”一次”創作と「著作権」~ 何のために「創作」は行われ、誰のために「権利」はあるのか

一次創作者は海賊版の夢を見るか - Togetterまとめ http://togetter.com/li/699061 を読んでの思考メモです。基本的には「漫画」を軸に。
マンガ 著作権
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田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
一次創作者は海賊版の夢を見るか togetter.com/li/699061本来「創作」は経済以前に存在する行いで、社会文化としては相互影響による集合的進化が本質。何の影響も受けずに創作を始める人はほぼいない。「著作権」はこれを近代的経済・人権システムに組み込むための方便。(続
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)創作≒芸術行為は本来社会ルールとは関係ないと言うか、むしろそこから抑圧されたものを制御してガス抜きするための装置だ。感じた世界を表現するために他人のあらゆる”近代的権利=肖像権、プライバシー、人の著作権など”を一定に「侵害」してこそ創作は成立する。創作とは「野蛮」な行為。
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)日本の絵巻物を見ても構図や人のポーズなど「トレス」「パクリ」だらけだ。その積み重ねで出来た「お約束」が社会的に共有される事で創作はより社会に広まる。「ジャンル」の誕生。それがあらかじめ「社会的に良い」と思うからでなく、生物の進化に近いエゴで起こる無意識的な社会行為。非倫理。
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
補)「盗作」や「丸パク」が現代社会でダメなのは経済ルールや元作者の人権擁護に反すると言う「近代倫理」の問題で、創作の連鎖と言う生命的プロセスとしてはそれも自然な行為だ。細胞も「丸パクコピー」して増える。コピーの失敗はがんにもなるが恐らく”進化”にも繋がっている。(続
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
ロシア正教のイコンを描く場合は「精密に”元ネタ”を模写する」事が目標になる。写経の様に、布教のため”人間が印刷機になる”という事でも有るが、この行為自体が「神の受肉」ともなる。模写する事によって、描かれた”神”が心の内に宿る。michinori-mano.net/wp-content/upl…
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)アンディ・ウォーホルの様な現代アートも「模写」をもって「創作」とする。”元ネタ”の持っているマテリアルとしての情報は、全ての”模写”など不可能なほど多い。そこからどの情報を選択し抽出するかが「創作」となる。自然や生物も模写されるが、彼らは「肖像権」も「著作権」も主張しない。
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)”創作の現場”は”生殖の現場”。作品を「産む」。近代社会では「隠される場所」。ミーム(文化的遺伝子)を拡散する衝動的行為。その衝動と倫理の葛藤を形にしたのが「近代の創作」。この行為を近代的価値(貨幣、社会的評価、個人の名声…)と”交換”しようとした時から「病」が始まる。
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続)この創作の持つ根源的な生命性、野蛮さを近代経済社会に共存させるための妥協的方法として「著作権」は生まれたのだろう。一に創作を貨幣経済システムの中に組み込むためであり、二には創作者”個人”の様々な「近代的人権」を尊重するためだ。(続
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続)しかし創作はほぼ、社会に既に有るものに影響された「連鎖」として生まれるので、成果物がどこまで「個人に属する」かの判断は常に難しい。だから「所有期限」を設ける事でストッパーを付けたりする。「連鎖」を阻害し過ぎれば社会に創作の生まれる根源力を元から断ってしまうからだ。(続
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続)経済が高度化して、著作権が創作者でなく「法人」「会社」と言う、”著作物を社会に拡散する”機能を持つ組織が著作権そのものまで所有し始めると、事態は病的になる。「ビジネスが目的で著作物は手段」と言う、当初に「著作権」を作った主旨とは逆転した現象が起こり始める。(続
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続)目的と手段が逆転する、と言う倒錯は創作者個人にも起こる。こんな例え話:「毎日子供に店の壁を落書きされる店主は一計を案じた。落書きをほめて小遣いをあげる様にした。子供が大勢集まって落書きした。ある日”明日からもう小遣いはやらない”と宣言。店には二度と落書きは描かれなくなった”」
