クトゥルフ小話:猛暑ゴス

暑かった。田舎とは、それまた一種の異郷であり神話的空間である。
1
ロマネスコ @romanescox

そのひんやりとした手の感触に僕の内に一時生じた危機感は無惨に四散した。僕は二つ返事で彼女に従い、その巨躯なる老人を追うようにして怪しげな木造屋敷へと足を踏み入れた…。

2014-08-13 14:11:19
ロマネスコ @romanescox

デーン…(物語を一旦区切る怪しげなSE)

2014-08-13 14:14:40
ロマネスコ @romanescox

屋敷の中は薄暗く、外の猛暑とはうって代わり冷やかであった。しかし、肌にまとわりつくような湿気だけは変わらず、僕の心底の不安を掻き立てるには最良の空間が整っているといえた。

2014-08-13 14:18:53
ロマネスコ @romanescox

「いやぁ、急リ来るって言うものだからね、準備リ手間取ってしまったよ。」 老人はそんな風に軽く笑って言いながら屋敷の奥へと進んでいく。準備、とは何なのだろうか?僕は妙に恐ろしくて聞けなかった。

2014-08-13 14:23:50
ロマネスコ @romanescox

しかし、僕の危機感への備えはおおよそ無意味であった。というのも、茶の間に通され、なんかやたら濃くて黒いお茶と真っ黒なかりん糖を出され、ここに来た目的である歴史的研究のインタビューをするまで、何事も起きなかったからである。

2014-08-13 14:32:49
ロマネスコ @romanescox

庄篭という一族のルーツは相当古くまで遡るらしく、元々は南の方の異国からの来訪者に端を発するらしい。その来訪者というのも祖国で他の部族に奴隷的扱いを受けていた一族を奮起させ、戦い自由を勝ちとった英雄的人物であるらしい。どこまで本当かは分からないが非常に興味深い話であった。

2014-08-13 14:50:39
ロマネスコ @romanescox

庄篭さんもこの話を聞くのは初めてなのか、神妙な顔で老人の話に耳を傾けていた。話の途中何度か既知の事柄と話題が繋がったようで「古のもの」とか「何とかロード」という言葉が飛び交っていたがよく理解できなかった。

2014-08-13 14:58:33
ロマネスコ @romanescox

小一時間程話を聞いたあたりで、老人は納屋からいくつか歴史物を持ってきてくれた。先祖を模した像や、かつてこの一帯を治める際に用いた祭具とのことだった。テーブルに並べられたいくつかの物体を見て、僕は息を飲んだ。

2014-08-13 15:05:41
ロマネスコ @romanescox

僕だって、腐っても歴史研究部なんていう怪組織の一員である。どちらかというと社会科の授業は好きだし、それなりの知識はある。だからこそ、目の前に置かれた遺物達を僕はさっぱり理解できなかった。

2014-08-13 15:08:29
ロマネスコ @romanescox

祖先を模した像はまるで灰が積もってできた山のようだった。真っ黒な岩石でできたその塊は、複数の目や触角を持ち、ブクブクと泡立っているような部分もあれば、奇妙に伸びている部分もあった。不定形の怪物であることが一目で分かるその像に、僕は感嘆さえした。

2014-08-13 15:12:25
ロマネスコ @romanescox

祭具はこれまた奇妙なもので、指を差し込むようにして持つ錫杖のようなものであったが、その指を入れる穴が10を越えていた。明らかに人間が持つことを想定されていない形状であり、どのように使うのか見当もつかなかった。

2014-08-13 15:15:20
ロマネスコ @romanescox

混乱する脳が冷静であるよう努めながら、恐る恐る庄篭さんを見ると、彼女もまたどこか焦るような表情で僕を見ていた。まるで、僕に見られては好ましくないものが、そこにあるかのような…そんな焦りをそこからは窺い知る事ができる。

