#鳳翔の艦娘講座 駆逐艦 ~天津風編~ とおまけ

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鳳翔 @Housyou_kankore

この雷撃で天津風ちゃんは、荒れた天候もあって前後に船体が切断をしてしまい、艦橋を含む艦前部が喪失してしまいます。 艦後部は応急処置で沈没を免れますが浸水の為ボイラーが停止をして航行不能となってしまいます。

2014-04-30 00:11:47
鳳翔 @Housyou_kankore

天津風ちゃんは救援緊急電を発信しますが、艦橋を失ったため海図が無く、その為被雷位置を100浬程ずれて報告してしまい、友軍に発見されませんでした。その為、そのまま一週間程漂流をします。 その後友軍の航空隊に発見をされ、その誘導で救援が到着、サイゴンに曳航をされます。

2014-04-30 00:14:40
鳳翔 @Housyou_kankore

それから10ヶ月程をかけて応急修理を受けた天津風ちゃんは、有名な仮艦首を装着される事になります。 これは切断した箇所から先にくっつけ合わせる形になりまして、艦橋のすぐ前が艦首となり、これで艦の全長がおよそ40mも縮んでしまって72.4mとなってしまいます。

2014-04-30 00:17:02
鳳翔 @Housyou_kankore

ただ、この応急艦首は航行時に巨大な波を作り出して、実際の速力より過大に見せる効果を生み出したおかげで、後に空襲回避に貢献する事になります。 文字通りの怪我の功名、でしょうか? なお、海軍は天津風ちゃんの日本での修理を決定。艦長さんも帰国修理を決意します。

2014-04-30 00:18:59
鳳翔 @Housyou_kankore

1944年3月、輸送船団に加わっての帰国が決定をして、シンガポールを出航します。 ところが途中米爆撃機の度々の空襲や米潜水艦の襲撃により輸送船団は全滅をしてしまいます。 天津風ちゃん自身も襲撃を受けますが、何とか香港に到着。新たに香港から門司へ向かう輸送船団に合流します。

2014-04-30 00:21:04
不明乗務員 @FO5GJ

@Housyou_kankore この時救援に出たのはこれまたベテランの「朝顔」。その差し入れに、乗員は涙したと聞きます…。

2014-04-30 00:21:30
鳳翔 @Housyou_kankore

先程1944年3月と云いましたが、これは1945年3月の間違いですね、お詫びして訂正します。 しかし、この船団も出航前からB-24の爆撃を受けて、海防艦満珠ちゃんが大破着底をしてしまいます。この満珠ちゃんから天津風ちゃんは25mm単装機銃2基、13mm単装機銃1機を譲り受けます

2014-04-30 00:24:41
不明乗務員 @FO5GJ

@Housyou_kankore なお、この輸送船団の中にはついに散った「佐世保の時雨」と引き換えに何とかシンガポールに辿りついた「さらわく丸」の名前もあったけれど…。

2014-04-30 00:27:12
鳳翔 @Housyou_kankore

譲り受けて装備をした後、香港を出航しますが、2日後にアモイ沖にてB-25の爆撃を受けます。この戦いで天津風ちゃんは合計18機のB-25と交戦、3機を撃墜し2機に損傷を与えますが、500ポンド爆弾3発が船体後部に命中、主砲が全滅、無線機・機関・舵が故障、火災が発生してしまいます。

2014-04-30 00:28:44
鳳翔 @Housyou_kankore

そして左舷に傾斜をして漂流をします。 火災は一次は弾薬庫付近まで到達し危機に陥りますが、浸水により鎮火に成功、人力操舵で6ノットを発揮可能となり、アモイまで自力航行をします。 何とかアモイ湾まで到着した天津風ちゃんですが、推進機関損傷により機関再起動に失敗、漂流をして座礁します。

2014-04-30 00:31:36
鳳翔 @Housyou_kankore

一旦波に流され離礁しますがその後再び座礁。 その際略奪目的の賊に襲撃を受けますが、撃退をします。 しかしながら、ここに至って艦の機能回復は絶望的と判断をされ、装備などを陸揚げした後、爆雷の自爆により爆破処分をされました。 以上が、天津風ちゃんの戦歴です。

2014-04-30 00:35:20
鳳翔 @Housyou_kankore

天津風ちゃんの諸元ですが。 全長118.5m、全幅10.8m、基準排水量2033トン、速力35ノット。 12.7cm連装砲3基、 25mm連装機銃2基、 61cm4連装魚雷発射管2基、 爆雷16個、 を装備して居ました。

