由来もろもろ

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【歳時について】

むらやまこういち💉💉 @murapyon71

神社で儒家の重陽は変に思うかも知れないけど、昔天皇が宮中で『礼記』月令やら『荊楚歳時記』やらに習って祭事を執り行ったので、神社も右倣えなのである。そう考えると神道ってなんだろう?という疑問がわいてくるけど細かい事は言いっこ無しか。 facebook.com/kifunejinja/ph…

2014-09-09 14:26:48
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@murapyon71 儒教は狭義の宗教、社会制度、哲学の要素を併せ持っていると思うのですが、軽視されがちな宗教的要素が本質だと加地先生は仰ってますね。根源的にシャーマニズムがある点で神道とは馴染が良いというか、もともと同源の部分が多いのだと思います。

2014-09-09 14:49:59
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k 儒教は周代の礼によるところが大きいと思いますが、藤堂先生によると周は文化の祖を夏とした様です。夏の甲骨は冠被って踊る人。殷には鳳のトーテムがあり、儒教のシャーマニズム的要素は、それらの面影かも知れませんね。 pic.twitter.com/5zULEO0T7Q

2014-09-09 15:24:58
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@murapyon71 おお、なるほど漢字は良く伝えてますね。加地先生によれば、古くは個人の頭蓋骨をとって置いて命日に孫などに被せ形代(尸童がそれか?)として祖霊の憑依をさせた。それが後に魌頭という仮面、被り物になり、最終的に位牌になったという話でした。

2014-09-09 16:07:22
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k 日本は儒教を学ぶ前から呉の文化と接していたので、『荊楚歳時記』にみられるシャーマニズム的な故事の影響や、儒教に馴染むのが早かったとも考えられます。有史以前に道教にも接していたかも知れませんが、そこら辺は想像の域を出ないですね。

2014-09-09 15:39:23

【日本人の江南からの移民説について】
・ほとんど関係無いけど、個人的に天照は男神だと思ってることについても

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@murapyon71 長江文化の影響は確実でしょうね。河姆渡遺跡の発見と米作の研究で新石器時代に大量の移民が日本に入った説も浮上してますし(言語だけは説明がつかないようですが)。

2014-09-09 16:21:38
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k 河姆渡遺跡からの稲作文化流入について、その経路と共に、樋口隆康先生の『大陸からみた古代日本』に考証がありま、なるほどなあと思います。同じ様な視点で藤堂先生が日本の米作文化に関連した漢字についての随筆が『中国の歴史と故事』にあり、こちらも興味深いです。

2014-09-09 16:40:04
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@murapyon71 鳥越憲三郎先生の倭族中国起源説というのもあって、トンデモ扱いされることが多いのですが、建築、服制、その他の習俗など南部の少数民族との共通点が多いのですよね。鳥越説だと黄河文明の南下で押し出された一部が日本へということでした。

2014-09-09 16:56:04
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k 聖徳太子の冠位十二階などは朝鮮の模倣に近いので、江南の影響も考えられますね。倭族の江南移民説は、天照の女性説と重ねて、何か有名なのがありましたね。ちょっと今思い出せないので、また後で返信します。(^^

2014-09-09 17:14:17
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k ありました。井沢蟠竜『広益俗説弁』天照太神宮を大日如来と云、或は呉泰伯と云説、に「天照太神は泰伯にて、三譲の額、宝蔵に納めあり。此故に野馬台詩に、東海姫氏国と見へたり。太神を女体といふも、姫氏をあやまつてなり」と。

2014-09-09 19:04:00
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k これに対する蟠竜の反証として「此説、古来よりあやまり来る事久し。釈円月といふ者日本史を作りて朝に献ず。其書に、泰伯をもつて始祖とす。この故に議ありておこなわれずといふ事、詳に蕉了子が記せる『史記抄』の疏に見えたり」といい、その他、反論を多数載せています。

2014-09-09 19:04:16
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k ひとつ面白いのは江戸時代までくらいは、天照が女性で無いという説が流布していた事がうかがえて、仲間が見つかった気分です。(^^

2014-09-09 19:04:21

【姓の女偏と母系制との関連について】

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@murapyon71 ググってわかりましたwダチョウクラブの人ですね。ところで先日教えていただいた天照が姫氏である説でふと思ったのですが、古い姓に姫(周王室)姜(姜戎・周姻族)媿(鬼方)姚(舜?)嬴(秦王室)などがあり皆「女」が入った文字なのが気になります。

2014-09-11 09:39:59
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@murapyon71 いつもお手数をばm(._.)m 女偏がつくのは母系社会の名残との説がwikiや百度(だったかな)にあったのですが、長江文化が母系的だったのは確かでも、黄河流域では周は完全な父系社会だし新石器時代後期まで遡ってもどうかなあと言う疑問はあるのですよ。

2014-09-11 15:34:31
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k 周は羌族から嫁を入れる事が多く、それを区別するのに女の字を入れて姜を付けて区別した様です(藤堂明保『漢字の起源』)。嬴氏の嬴は姓のひとつであることを示す為、贏に女を付したものとあります(藤堂明保『漢和大事典』)。

2014-09-11 19:14:04
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k 古い姓に女編がつくのが多いのは、藤堂先生の解釈ですと、姓を示す為という解釈ですね。音に女が関係無い場合が多いので、僕もそういう感じが穏当だと思います。

2014-09-11 19:15:15
T.K. fukushimaタグ付けよう @aizujin_k

なるほど、藤堂先生の説に納得です。母系制との関連は無理筋ぽいですね。@murapyon71 古い姓に女編がつくのが多いのは、藤堂先生の解釈ですと、姓を示す為という解釈ですね。音に女が関係無い場合が多いので、僕もそういう感じが穏当だと思います。

2014-09-11 19:55:23
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@murapyon71 有難うございます。羌族は殷に虐められ来たので、周が殷を攻めるのに協力したようです。姻戚関係を結んで同盟したわけですね。贏も納得です。贏の一氏である秦をみても戦国時代に至っても遊牧民の気風を色濃く残していたといいますから、とても母系社会とは思えないし。

2014-09-11 20:02:06
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k 僕も母系社会というのはどうなんだろうなあ、と、ちょっと懐疑的だったのですが、藤堂先生の『漢字の起源』を読んでビビッと来ました。藤堂先生が絶対的に正しいというわけでは無いでしょうが、僕が持ってる程度の疑問を解消するには十分でした。(^^

2014-09-11 20:06:27
T.K. fukushimaタグ付けよう @aizujin_k

@murapyon71 夏の時代から漢字らしきものは存在したとはいえ、傍証は殆ど考古学からの推論だけですから、どんな大先生でも仮説の域を出ない部分が混ざってはきますよね。でも、素人考えですが、他の学問分野から見ても整合性が高い説ではないでしょうか。

2014-09-11 20:15:54
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k 姓の漢字の女偏と母系制との関係に懐疑的という意味でした、すいません表現が曖昧で、f(^^;; 母系制については藤堂先生の『漢字の過去と未来』に、仰韶文化が挙げられてます。狩猟中心で、初歩の農業を営み、旦那は嫁と合葬は無く、旦那は老後出身部族に戻るとあります。

2014-09-11 21:41:54
むらやまこういち💉💉 @murapyon71

@aizujin_k 農耕が中心になると、男は畑仕事、女は家畜の世話など、分業が現れ、いつしか男系中心の社会となり、夫婦合葬が見られる。とありますね。

2014-09-11 21:45:31