参加させて頂きました。てんかんやその類縁の疾患で悩んでいる患者さんが、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
全国から集まる外来です。 私の中では、ヒステリーとてんかんとの鑑別困難例を見極める技術を身につけるぞ、という重要な課題があったのですが、色々学ぶ中で、専門家のあり方についても大いに蒙を啓かれた思いがしました。─ぜひ具体的に教えてください。
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
『てんかん学ハンドブック』(医学書院)という兼本先生の著書があり、それを傍らに置きながら診察に陪席していました。ハンドブックという名前のとおり、コンパクトにてんかんの診療についてまとめられている本です。とはいえ、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
よくここまで該博な知識を体系づけられたなと感心するくらい濃密な本です。 私は、てんかんの博物学がここにある、と思いました。博物学というのは、てんかんに関するありとあらゆるものに精通しているという意味です。診察では、
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
どんなに珍しい症例にあたっても『てんかん学ハンドブック』に記されていない所見は皆無でした。微に入り細にいたるまで、それぞれの疾患についての特徴が書きつけてあり、私は診察室で何度も既視感にとらわれ、「あっ」と思わず声を出しそうになりました。
精神科医 熊木徹夫 @tetsuo_kumaki
─「博物学」という一言で、どのくらいすごいのかのイメージが湧きました。診察で特に印象的な場面はありましたか。 たとえばてんかんにはいろいろな発作がありますが、兼本先生はそれぞれの発作の形態を真似るのがとても上手なのです。
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