「公正としての正義」

1.はヒロセさんと原田さんのやりとり(ヒロセさんをdisる意図はありませんのでご容赦を) 2.は原田さんの発言をRTしての野間さんの連ツイ 3.は1と2を読んで、資料的に要約があったほうがいいかなと連ツイした自分のもの 人それぞれの「正義」では社会は成り立ちがたい 続きを読む
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C.R.A.C. @kdxn

各人の善の追求を正義と同一視すると、正義と正義のぶつかりあいが起こって収拾がつかない(宗教対立など)。だからそれぞれの善のもう一段階上の徳の原理として公正さを置いて、それを正義ということにする。

2014-08-29 00:40:06
C.R.A.C. @kdxn

たとえば伝統的なクリスチャンとか、多数派の性規範をよしとする人が善を追求するとLGBT嫌悪に陥る。他方、LGBTが自分の善を追求すると多数派の規範を侵さざるをえなくなる。しかしこのとき、前者と後者が平等な権利を保持できていれば「公正」な状態で、正義が実現していることになる。

2014-08-29 00:44:33
C.R.A.C. @kdxn

ロールズにはいろいろ批判もあるだろうが、「正義は人それぞれだ」とか「正義に反するのは悪ではなく別の正義である」といったような安っぽい物言いが蔓延している日本においては、十分すぎるほど十分に使える考え方だよね。わかったようなこと言う人は、その相対主義こそがテキトーであると知るべし。

2014-08-29 00:48:05
C.R.A.C. @kdxn

たとえばこの赤木が言ってることとかが、その馬鹿っぽい相対主義の典型でござる。twitter.com/T_akagi/status… 本出して言論人と思われてる人でもだいたいこのレベル。

2014-08-29 00:53:03
C.R.A.C. @kdxn

で、ヘイトスピーチがなぜいけないかというと正義にもとる=公正ではないからであって、「下品だ、恥ずかしいetc=善でない」からではないということである。カウンターや反ヘイトがいくら下品であったとしても、この一点において正義はこちらにあります。ここ大事。

2014-08-29 00:56:51
白川結紀 @shirakawayuuki

高市早苗が実現可能性の乏しい「国会周辺のデモ・街宣の規制」に言及しただけで、ヘイトスピーチ規制の要求を一旦取り下げてしまう人々が、ファシスト政権にとって、一般市民にとってどの様に映るか。御しやすく、弾圧に対して反感を抱きつつ、強い抵抗をしないという意味で従順な人々だと見るだろう。

2014-08-29 00:32:13
白川結紀 @shirakawayuuki

ファシストに勝つ為には、ファシストからも、一般市民からも、決してそうした「弱く従順な存在」だと見做されてはならない。強い抵抗の姿勢を一時も崩してはならない。ファシストは抵抗の弱まりを敏感に読み取って弾圧に乗り出すのだし、一般市民は従順な隣人に抵抗する勇気を阻喪させられるのだから。

2014-08-29 00:41:26
白川結紀 @shirakawayuuki

ヘイトスピーチ規制法は、ヘイトスピーチをする議員と御用知識人を抱え、ヘイトスピーチをする支持層を持つ極右政党に打撃を与えるものであり、ファシスト政権に抵抗する為の武器になりうるものだ。ANTIFAはこれを簡単に手放さずに、法案のあり方を巡り、ファシスト政権と戦わなければならない。

2014-08-29 00:55:22
C.R.A.C. @kdxn

「戦わねばならない」とかいうと大変そうな感じするけど、要はアカンもんにはアカンと言い続けるべし、ということですね。これが民主主義のコスト。これを怠ると、正当な民主的手続によってナチス政権みたいなものがさくっとできてしまいます。民主主義には常にメンテナンスが要るということでござる。

2014-08-29 01:01:23

3.

もうれつ先生 @discusao

ジョン・ロールズの論文「公正としての正義」における正義の二原理: 第一に、実践に参与するかそこから影響をこうむる人びと全員は、すべての人びとの同等な自由と相容れる限りで、最も広範な自由に対する平等な権利を有する。(これは一般的な「平等な権利」の説明)

2014-08-29 01:04:32
もうれつ先生 @discusao

第二に、もろもろの不平等は、それらが全員の利益になるであろうと期待することが理にかなうのでない限り、また不平等を伴っていたり不平等の原因となりうる種々の地位や職務が全員に開放されているのでない限り、恣意的で根拠がない。(これは功利主義によって公平性が損なわることへの修正)