2014-04-30 00:36:36
鳳翔 @Housyou_kankore

なお、天津風ちゃんの名前は海上自衛隊さんの護衛艦娘ちゃんに引き継がれました。 3代目に当たりますあまつかぜちゃんは、日本初の艦対空ミサイル装備の護衛艦として建造をされました。 1957年、米軍から新型艦対空ミサイル「ターター」の供与に関する打診が海上自衛隊にもたらされます。

2014-04-30 00:40:09
鳳翔 @Housyou_kankore

これを受け海上自衛隊では、ターターシステム搭載艦に関する検討が開始をされます。それらの結果を受けて1960年計画艦として予算成立が行われました。 当初、あきづき型護衛艦をベースとして基準排水量2600トン級で設計が行われますが、調査の結果その規模では収まらない事が判明をします。

2014-04-30 00:41:49
鳳翔 @Housyou_kankore

そこで設計改良が数回行われ、1962年に基準排水量3050トン、機関出力6万馬力の計画がまとめられました。 こうして建造をされたのがあまつかぜちゃんです。

2014-04-30 00:42:48
鳳翔 @Housyou_kankore

さて、あまつかぜちゃんですが。 1962年11月29日に起工、1963年10月5日に進水、1965年2月15日に就役をします。 あまつかぜちゃんの特徴としては、当時建造をされたいすず型護衛艦のスペースベースの手法を採用したため、従来艦よりも艦内容積が拡大しています。

2014-04-30 00:45:19
鳳翔 @Housyou_kankore

またいすず型を拡大した2層の全通甲板を有する高乾舷の遮浪甲板型が採用をされました。これは成功を収め、後の護衛艦の基礎となりました。 主機関は船体同様当初はあきづき型を踏襲する予定でしたが、艦型拡大の為出力増強が求められ、より高圧高温の蒸気タービンが導入をされました。

2014-04-30 00:47:36
鳳翔 @Housyou_kankore

あれ?この辺の経緯は、何やら天津風ちゃんに似ていますよね? 流石はあまつかぜの名を冠する艦ですね。

2014-04-30 00:48:16
鳳翔 @Housyou_kankore

そして、その結果、あまつかぜちゃんは国産護衛艦では最速の艦となり、その記録は今のところ破られていません。 ただ、平成30年度以降に防衛省は40ノットクラスの速力を出せる小型護衛艦、ある所では「ポケット護衛艦」などと呼ばれていた物を建造予定だそうでして、記録が塗り替えられそうです。

2014-04-30 00:50:53
鳳翔 @Housyou_kankore

また、あまつかぜちゃんではターターシステム用の電力を補う為に主発電機として1000kVAの蒸気タービン駆動発電機を2基、停泊用として250kVAのディーゼル発電機2基、非常用として同じ物を1基搭載して居ました。ところがディーゼル発電機1基では出力が足りない事が判明。

2014-04-30 00:53:58
鳳翔 @Housyou_kankore

かといって2基で発電すると電圧が安定せず、やむを得ず航行中、停泊中構わず主発電機がフル稼働する事になってしまいました。これは後の現代武器システムでの電源供給における重要な教訓となりました。

2014-04-30 00:55:12
鳳翔 @Housyou_kankore

とまあそんな感じのあまつかぜちゃんでしたが、ミサイル装備艦の建造費が高価だったこともあり、同型艦が建造をされず、11年後にたちかぜ型護衛艦が建造されるまで唯一のミサイル装備艦として、虎の子の存在でした。

2014-04-30 00:57:26
鳳翔 @Housyou_kankore

また、艦載装備を中心に計画的に数回の近代化改修が行われまして、その結果当時の護衛艦としては異例の30年間に渡って、第一線で活躍をして居ました。 1980年、ひえいさんと共に海上自衛隊初のリムパックに派遣をされます。

2014-04-30 01:01:53
鳳翔 @Housyou_kankore

この演習では4回の艦対空交戦を全て成功させ、また潜水艦を撃破した事によりこの時のリムパックでの最優秀艦として高く評価をされました。 1981年3月、たちかぜ型護衛艦2番艦のあさかぜちゃんが就役、二人揃って第1護衛隊群第61護衛隊に配属となります。

2014-04-30 01:03:36
鳳翔 @Housyou_kankore

1986年3月、第3護衛隊群直轄艦として編入、舞鶴に転籍します。 1988年3月、第3世代ミサイル護衛艦2番艦のしまかぜちゃんが就役。二人揃って第63護衛隊に配属をされます。 この時代でもしまかぜちゃんとは縁があるみたいですね。

2014-04-30 01:07:26