涙雨、樹下の鳥屋と籠屋
「よ、よかったぁ濡れなくて」丁度いい木陰に飛び込んで、籠屋は息を吐いた。「およ」――、っと。籠屋と鳥屋は顔をつき合わせて、けれどどうということもなく木陰に落ち着く。助かったよ、昨夜は。……鳥屋が感謝するなんて!やはりどうもらしくないと籠屋は思う。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 18:52:05ちらりと盗み見ればそう変わった様子もないが、やっぱり何か思うところあるのだろうか。籠屋の脳裏に昨夜見た無数の鳥達の姿が浮かぶ。「あのさぁ、おれにはよくわからんのだけど、こう思うのさ」口下手なのは承知で、そう切り出す。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 18:53:08「何だかんだ言って、あんたはうちの一番のお得意様なんだよねぇ」まあ、そうだろうなと鳥屋が返す。「あんたのとこで育った鳥を、うちの鳥籠に入れて売る。あいつらのそう長くはない一生は、きっとあんたの手からはじまって、うちの鳥籠の中で終わるんだね」 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 18:53:56そう思うと、なんだかさぁ……籠屋は言葉を切った。鳥屋は応えない。その表情を伺うことなしに、籠屋は続ける。「昨夜のあいつら、どうもあんたに『ありがとう』って言ってたように思うんだよ、おれは」きっと鳥達は鳥屋の所に帰ってきたかったのだ、とそう思う。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 18:55:57雨の音が響いている。傘をさす人、慌てて駆けて行く人。その中でちどりとめじろが雨と戯れている。いつか買ってやった雨合羽を着て、水たまりの上を飛び越えるちどりと、雨合羽のフードに収まっためじろ。鳥屋が優しい顔をしていたらいい、と籠屋は思った。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 18:57:23そして家路へ
そろそろ俺たちは帰るぞ、と鳥屋がふたりに声を掛けた。雨の中で遊んでいたふたりがひょい、と飛んで木陰に入る。全くこんなに濡れちまいやがって、と取り出した手拭いで頭を交互に拭いてやる鳥屋の甲斐甲斐しい姿に思わず籠屋は吹き出す。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 23:03:06「おてがみ、かくね」「ね」――待ってるよ。「またきてね」「ね」――ああ、と返して鳥屋は笑う。「あ、ふたりとも待った待った」籠屋は包みの中から一つ、両手に乗るほどの鳥籠を取り出す。「何ていうか、ほら、懐かしいんじゃないかと思って」 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 23:04:06「ありがとう!」満面の笑顔と、ぴったり揃ったその言葉に籠屋は胸を撫で下ろす。「じゃあね、かごやさん」「おう」「またね、とりやさん」――ああ。ふたりはひらりと宙に舞い上がる。浴衣が翻り、小さな手が翻って、その姿は南西へと消えた。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 23:06:17さて、俺達も――あ。「どうしたのさ」妙なところで途切れた呟きに籠屋は鳥屋の顔を覗きこむ。土産、買い忘れてた。にやーり。「ねえ旦那、わたくし鳥籠を商っている者でしてその他小物なども」……わかったよ。簪一本と、一番大きな籠、出しな。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 23:20:53片手に鳥籠、これがやはり一番しっくり来る。しかもこの籠屋の鳥籠が一番しっくり来るというのだから、腐れ縁だ。そんなことを思いつつ呼び掛ける――そろそろ行くぞ!「え、何、一緒に帰ってくれんのっていうかまさか」などと零す籠屋を鳥屋は黙殺する。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 23:21:56雲の上まで出れば雨も降ってないだろう。「いやでも荷物が」お前に合わせてゆっくり行ってやるから安心しろよ。「ああもう、これだからあんたはぁ!」鳥屋に急かされながら籠屋は天秤棒を肩に掛ける。かみさんへの土産だけは死んでも濡らさないようにしなきゃ。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 23:23:00高くそびえ立つ時計台。雨粒に映る家の灯りの数々――いつかまた、この街に来ることができたらいいな、とそう思いながら、籠屋は小さく頭を下げる。次は一体どんな理由でこの街に来ることになるのやら、苦笑しながら鳥打帽を持ち上げ、鳥屋は小さく一礼する。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 23:24:23二人は同時に地を蹴った。僅かな風切りの音と鈴の音が小さく響いたとき、二人の姿はそこにはなかった。 #空想の街 #鳥に纏わる掌編
2014-07-06 23:25:12【空想の街のどこかで/ちどりとめじろ】
「めじろ、なかないで」「ちおい、も」「うん、ぼくも、なかない」「ない!」「めじろ、さびしい?」「さみしい?」「……さびしく、ない、よ」「ない、ね」「みんな、やさしい、し」「ね」「ねよう、か」「ん」「……あめ、やまないね」「……ね」 #鳥に纏わる掌編
2014-07-07 19:51:13【空想の街の外で/鳥屋】
いつものように、鳥屋は家の扉を開ける。暗い廊下の先、温室仕立ての部屋は雨音に満ちていた。一つ、二つと鳥達の声。と、暗闇の中に彼女が立ちあがって、歩み寄ってくる。今帰った、とお決まりの言葉を口にしようとして、何故かそれができなかった。 #鳥に纏わる掌編
2014-07-07 19:52:03鳥屋の躊躇いを察したのだろうか、彼女の白く細い指がそっと頬に添えられる。何かを問いたげに首を傾げて、彼女は鳥屋の顔を見上げる――悲しいことがあったとき、どんな言葉でそれを伝えればいいのか。おそらくもう忘れてしまった。優しい指先が頬を撫でる。 #鳥に纏わる掌編
2014-07-07 19:52:40優しさに甘えるように鳥屋はゆっくりと床に膝を付いた。たおやかな腕がそっと抱きとめてくれる。嗚呼、同じように膝を付いたあの時、欲しかったのはこの腕だったのだ。自分が生きていることを教えてくれる、この腕。その温かさと雨音を感じながら鳥屋はそっと目を閉じた。 #鳥に纏わる掌編
2014-07-07 19:53:14【空想の街の外で/籠屋】
「帰ったよぉー!」長屋の引き戸をがらり、と開ける。奥からとたた、と軽い足音がして、あねさん被りにしていた手ぬぐいを取り除けながら彼女が現れた。「たっだいまあ!」商売道具を土間に置いて、兎にも角にもとその細い身体を抱き締める。 #籠屋
2014-07-07 19:53:44