2014-08-29 01:08:52
もうれつ先生 @discusao

つまり第二原理は、「ある地位にいる人びとの不利益が、他の地位にある人びとのより大きな利益によって相殺されるとの利益に基づいて、不平等が正当化されることをまったく許容しない」とする。「最大多数の最大幸福」ということに注文をつけている。

2014-08-29 01:13:01
もうれつ先生 @discusao

以上は独自の読解ではなく、川本隆史『ロールズ』からの要約。

2014-08-29 01:16:41
もうれつ先生 @discusao

①ロールズは、メタ論理学中心の論理学のあり方に不満を持ち、もう一度、社会的な「正義」について実質的な議論をし、現実に応用できるようにすべきだと考えるようになった。(略)かといって、英米圏で主流になっていた「功利主義」的な議論の枠組みをそのまま復活させることも不適切だと思われた。

2014-08-29 01:33:31
もうれつ先生 @discusao

②最大多数の最大幸福を目指す功利主義の議論では、最大多数に含まれない人びとが蒙る可能性のある不正のことを十分に考慮にいれることができず、極端な場合、最大多数の快楽のために少数者の生命を犠牲にすることが正当化されてしまう。

2014-08-29 01:37:46
もうれつ先生 @discusao

③50~60年代にかけて、功利主義的な正義観の枠組みから抜け出すことを試みていたロールズは、「正義 justice」を「公正さ fairness」として捉え直すことを試みるようになる。この発想が『正義論』の原点になる。

2014-08-29 01:41:24
もうれつ先生 @discusao

④50年代になると、個々の行為が功利の原理に敵っているかどうか(=行為功利主義)ではなくて、一定のルールの体系を守ることが功利の原理に敵っているかどうかを問題にするべきという考え(ルール功利主義)が登場した。

2014-08-29 01:45:11
もうれつ先生 @discusao

⑤ロールズはこの枠組みに乗ったうえで、焦点を「ルールがもたらす社会利益」から「ルールを守ることの哲学的意味」へとシフトし、みんながある特定のルールをフェアなもの、つまり正義に敵ったものと見なして受け入れることのできる条件を探求するようになる。

2014-08-29 01:48:06
もうれつ先生 @discusao

⑥探求に当たって、ロールズは社会契約説的見方を導入した。つまり、当該の社会的ルールがフェアであるとみんなが合意した(=社会契約が成立した)という根源的な事実がある、あるいはそういう事実があると見なせることが、そのルールが正義に敵っている条件だと考える。

2014-08-29 01:51:25
もうれつ先生 @discusao

⑦この時の「合意」がその都度の多数決によってルール付される(すなわち従来の功利主義と実質的に同じになってしまう)ことを避けるため、ロールズは、人間には、功利主義の前提となっている私利や便宜などの個人的効用を求める能力だけでなく、自他の行動が正義に敵っているか否かを判断し、

2014-08-29 02:01:47
もうれつ先生 @discusao

⑧それに基づいて自らに責務を課す「正義感覚 sense of justice」が備わっていると考える。社会的ルールについての合意を成立させるに当たっては、正義感覚を擦り合わせる形で、みんなが納得し受け入れられる「正義の原理」を導き出さねばならない、ということだ。

2014-08-29 02:06:05
もうれつ先生 @discusao

⑨:以上は仲正昌樹『集中講義!アメリカ現代思想』のロールズ「公正としての正義」概要部分を要約したもの(但し仲正も川本隆史『ロールズ』を自分なりの解釈で要約したものと断っているが)。ちなみに英語 justice は司法、裁判、裁判官等の意味もあり、本来的に「人それぞれ」と相容れない

2014-08-29 02:13:28
もうれつ先生 @discusao

ロールズは「正義の2原理」をトップダウン式に開陳しているわけではなく、正義の通常の意味・使用法に着目して、そこからボトムアップ式に諸原理を掴み取ろうと試みているわけで、「民主主義には常にメンテナンスが必要」という主張はほぼこれに該当する。

2014-08-29 02:47:36
リンク Wikipedia ジョン・ロールズ ジョン・ボードリー・ロールズ(John Bordley Rawls、1921年2月21日 - 2002年11月24日)は、アメリカ合衆国の哲学者。主に倫理学、政治哲学の分野で功績を残し、リベラリズムと社会契約の再興に大きな影響を与えた。 1971年に刊行した『正義論』(A Theory Of Justice)は大きな反響を呼ぶ。当初は、アイザイア・バーリンらが「政治理論はまだ存在するのか?」(1962年)と吐露するほどに停滞しきっていた当時の政治哲学業界を再興させるのに大きく貢献した。そのため、英語圏にお