10周年のSPコンテンツ!
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NJSLYR / ニンジャスレイヤー @NJSLYR
「ハイ」戦略机に肘をつき、IRC黒電話の受話器を掴む男の声は、低く、細い。小窓から差し込む光の筋に埃が舞い、天井の換気ファンを一匹の小蝿が横切った。「ハイ。ハイ。その通りでございます。ハイ。全くもって抜かりはありません。ハイ。逃げられはしないでしょう。完璧な監視体制だ」 1
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通話相手が何事か喋るのを、ガスマスクメンポの男……古代ローマカラテの使い手、冷酷残忍なニチョーム・ストリートの総督ニンジャ、ディクテイターは、背中を丸めて聞いている。再び答える。「ハイ。カメラ監視体制です。クズ共……アー」ディクテイターは視線を横へ動かし、「住人も動員できます」2
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室内は無音、「第四帝国」パネルの金色も鈍い。「まずはお任せください。必ずや。数日で済むと思います。ハイヨロコンデー」……ディクテイターはIRC黒電話を置いた。椅子を回し、横と、後ろの同席者を見た。「……」ディクテイターは言葉を探しているようだった。 3
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一人は鍛え上げられたしなやかな巨躯とボンズヘアーの持ち主。一人は長い黒髪の男だった。彼らは無言の視線をディクテイターに注ぐ。ディクテイターの左目は腫れ上がり、青アザが惨たらしい。「そのう……俺はこの後、どう」「さあ。知らね」長髪の男が歯を剥き出して笑った。「どうなるンだろな」 4
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【ニチョーム・ウォー……ビギニング】#1
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色とりどりのネオン看板、猥雑な映像モニタ、ワータヌキ像やカドマツ。街角のオブジェクトは昔と変わらない。だが空気は重く、彩度は低く、ゴミを漁るバイオネズミの息遣いは不吉で、道行く人は稀だった。……ニチョーム・ストリート。黒い仮設防壁に囲まれ、緩やかに隔てられつつある街。 5
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風にさらわれたタブロイド紙の切れ端が電柱に張り付き、「キョートと緊張高まり」「露骨な失礼」「弱腰外交」などの警戒色見出しが見え隠れする。やってくる二人は対照的な背丈だ。一人は7フィート超のしなやかな巨躯。一人は小柄な十代の娘。オツヤめいた足取りだ。この街の空気と同様に。 6
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二人は言葉を交わさず、さらに暗い路地へ踏み入った。倒されたポリバケツのそばにうずくまる人影にまず気づいたのは、小柄な少女だった。少女は人影に駆け寄ると、屈み込み、肩を揺さぶった。「ねえ!」「死んでるわ」7フィートの同行者が少女に声をかけた。うずくまる男はぐらりと傾き、倒れた。 7
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「この人」少女は……ヤモト・コキは、死体の名を呼ぶ前に躊躇した。痩せ衰えたその死体は、生前の面影を殆ど残していなかったからだ。「ボノキ=サン……」「間違いないわね。鼻にホクロあるもの」ボンズヘアーのクイーンはヤモトの横へ進み出、死体の瞼に触れて目を閉じさせた。「ナムアミダブツ」8
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「ザクロ=サン。これ」ヤモトはボノキのブルゾンのポケットから、キャンディーめいたものを取り出して見せた。包み紙には「純情」の漢字。ザクロの目が曇った。受け取り、開くと、小指の先ほどの黒い丸薬だ。乾燥アンココーティング。「……」ボノキの口元にも、同じ黒さがある。 9
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「ナチュラリストよ、ボノキ=サン。似合わない事しちゃってさ……」「ザクロ=サン」ヤモトが気遣わしげにザクロを見た。ザクロは溜息を吐いた。「二人目ね。フー……てことは、三人目も、四人目も」「そんな事」「するわけない。信じたいわ、そりゃね」ザクロは首を振った。「勘は当たるものよ」10
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「純情」。ピュア・オハギはアンダーグラウンドに彗星のごとく出現したデザイナーズ・ドラッグだ。日々報じられる不穏なニュース、抑圧の空気、戦争が始まる・始まらないといった噂、肌で感じる不安……正体のない、捉え難い絶望的アトモスフィアに最初に毒されたのは、感じやすい若者達だった。11
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出処のわからぬまま安価で流通するピュア・オハギは、平安時代のニンジャ・ピルに似た外観を持ち、服用者に強烈な多幸感と虚脱、忘却をもたらす。みじめな楽園への鍵が、ときには重い代償をもたらす。アナフィラキシーショックによる死、オーバードーズによる死、耽溺の果ての衰弱死。 12
