即興お遊び

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めがねやろう @tricktlap

それからどれ程の時が経っただろう。薬師は結局、それ以降森を訪れる事は無かった。けれど彼女の事を忘れた事は無い。薬師の庵にはいつのころからだったか、あの森でしか採れない薬草が置かれている事があった。それは少女の気紛れに他ならないのかもしれない。しかし薬師はその薬草を見る度、

2014-09-11 21:57:15
めがねやろう @tricktlap

あの日、呪いを飲みこんだ少女の横顔を、そして笑いながら嫌いと言い切った少女の顔を思い出すのだ。薬師は腕前を上げ、その辺りでは随分と有名になっていた。ある日、とある豪族の子息が言う。この大地は間もなく滅びるらしいと。遠い国の預言者がそう予言したらしい。

2014-09-11 22:00:57
めがねやろう @tricktlap

彼らが済む場所に国はない。守ってくれる騎士もいなければ、領主と呼べる人間も存在しなかった。その預言は瞬く間に広がり、人々はその土地を棄てて散り散りに逃げて行く。薬師はあの森へと足を運んだ。 森はあの頃と全く変わらず薬師を迎え入れた。木々が揺れる。少女はやはり、木の枝に腰掛けていた

2014-09-11 22:03:00
めがねやろう @tricktlap

「何をしに来たの?」あの頃とちっとも変らない声でそう言った少女に薬師は言った。ここは間もなく滅びると言う。早く逃げた方がいい、と。少女はひらりと枝から降り立ち、薬師の前に立った。逃げて、何処に行けって言うの?薬師は少女に手を差し伸べ、私の所へ来るといいと言った。

2014-09-11 22:06:17
めがねやろう @tricktlap

少女は驚き目を瞠り、やがてくしゃりと微笑んだ。それは決してきれいな微笑みなんかじゃない。まるで泣きだす直前の様な顔で、それでも確かに彼女は微笑んだのだ。「バカね」薬師は手を取らない少女の腕を掴む。少女は用意をするから明日また来てと言った。女には色々、用意があるのよ。

2014-09-11 22:08:02
めがねやろう @tricktlap

そう揶揄する少女の声がいつも通りだったから、薬師はほっとした顔で頷き、明日また来ると言って森を後にした。 翌日、森を訪れた薬師は森の前で呆然と立ち尽くす。森に入ることが出来ない。深い深い霧は文字通り壁となって、薬師を拒んだのだ。そこへ一人の男が通りかかり、薬師に声を掛けた。

2014-09-11 22:11:43
めがねやろう @tricktlap

この森へ入れないよ。ここら一体の土地を所有する豪族がこの湖に呪術をかけたんだ。湖に稀有な魂を沈めて、この国を護る礎とするのだそうだよ。水の護りを得るための魂は何でもこの国に訪れる全ての厄災を飲みこむんだそうだ。そんな事が可能なのかと思うだろう?何でも豪族の娘さんがそれを成す事が

2014-09-11 22:16:56
めがねやろう @tricktlap

出来るんだそうだよ。男が嬉しそうに語る言葉に薬師はただただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。結局、自分は彼女の信頼を得る事が出来なかったのだ。そして男の言葉が事実ならば、彼女は自分の両親によってこの場所に国を作るための礎にされたという事だ。

2014-09-11 22:18:20
めがねやろう @tricktlap

薬師に出来る事はもはや何もなかった。彼女の為にどんな薬草を調合しようとも、それを飲んでもらうことは出来ない。少女の身体は湖の奥深くでこの新しく生まれた国に降りかかる全ての厄災をたいらげる為の道具になってしまったのだから。彼は己の無力を悔いた。

2014-09-11 22:20:22
めがねやろう @tricktlap

やがて森に満ちていた霧は晴れ、薬師は小屋を訪れた。少女と共に過ごしたその小屋はひっそりとそこに佇んでいる。小さな机に椅子。僅かばかりの本が入った本棚、その上にそれは置いてあった。この森でしか取れない薬草。萎れてしまったそれは淡い水色のりぼんで結ばれている。

2014-09-11 22:25:26
めがねやろう @tricktlap

「あの時の借りは、これで返したわよ」そんな少女の声が聞こえた気がした。 「つり合いが、取れないだろう」薬師の声が苦々しく響く。あの時渡した薬ではちっとも足りない。森から庵まで沢山の薬草を届けてくれた礼が何も出来ていないじゃないか。湖面がちらと揺れた、そんな気がした。

2014-09-11 22:29:52
めがねやろう @tricktlap

薬師と少女の話は、これでお終い。名の知れた薬師であった青年は姿を消し、数年後美しい湖に護られた国に賢者と呼ばれる人物が現れたと言う。国を作った豪族の一人が彼に「何故この国に来てくれたのだ」と問うたところ、

2014-09-11 22:32:56
めがねやろう @tricktlap

この国の事は心の底から嫌いだが、湖の底に眠る大切な人に借りを返さねばならないのだと彼は言ったと言う。その後、賢者は水の国の善意をつかさどる存在として歴史書に記される事となった。

2014-09-11 22:34:01
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