茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの連続ツイート第1225回「なくてはならぬは、大抵思い込みである」

脳科学者・茂木健一郎さんの5月4日の連続ツイート。 本日は、今朝、ふと思い出したこと。
コラム 茂木健一郎 なた
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茂木健一郎 @kenichiromogi
連続ツイート第1225回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、今朝、ふと思い出したこと。
茂木健一郎 @kenichiromogi
なた(1)大学院の時、同じ研究室に長島というやつがいて、こいつが酒は飲まないんだけどものすごく食うヤツだった。それで、根津にはん亭という串揚げのお店があって、お任せで6本出てきて、そのあとは6本づつ追加する。一周すると、確か、30本とか36本になると思う。
茂木健一郎 @kenichiromogi
なた(2)それで、たいていの人はビールを飲んだりお酒を飲んだりしながらはん亭の串揚げを食べて、12本とか、せいぜい15本(3本ずつ頼むこともできるのだ)で終わるんだけど、長島は恐ろしいことに、一切酒を飲まないで、平気で一周36本して、また二周目も頼んでいた。
茂木健一郎 @kenichiromogi
なた(3)それで、長島に、「よくビールやお酒を飲まないでそんなに串揚げばかり食べられるな」と言っていたのだけれども、ある時お酒飲まないで食べてみたら、それなりに食べられるというか、むしろ舌が冴えて美味しさがよく伝わってきた。して見ると、お酒を飲んでいるのは何なのだろう。
茂木健一郎 @kenichiromogi
なた(4)フレンチは、最初はシャンパンで、次は白でさらに赤みたいなイメージがあるけれども、ごくまれに、水だけで食べてみると、むしろ味覚が研ぎ澄まされていて、料理自体は深く味わえるように思えることがある。お酒は、談話を弾ませ、楽しい時間を過ごすための装置なのだろう。
茂木健一郎 @kenichiromogi
なた(5)何かがなくてはならぬ、というのは大抵は思い込みであることが多い。以前、テイクアウトの寿司やさんで買って、公園に行って、さあ食べよう、とした時に醤油がついていないことに気づいた。ウゲッと思ったが、面倒だと思って醤油をつけずににぎり寿司を食べたら、案外平気で美味しかった。
茂木健一郎 @kenichiromogi
なた(6)高校の時、日経サイエンスの懸賞論文に入選してハワイに行った時、同行された東大地震研の中村先生が、ステーキにソースがついてきてないと憮然とされている。私はうまいうまいと食べている最中だったので恥ずかしくなったが、実際、ソースなしで食べても、案外(実に)うまかった。
茂木健一郎 @kenichiromogi
なた(7)このツイートはMacBook Airで書いている。どこに行くのもキーボードつきのパソコンなしでは何もできないと思い込んでいるが、しばらく前、二泊の出張にパソコン持って行くのを忘れ、もうダメだ、と思ったが、案外スマホだけで生きていけた。パソコンなしだと死ぬのも思い込みだ。
茂木健一郎 @kenichiromogi
なた(8)「○○がないとダメだ」と思い込むのは、心理学的にはfocusing illusionとか、anchoringという。「○○がないと幸せになれない」というのが典型で、実際にはなくても何とかなってしまう。むしろ、「もし○○がなかったら」と心配することの方が、健康に悪い。
茂木健一郎 @kenichiromogi
なた(9)酒好きは、酒がなかったらどうしよう、足りなかったらどうしようという恐怖にいつも駆られているらしい。内田百閒の『阿房列車』にはそんなことばかり書いてあって愉快だが、一度、百閒先生にアルコールなしではん亭の串揚げを食べていただき、「先生どうです?」と聞いてみたかった。
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上、連続ツイート第1225回「なくてはならぬは、大抵思い込みである」でした。
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