渡邊芳之
@ynabe39
病気と病理の問題は複雑。フロイト以前から「病気の人のシステムを健康な人の行動の理解に援用する」という「病理モデル」は医学だけでなく心理学をはじめとした多くの学問で一般的なものだった。
2010-11-13 09:37:18
渡邊芳之
@ynabe39
病理モデルでは「すべての人が病気だが、不適応を生じた人だけが病人とされる」と考えている。そのおかしさに反発して「健康な人のシステムから人間を理解しよう」と考えた立場はなぜか有力にならなかった。
2010-11-13 09:40:47
渡邊芳之
@ynabe39
みんなが病気なのはなぜか、というところで病理モデルは社会批判になるという側面もあります。むしろ現代人は病気の原因を生物学的要因に帰属しすぎ。
2010-11-13 09:46:37
渡邊芳之
@ynabe39
200年くらい前からです。RT @ti_clocks: 最近といわず、なんでもかんでも病気にしてしまうなー、というのは感じてまして。 それだと、ホントに治療を必要としてるひとの識別が出来なくなるような気がしています。
2010-11-13 09:47:37
渡邊芳之
@ynabe39
「病気ではあるが健康感を持つこと」も可能ですね。病理論の社会批判はそこにもあるわけです。「おまえら健康なつもりだろうだけど病気なんだぜ!」ということ。 RT @K0Ei: 聖路加の日野原先生は、「健康とは健康感である」と仰っていました。 http://j.mp/c8fNZJ
2010-11-13 10:20:35
渡邊芳之
@ynabe39
そういう意味では病理論以前には健常者と病者の壁はすごく高かったわけね。病者には悪霊が憑いており健常者には憑いていない、という差はかなり絶対的だからね。
2010-11-13 10:27:13
渡邊芳之
@ynabe39
しかし病理論はこんどはみんなを病気にしてしまったことで逆の方向で病気の本質を見えにくくしたのかもしれない。って病気の本質ってなんだ?
2010-11-13 10:27:57
渡邊芳之
@ynabe39
自己愛ネタは小塩先生だし病気と健康は池田先生がいるよな、と思ってたら風呂に入ってる間にちゃんとそういうことになっている。ツイッターはちゃんと勉強になる。
2010-11-13 11:53:28