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  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 01:12:02
    『カンブリア宮殿』はまあ、あんなもんでしょうね。大した発見はなかった。新雑誌創刊日の宣伝という感じで。あの番組、面白い時もあるけど、大方、成功した経営者の自慢話ですから。自己啓発的な意味しかないね。今日の番組観てウチの雑誌も付録つけようなんて言い出してる出版経営者はダメでしょう。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 01:18:07
    宝島社(旧JICC出版局)じゃ若い頃、世話にもなったしひどい目にもあったけど(よくあの安い原稿料で書いてたもんだ!?)、やはり大したもんじゃないですか? なんせ今、百万部の雑誌出してるんですから。問題はマガジンハウスですね。いったい、どうしちゃったんだろう?
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 01:27:35
    私は「マガジンハウスが落日した」と書きました。単に評論家的にそう言ったわけじゃない。それを説明するにはマガジンハウスの歴史から語るしかない。マガジンハウスは平凡出版、終戦直後の凡人社として始まりました。創業社は清水達夫と岩堀喜之助の二人。この社の雑誌のポイントは異種交配。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 01:33:48
    「週刊平凡」の表紙を三島由紀夫と女優にしたり。先端的なものと大衆的なものの融合。今朝ツイートした、前衛→大衆のモデルを最初にやったんですね。かつて私は平凡出版を「ポップでアバンギャルド」と評した。今日、主流になったグラビア・ファッション誌の原型をほぼこの社が作り、リードした。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 01:39:28
    女性ファッション誌だって元祖は1970年創刊のアンアンですね。この会社には政治を扱う雑誌がない。文藝春秋や中央公論みたいな親父雑誌がない。あくまでファッション、カルチャー、レジャー…。そして今、書店やコンビニの雑誌スタンドを見ると、それらが占拠している。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 01:45:58
    重要なのは広告収入、バブル期には莫大な広告収入でグラビア雑誌やファッション誌は大儲けして、出版社は肥大化、読者よりも広告主のほうを見るようになった。実際、雑誌を「媒体」とか言い出す編集者もこの頃、現れている。編集者が広告屋やイベンター、空間プロデューサーに転身していったりもした。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 01:59:28
    バブルが弾けようとしていた1991年、私はマガジンハウスの創業者・清水達夫に会いに行った。週刊SPA!の連載「中森文化新聞」の第1回で対談した。当時、私は31歳、清水達夫は70代半ば。清水は名誉会長で編集の現場から離れていた。岩堀喜之助は亡くなっていた。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:03:56
    私は清水達夫に言った。自分は雑誌が大好きで、マガジンハウスの雑誌で人生を変えられた。だけど今のマガジンハウスはおかしい。儲かってるかもしれないが、読者のほうを見ていない。広告主を見ている。自分の好きな出版社ではなくなってしまった、と。清水達夫は黙って聞いていた。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:09:31
    今、書店に行けば広告を満載したファッション雑誌があふれている。清水たちが作ったセオリーの雑誌が占拠している。あたかも出版界ではマガジンハウスが完全に勝利したかのように見える。はたして本当にそうだろうか? ただ一誌、その流れに抵抗している雑誌がある。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:17:39
    『暮らしの手帖』だ。この雑誌には一切広告が入っていない。『暮らしの手帖』の創刊編集長・花森安治は実はかつての清水達夫の同僚だった。二人とも戦時中、大政翼賛会宣伝部にいた。国家の戦争宣伝を担う組織だ。花森は「欲しがりません、勝つまでは」の題字まで書いたと言われている。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:23:39
    終戦後、花森は戦時中の自分の仕事を悔いた。もう男言葉で政治のことは語るまい。これからは女たちの台所、生活の雑誌を立ち上げるんだと。花森はオカッパ頭でスカートをはいていたという。そして宣伝(戦争広告)の罪深さも。花森は決して自分の雑誌に広告を入れようとしなかった。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:29:21
    マガジンハウスと暮らしの手帖社、大政翼賛会出身の二人の編集者が戦後、創業した会社は非政治的ないわば女子供の出版社である。しかし一方は莫大な広告収入を得る雑誌モデルを作り、今一方はまったく広告を入れないという極めて対照的な姿勢を示した。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:33:32
    花森はもう亡くなっている。でも『暮らしの手帖』はいまだ広告を入れずにその姿勢を守っている。私は清水達夫に問うた。「今、マガジンハウスは完全に勝利したかのように見える。しかし清水さん、あなたは本当に花森安治に勝ったんですか?」と。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:38:10
    清水達夫はしばし沈黙した。それから言った。「花森安治は天才だった。彼は雑誌が大好きだった。今、マガジンハウスは儲かるから、オシャレだから入りたいという若い人たちがいる。私はそういう人に来てほしくない。本当に雑誌が好きな人に入社してほしい」
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:44:06
    そう私に話した翌年、清水達夫は亡くなった。亡くなる寸前、清水はマガジンハウスのPR誌に「若き編集者への手紙」と題する遺言のような連載を始めた。それは「Nくん」と呼びかける内容の文章だった。その「Nくん」が誰の頭文字か、すぐにわかった。私は鳥肌が立つほど感動した。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:49:40
    マガジンハウスの創業者・清水達夫のことを想起する時、「雑誌」という言葉が思い浮かぶ。よく見ると「雑誌」には「志」という字が隠れている。「志」がなくては「雑誌」は成り立たない。そのことを清水さんは私に教えてくれた。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 02:55:09
    清水達夫は最後に言っていた。自分は編集の現場を離れた。でも生涯、編集者でいたい。それで俳句美術館を作った。今では美術館の壁を編集しているんだ。あれは私の雑誌なんですよ、と。18年前に亡くなった清水達夫に今、私は言いたい。
  • 中森明夫『アイドルになりたい!』 @a_i_jp 2010-10-29 03:01:55
    清水さん、Nです。50歳になりました。4年間続けた週刊誌のコラム連載が先月終わってしまいました。それでも僕は今、真夜中にあなたのことを書いています。5000人の読者に向けて。あなたにとって美術館の壁がそうだったように―今の僕にはこのツイッターが雑誌なんです!

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