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これまでニチョームはそうしたドラッグ禍とはほぼ無縁であった。強固な自治会の存在が周辺ヤクザクランの進出を阻んできたからだ。アマクダリ・セクトとの抗争後、総督として派遣されたディクテイターの手によって自治会が無力化されて以降も、その護りは引き継がれた。隔離によって。13
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隔離。然り。ニチョームの境界へ目を向ければ、貴方がたは建物と建物の隙間にそれとなく設置された、ユニット式の黒い仮設隔壁の存在に気付くことが出来るだろう。周辺地域の反マイノリティ運動が引き起こす危険から市民を護るための防壁だ。じき、大通りには検問所が作られるという話である。 14
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よくないことが進行している。とてもよくない事が……。しかし、怪我の功名と言って良いものだろうか、一方でそれが外界の汚染トレンドをかえって遠ざける結果をもたらしてもいたのだ。少なくともこれまでは。「……」ザクロは懐からIRC通信機を取り出した。「ドーモ、ディクテイター=サン」 15
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『いつまでほっつき歩いてンだ、ア?小娘とファックでもしてンのか?そっちもイケるのか?ア?』ナムサン。何たる罵詈雑言か。ザクロのこめかみに血管が浮き上がった。「そんなに急かさないで。あったわよ。通報通り」『なら、カンオケでもゴミ回収車でも用意して、キチッとしとけ。フラつくな!』16
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IRC端末がミシミシと音を立てる。ヤモトがじっとそれを見上げる。ザクロは通話を終え、優しい笑顔を作った。「ボノキ=サンに続く大バカが出ないように、頑張らないといけないわよ」「そう……だよね」「あのクソアホクズはふんぞり返らしときゃァいいのよ。アタシ達に出来る事は沢山ある」 17
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「最適手、最適解」「アタシの言ったこと覚えてたの?そうよ、今はこれが最適解。笑えるときに笑う為に、出来る事をしましょ」「うん」「わかるわよ。胸糞悪くなるのも当然」「違う」ヤモトは首を振った。「そういう事じゃなくて……」ヤモトは言葉を探すが、そのまま黙る。ザクロは肩をすくめた。18
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ヤモトは言葉にならぬ不安を頭のなかで整理しようと努力した。最適解を選んで、選んで、今のこのニチョームがある。ディクテイターが。より歩き易い道を選び続けた先に、果たして出口はあるのだろうか。その先が崖になっているとしたら?譲れない物を少しずつ、一つ一つ明け渡した、その先……。 19
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到着した搬送車両に後を任せ、二人は帰路につく。ザクロは手の中のピュア・オハギを見て、思案顔だ。どこから入ってきた。誰が汚染されている。洗い出さねばならない。辛い仕事になるだろう。「そりゃあ、ナメられもするわよね」ザクロは呟いた。「何に」「ヤクザクランどもによ!不甲斐ないわ!」20
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……「オハギ?ピュア?」ディクテイターは片眉を上げた。「そりゃけしからんなァ。自制できんクズの集まりだからな、ここは。おぞましきバビロンだ。何の為にお前らを取り立ててやっていると思ってる。管理しろ、管理」耳穴をほじりながら、己の地位を誇示するがごとく、室内を悠々と歩きまわる。21
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「クローンヤクザを貸してくれない?」ザクロは切り出した。ディクテイターが足を止めた。そして芝居がかって振り返った。「ハァーン?言うに事欠いて、クローンヤクザ?」「この街に、カブキチョのヤクザクランが入ってきてる」ザクロは確信を持って言った。「そいつらがクスリを流してる」 22
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「……で?」ディクテイターが冷たく促した。ザクロは息を吐いた。ヤモトは廊下に待たせている。この下衆が何をしでかすかわからないからだ。「やるしかないでしょ。アジトを探し出して、ブッ潰すのよ、出張所を。頭数が要る」「BANGBANG!」ディクテイターが発砲モーションでふざけた。 23
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「お前はバカか?バカだな?ア?しょうもない脳みそだ」ディクテイターはやや背伸びし、ザクロの頭を拳でコンコンと叩いた。「どこの何て名前のヤクザクランかもわからん、アジトもわからん、規模もわからん、ン?」「……」ザクロは沈黙で肯定した。ディクテイターは肩をすくめた。 24
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コメント

オスツ🍣 @alohakun 2014年4月22日
ニチョーム・ウォー……ビギニング #2 http://togetter.com/li/658058