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)創作を”カネに替える”と言う行為は、そもそもあったはずの創作のモチベーションを行方不明にしてしまう事もある。これは”貨幣”と言うものに万能的な交換価値を持たせる社会システム全般の問題点でもあるだろう。貨幣とは人間の行為、成果物の意味をいつしか不明にする壮大な”詐欺”でもある。
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)創作者でなくその流通を担うものが「創作者」の顔をし始めれば、「著作権」の病は深まる。それが成り立っていたのは本やレコードと言った創作物の流通に大きなコストを担う者が必要だったからだ。しかし「デジタル」と「ネット」の出現によってその利権の根拠は根本から揺らぎ始めた。(続
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)デジタル+ネットは基本原理として「データに還元できる創作物」を無限に複製でき、流通コストもゼロ化。つまり「経済的な価値」が大幅に失われ、創作物を貨幣経済に組み込み続ける事を困難にしつつある。破壊的な変化だ。もはや頼みとするのは著作者個人の近代的人権を守るという「モラル」。(続
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)しかし消費者を泥棒扱いして「著作権を守れ」とキャンペーンするのは往々「著作者」でなくその「流通者」だ。デジタルが毀損させたのは著作権自体でなく「著作物を流通させる対価」と言うビジネスの根拠なのに、それを「著作権の擁護」にすり替えている。ここでも「著作権」の意味は失われている。
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)著作物を正規経済に流通させる対価は、必ずしも著作者の適正対価を代行しない。スムーズに流通するのは往々「不当に価格が安い」から。日本アニメも米国産より「激安」だったから海外に売れた。仏語やスペイン語の吹替版は自動的に南米や中東に広がるが、吹替コストは向こうの負担だ。
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)こう言う構造矛盾の上に襲われたデジタル化に、日本は大きな不適応を起こしている。それは日本の法が著作者の権利を、世界の基準から見て過剰なほど強く認めているためでもある。デジタル技術ですぐ出来る文字の”レイアウトの組み換え”の様な編集も、作者の著作人格権の侵害と看做され得る。(続
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続)契約社会化が進む中で日本の著作権法を見ると、あまりに強力。サイトで一部を紹介するといった細かい行為が悉く侵害になる危険。法を厳密に読むと手が出せない。だからリスクヘッジのため逆に100%自分の側に引き倒そうとする。「著作者人格権を行使しない」の様な無茶な条項が使用契約に。
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)アメリカでは経済に縛られない著作物の文化流通を擁護するため、デジタル時代以前から「フェアユース」が一定に認められていた。フランスの著作権には「パロディ条項」がある。日本の著作権法にはゼロか100しかない。多くの部分を「グレー」で裁量。デジタル+契約社会に適応できない状態。
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)法がこう時代遅れだと、ネットでの「著作権」も著作者の「近代的人権」を守ると言うモラルしかなくなる。しかし前述の如く創作とはそもそも「非近代的」な自然行為であり、それ自体に近代的人権に”縛られない”要素を含んでいる。自己矛盾を内包。ケースごとの”バランス”で考えるしかない。(続
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)更にネット上の著作物の「貨幣価値」を守ろうとすれば、それには極めて難しい綱渡りを続けるしかないだろう。一つ加減を間違えれば規制は「極めて過剰」になり、社会的創作文化の本質である「連鎖」を殺す。それが難し過ぎるとなれば、直接「貨幣に交換する」事をもう諦めるしかない。(続
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)データに還元できる創作物の経済価値がなくなれば、それは貨幣ビジネスの直接対象ではなくなる。ビジネスとしては”滅ぶ”。今までにも滅んだビジネスは色々ある。小遣いを貰えなくなっても描き続けられる「落書き」はあるか。一次創作に”真価”があるのか、問われるのはその時だろう。
田川 滋 TAGAWA Shigeru 타가와 시게루 @kakitama
続)「創作」は基本的に「倫理から自由」な衝動から生まれる。二次創作に”リスペクト”を求めるのは倫理であって、非創作的だ。パロディが優れた批評になるのは時に悪意あってこそ。しかしそれを先に公言する様になったら、もうやめ時。既に二次創作を「悪知恵」のために「使う」と言う非創作的行為。
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コメント

kghdt @kghdt 2014年7月31日
『自称漫画家』だから言える発言ですね。
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