―初演前夜―
『……何だロルフ、まだ残っていたのか。』『支配人…ええ、明日が本番ですから。納得のいく仕上がりになるまでは帰れませんよ。』『相変わらず、お前は生真面目だな。どこかの誰かとは違って、』『この性格のせいで、上手くいっていないということは分かっているのですが…こればかりは性分でして。』
2014-06-13 23:30:17『なら、私も付き合おう。私もお前の完成度が気になるからな。』『……はい、よろしくお願いします。』『ここには客なんていないんだ、思い切りやってみろ。失敗しても誰も見ていないなら気にはならないだろう?』『……はは、そうですね。では幻聴に惑わされたと思って一度やってみます。』
2014-06-13 23:34:22''[オペラ:道化師]
○主演:ロルフ・ワーナー''
≪前奏≫ (街一番の劇場、そのエントランスに道化の姿の男のポスターが貼られている――『道化師』、主演は劇団の人気テナーのロルフ・ワーナーである。白金の髪と青い瞳に婦人方はうっとりとしている。)
2014-06-14 20:21:40≪開演≫ (舞台の幕はまだ上がらない。そこに一人の道化師が現れた。白金の髪に涼やかな青い瞳、道化の化粧をしても尚美しい顔立ちだということが見て取れる。『舞台の上では人を笑わせる我々道化役者も、血肉を持った普通の人間。悲しみや苦悩を感じるのは一緒です』口上が終わると男は消えた。)
2014-06-14 21:10:22≪開幕≫ (ある村に旅回りの一座が訪れ、座長が芝居の宣伝をした。座長の妻は一座の女優、しかし彼女は嫉妬深い座長に嫌気がさしていた。女優は自由に焦がれ歌う。そこに一人の座員が現れた。男は女優を口説くが、実は女優にはこの村に愛人がいたのである。二人は密かに駆け落ちの約束を交わす。)
2014-06-14 21:20:24(その現場を、座員の男は見ていた。男はすぐに座長を呼んだ。『今夜からずっと、アタシはアンタのもの』妻が愛人にそう囁き、それを聞いた座長は逆上した。愛人は逃げだし、妻は相手の名を夫に明かすことを拒む。座長の怒りは収まらないが、彼は今夜、感情を隠して芝居をしなければならなかった。)
2014-06-14 21:30:26≪第二幕≫ (いよいよ芝居が始まる。その内容は正に、先程の騒動をなぞるようなものであった。『今夜からずっと、アタシはアンタのもの』女優であり妻である女は同じ言葉を紡ぐ。座長であり夫である男はその台詞に取り乱した。その様子は観客の目には迫真の演技に映り、盛大な拍手が沸き起こる。)
2014-06-14 21:40:23(熱り立った男は叫ぶ。『情夫の名を言え、俺はもう道化師ではない!』その気迫に観客は息を呑んだ。女は強気に笑う。『嫌よ』その言葉が引き金となり、男は近くに置かれたナイフを女に突き刺した。女は最期に現実の愛人の名を呼ぶ。それに応え、客席から愛人が舞台へ駆け寄った。)
2014-06-14 21:50:24(現れた愛人を見て男は呟く。『情夫はお前か』そうして女と同様に愛人をも刺し殺した。客席からは悲鳴が上がる。男の手からはナイフが零れ落ちた。『これで喜劇は終わりです』騒然とする中、そう言うと男は狂ったように笑い始めた。その笑い声は、泣き声のようにも聞こえる。) ≪終幕≫
2014-06-14 22:00:51―終演―
『お疲れ色男!いや、今日は道化師か?』『稽古より格段に良かったぜ!なんだなんだ、本番で成長するタイプか?』『あ、ああ…どうも……。』『おいおい初演からそんなへばってるようじゃこれから先が心配だぜ?』『もっとしゃんとして、お前も挨拶に行ってこいよ。ご婦人やお嬢さんがお待ちだ。』
2014-06-14 22:35:12''[舞台:刺青]
●GUEST:ヴェロニカ''
―前奏―
『この町でロニカ様の舞台が見られるなんて……夢のようだわ。』『少し残念なのは、オムニバスだから出番が少ないことかしら?』『彼の歌声が聞けないというもの残念だわ。』『今回は東洋の国の小説が原作なのよね?』『キモノ姿のロニカ様がみられるのかしら』婦人が姦しくポスターの前で話している。
2014-06-15 21:00:57―開幕―
≪開演≫ (オムニバス形式の舞台のテーマは“蜘蛛”。古今東西の様々な作品を元に構成されている。大取を飾るのは、隣の街の劇団の人気俳優である。観客の中には待ち切れずにそわそわと上の空な者もいるようだ。)
2014-06-15 21:10:22≪大取≫ (最後の作品は東国の作品を元とした『刺青』。舞台上にはその東洋の国が再現され、この国では見たこともないような不思議な衣服をまとった人々が行き交っている。その国では美しい“刺青”が持て囃され、往来の人々も皆刺青を入れ、またその刺青を見つめる人ばかりである。)
2014-06-15 21:25:22(往来に現れたのは一人の目鼻立ちの整った男。彼は引く手数多の刺青師である。しかし、彼の心を惹きつけるような身体の持ち主でなければ、彼は仕事を引き受けなかった。そしてもし描いてもらえることとなっても、その費用・構図全てを彼に任せなければならなかった。)
2014-06-15 21:35:23(この男、腕は確かだがその性癖は酷く歪んでいた。彼が用いる彫り方は刺青の中でも最も苦痛を伴う“ぼかし彫”“朱刺”。それを施された者は男も女も皆悲鳴を上げ、痛みに顔を歪ませた。男はその姿を見ることが何よりの喜びであった。)
2014-06-15 21:45:23