2014-08-13 15:20:06
ロマネスコ @romanescox

「どうやって、これは使うんですか?」意を決して、僕は尋ねた。答えが返ってくることを期待したわけではない。むしろ老人には分からないと首を横に振って欲しかった。

2014-08-13 15:25:37
ロマネスコ @romanescox

それでも彼にこの奇妙な物体達の真相について聞いたのは、ある種の意地だった。ここまで『奇妙』を前にして逃げるのはまるで惰弱であるかのように、この時は思ってしまったのである。

2014-08-13 15:25:43
ロマネスコ @romanescox

しかし、それはあまりに軽率で幼稚な考えだったと僕はすぐに思い知った。目の前に腰掛けた老人は何ともないことのように頷くと、その錫杖に手を伸ばし掴んだのである。掌を十ほどに分裂させて。

2014-08-13 15:29:00
ロマネスコ @romanescox

いや、変形したのは手だけではない。腕が、肩が、体が、頭が!ブヨブヨと原形を崩し飽和し、膨れ上がった。浅黒い肌はみるみるうちに漆黒へと濃化し、そこからはぶつぶつと目や触角が浮き出した。

2014-08-13 15:39:46
ロマネスコ @romanescox

僕はどれほど硬直していたのだろう?目の前の老人が天井まで覆い尽くさんばかりのドロドロの怪物に変貌するまで、指先すら動かすことはできなかった。“老人だった何か”は持ち続けていた錫杖を振り上げ、妖しげな声とおぼしき音をぶつぶつと発した。

2014-08-16 16:59:52
ロマネスコ @romanescox

瞬間、僕の頭上へとさんさんと光が降り注いだ。それは先程まで野外で僕が苦痛を覚えていた灼熱の太陽から降り注ぐものと同質であり、僕は自身の脳裏をよぎった恐怖の予感に背筋が総毛立った。

2014-08-16 17:11:36
ロマネスコ @romanescox

僕の眼球は自身の理性を無視し、まるで別個の生き物のように動いた。視線はそびえ立つ怪物の頭上を越え、先程まで天井があったはずの中空を捉えた。消失した天井の向こうには青い、ゾッとするほどに青い空が広がっている。

2014-08-16 17:18:16
ロマネスコ @romanescox

意識が大空に吸い込まれるような、そんな錯覚が押し寄せた。周囲の気温は一瞬にして高まり、妖しげな冷ややかさは跡形も無く猛暑へと変容する。僕は自分の口の端から幾つかの泡と情けない声が出るのを感じた。

2014-08-16 17:24:24
ロマネスコ @romanescox

それでも、ここにこのまま座っていてはいけない、という考えが沸いたのは幸運であったと言えるだろう。僕は目の前の怪物から視線を逸らし近くにあった手を掴んだ。白く美しいその肌は、おどろおどろしい漆黒の怪物を見た僕の精神を幾らか静めてくれた。

2014-08-16 17:30:32
ロマネスコ @romanescox

勢いよく立ち上がった僕は、一心不乱に駆け出した。掴んだ庄篭さんの手が離れぬようにとだけは願って、両足をひたすら動かした。消えていたのは天井どころではなく、先程までいた建物そのものだった。周囲を取り囲む田園を見て、何やら根拠の無い仮説をふと思い付いた。

2014-08-16 17:34:48
ロマネスコ @romanescox

最初から、この田舎にはあんな家はなく、あのような老人もいなかったのだ。全ては怪物が作り出した幻で、どういう原理かさっぱり分からないが、怪物が行った何らかの行為によってそれらの幻想が瓦解したのだ。僕は騙されていた!

2014-08-16 17:40:15
ロマネスコ @romanescox

背後からは「テケリ・リッ!テケリ・リッ!」という不安を掻き立てるような音が追ってきていた。もしこの音に追い付かれたらどうなるのだろうか?想像すらしたくないような残忍な結末を迎えてしまうに違いない。

2014-08-16 17:47:36
ロマネスコ @romanescox

恐怖と不安に急き立てられ、僕はどこまでも走り続けられた。来る時はあまりに辛かった畦道も、今や飛ぶように過ぎ去っていく。右手にはまだ庄篭さんの手の感触があった。走り続けたせいか、その体温はやたらに熱く感じられた。

2014-08-16 17:54:22