- yaguramorino
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この一年半の経験は生まれてきて今までの不足を全て取り返すほどのものだった。生活が安定したおかげで、それを基盤に様々な活動に取り組めた、と思う。
2014-08-11 05:54:45生活の安定の他にも、いろいろ好条件が重なったのもあると思う。 今まで少しずつ色んな失敗を繰り重ねてきた結果、ようやく失敗の全体像が掴めるようになってきたというか。
2014-08-11 05:55:27外界と深くかかわれるような趣味を複数持てたのも大きい。(意図的に持とうとしていた面もあったけれども)そうでなければ、今の自分は無かっただろう。
2014-08-11 06:00:31一番心がけていたのは、他人と接している時はいつでも、『これは社会参加のためのリハビリテーションである』ということを意識していたこと。
2014-08-11 06:02:13相手が今このタイミングで、どうしてそういう発言をしたのか、どうしてそういう行動をしたのか。 そういった動機もいろいろ考えたりしている。だいたい的外れだけど、すぐには結論は出さないこと。 それが大事。
2014-08-11 06:03:50すぐに結論を出す癖をつけていると、世界は疑心暗鬼で埋まってしまう。 不信や疑いをこらえて、長く接していくうちに、情報が積み重なったある日、いきなりそれが理解できるようになる。 それを楽しみにするぐらいの気持ちでないと。
2014-08-11 06:04:24こうして段々他人との接し方を覚えてくると、自分の中に、巻尺のような基準ができてくる。この基準は、積み重ねた知識とかではなくて、身体的な感覚としてのものに近い。 それがたぶん、『常識』と呼ばれるものの親戚なのかもしれない。
2014-08-11 06:05:40世間一般でいう『常識』というのは、『知識の類』ではなくて『身体』(脳)に備わった『センス』(感性)なんだな。 定型の人の脳には、その感性を育てるために周囲の情報を吸収したり、センスという形で形成・保存したりする機能がある。
2014-08-11 06:06:01このセンス、自分はすごく小さくか細いものではあるけれど、それを少しずつでいいから、育てる。 文字通り何年先も見据えた気分でのんびりと。でも着実に。
2014-08-11 06:06:52もう一つは、もっと抽象的で不安に近いものだ。 前述したとおり、自分が世間一般や人の心を察する上で、前までの自分がどれだけ他人を的外れに扱っていたのか。それを、ある時いきなり理解することがある。
2014-08-11 06:16:34もし、今(もしくは過去に)何か致命的に人を傷つけるような事をしていても分からなくて、何十年か後に手遅れになってから、そのことに気が付いたら。 ぼくはどうすればいいのだろうか。
2014-08-11 06:17:08