【艦これSS】朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

ぎぢっ―――― 一瞬で筋肉が硬質化していきます。 「だから待たれよと言うておるに」 その虚をついて初春さんが肩に手をかけてきました。 「まあ、なんという面じゃ。地獄の鬼どもも小便を垂らして逃げ出しそうじゃぞ？」 「……」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「放っておいてくれませんか？これからあのマセガ……朝潮と『話』をしなければなりませんので……」 「とても話し合いに行くようには見えぬぞ？」 チッ、と聞こえるように舌打ちをしても、初春さんは引き下がりません。どうしようかな……。 「のう大鳳の」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「……何か？」 「そんなおっかない眼で睨むでない。この一件、妾に任せてはくれぬか？」 斜め上の提案に思わず聞き返してしまいます。 「貴女に？」 「妾もこの鎮守府は気にいっておる。あのうつけも、お主ほどではないが憎からず思うておる」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「あの人を馬鹿に……！！！」 「だから話を聞けい。まったくお主は普段は冷静なくせにあやつのこととなると……まあ、よいわ。兎に角、妾は今の状況が気に入っておる故な。あの時のようなことは避けたいのじゃ」 ビクン――とさっきとは別の意味で筋肉が硬直します #朝潮の蝶

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　 「７年前のあの時のようなことは、な」 「…………」 「朝潮には妾が言って聞かす。ここはそれで矛を納めてはくれぬか？」 「……この古狐め……。いいでしょう。今回だけは貴女にお任せします」 「うむ、心得た」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「ですがこれで駄目なら……」 「わかっておる。その時はその時じゃ」 そう言って扇子でパタパタと扇ぎながら工廠の方に向かおうとする初春さん。その余裕綽々な態度が気に入らなくて最後に嫌味を一つ。 「それにしても……盗み聞きとは随分趣味がよろしいですね」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「盗み聞き？……ああ、お主ではあるまいし、そんなことはせぬよ。なに、ここに来る途中で工廠に向かって駆けていく朝潮を見てのう。あの泣き顔と鬼神のようなお主の面を見れば、大体見当がつくでな」 この古狐め……。 「仲良うやるのが一番じゃよ。ではな」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

そうして初春さんは去っていきました。 後に残ったのは私と、やり場のない怒りをぶつけられた壁のヒビだけでした。 #朝潮の蝶

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【朝潮サイド】その２

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

どうしよう……どうしよう……どうしよう……。 涙が後から後から流れてくる。 ここに来る途中で何人かにも見られたし、明日どうやって誤魔化そう。 けして悲しいわけじゃないのに。そんなんじゃないのに。 寧ろ想いを伝えられて嬉しかったはずなのに。 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

そう、そうだ！ 私は想いを伝えられた！ 今まで何度も何度も言おうとして、でも言えなくて……寝る前に何回も自己嫌悪に陥っていた、あの夜から一歩進めたんじゃないか。 それに……それに、まだ駄目だったって決まったわけじゃない。……それは私が逃げ出したからだけど…… #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「朝潮……？」 そんな考え事をしているとふいに私に呼び掛ける声。しかも聞き慣れたそれは――。 「満潮……？」 私の姉妹艦であり、第八駆逐隊で轡を並べた満潮その人でした。 ――マズイ！――そう思って慌てて袖で涙を拭おうとしましたが……。 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「どうしたの！？何があったの！？」 しようとしていた私の手は掴まれ、バッチリと泣き顔を見られてしまいました。 「め、眼にゴミが……」 苦しい嘘でした。当然、満潮に通じるはずもありません。 「何が、あったのか、聞いてるの。下手な嘘が聞きたいんじゃない」 参ったな……。 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

それに情けないことですが、私も限界でした。 私は満潮にしがみついて久しぶりにわんわん泣いてしまいました。 数分後、少し落ち着いた私の頭を撫でながら、満潮は今度は優しく尋ねてくれました。 「それで、何があったの？」 「ぐすっ……私……司令官…に……」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「逃げ出し……ちゃって……」 「それじゃあ返事は聞いてないのね？」 私は頷きます。 「それでここで泣いてたのね」 「満潮……は？」 「ああ、私は入渠の帰り。さっきまで遠征してたから。……そんなことより」 「？」 「だったら！やることは一つでしょ？」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「ひとつ？」 「そうよ！」 そう言って満潮ちゃんは私にハンカチを渡してくれました。白い、刺繍でオレンジのカランコエの花が描かれた可愛らしいもの。 「その涙を拭いて、アイツに返事を聞きにいくのよ！」 「！……で、でも……」 「でも？」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「で、でも……返事はいつでもいいって言っちゃいましたし……それに、迷惑かもしれないですし……」 すると満潮はハァと大きく溜め息を吐いて 「真面目、真面目とは思ってたけどここまでクソ真面目とはね」 そして「いい？！」と腰に両手をあてながらこう続けます。 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

「アンタは勇気を出して、云わばリスクを冒して想いを告げたのよ？！アイツはそれに答える義務がある！そこに時間なんて関係ないわ！」 「そ、そういうものかな？」 「そういうもんなの！第一、こういうのは時間が経てば経つほど怖くなるわよ？！」 それはそうかもしれません。 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

あの想いを告げてから、逃げ出してしまうまでの間ですら今思い出しても怖くなってしまうのですから。 「わかったらとっとと行きなさい！しみったれた面は似合わないわよ！」 背中をパシッと叩かれる音。まるで気合いをもらったみたい。 「わ、分かりました！朝潮、出撃します！」 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

弾けるように、その言葉の勢いに押されて私は再び走り出しました。 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

【満潮サイド】

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

行ったか……。 やれやれ、まさかこんなことになるとはね。 私は懐からタバコ――ジョーカーを取り出す。 朝潮は見ての通り真面目の頭にクソがつくような優等生なので、年中やめろやめろといってくるのだが、こいつばかりはやめられない。 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

私の他にも喫煙者の艦娘は多い。加賀さんなんかはかなりのヘビースモーカーだ。駆逐艦では他は曙くらいだが……。 タバコを吸えば少しは気分が落ち着く――かと思ったのだが 「あの鈍感バカが……」 ギヂッと音をたててフィルターが噛み潰される。 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

以前から朝潮があの鈍感バカに惚れているのは目に見えて明らかだった。朝潮はバレてないつもりだったみたいだが、それは周知の事実だった。 朝潮なりに鈍感バカに対してアプローチしていたみたいだが、クソ真面目と鈍感バカである。伝わるであろうはずがない。 #朝潮の蝶

大渡　鴉@ミント母の息子 @oowatarikarasu

だもんだから、多分この先もこのぬっるいラブコメみたいな着かず離れずな茶番が繰り返されるもの――とばかり思っていたのだが……。 「見通しが甘かったか……」 朝潮がそれだけ本気だということなのだろう。いや、本気なのは以前からだから「火がついた」という方が正しいか。 #朝潮の蝶