- rosalie0313
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高橋は今回、一人だけ全く違う世界で戦ってた。 例えるなら算数のテストで、答えは間違っていたけど、字が達筆すぎる...みたいな。 私は美しい芸術が好きなので、五輪の演技でも充分満足なのだが、 でも大ちゃんの実力はこんなもんじゃない。出しきってないと言う意見もよく分かる。
2014-02-17 20:13:33昔なら芸術点があったから全て含めて評価されただろうに。演技構成点にはあの演技を評価できる項目がない。採点が高橋に追い付いてない。採点より先の世界に行ってた高橋が遂にロケットで大気圏突破してしまった...みたいな。もう競技フィギュアという枠から大幅にはみ出している。
2014-02-17 20:31:20でもやっぱりこれは競技フィギュアな訳で、ジャンプが跳べれば評価されるべきだし、所作が雑でも、フィギュアスケートがスポーツである限り跳んだ人が勝者であるべきだと思う。スポーツの中に芸術が入っているのが競技フィギュアなのだ。だからこそ、スポーツと芸術が融合した美しさがあるのだ。
2014-02-17 20:38:51でも、あまりにもあの高橋の演技は芸術的すぎたし、フィギュアスケートの本質はジャンプやスピンの回転数じゃない、これがフィギュアスケートだ、と五輪の舞台でそれが結果的に表現されてしまったのも脅威で、点数や順位なんてどうでもいいんだって思わせてしまうのが高橋の恐ろしいところ。
2014-02-17 20:44:18多分私はあの演技を見て価値観が変わったんだと思う。スポーツ選手は努力が結果として報われるべきだと思ってた。それが金メダルだと思ってた。でも高橋のあれは、金メダルよりももっと価値があるし、あの演技の前では金メダルの存在すら霞んでしまいそうになる。
2014-02-17 21:00:31それがスポーツの限界であり、フィギュアスケートがスピードスケートとは違う、身体芸術であるが故の矛盾とジレンマなのだ。 勿論金メダルは名誉な事なので是非とも高橋には五輪で金メダルを手に入れて欲しかった。 全部ジャンプを決めて欲しかった。 でもあの演技自体が私の中では金メダルだ。
2014-02-17 21:06:48結局なんでそこまで大興奮しているのかというと。
誤解を恐れずに言うと。 いや安っぽくなるからあまり言いたくないんだけど。 高橋は五輪でフィギュアスケートの申し子から、フィギュアスケートの神様になってしまったのね。あの演技はフィギュアスケート教の教典だよ。 って思ってしまうくらいの信仰心に近い感動だったんだよ。私は。
2014-02-17 21:15:28あまりにも電波で書かなかったけど、私はあの瞬間、フィギュアスケートの神様が産まれた瞬間を目撃してしまった、と興奮したんだよ。しかも技術的な神様ではなく、表現力としての。 冷静になって、いや、神様とか...デーオタの妄想乙...ってなって書かなかったけど。結局今書いたけど。
2014-02-17 21:18:31