【第三部-四】血と鉄の海の上に僕らはいる #見つめる時雨

時雨 村雨
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誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

秘書艦として業務にあたっているとき、船団護衛の任務についていた艦隊から通信が届いた。 「船団が深海棲艦と遭遇。その後退けましたが、駆逐艦大破1隻の被害あり。随伴駆逐艦1隻をつけて帰投させます」 旗艦の由良の報告を受けて、僕は提督の指示の下、急いで入渠ドックの手配を行った。

2014-09-21 21:05:09
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しばらくして、村雨が白露を抱えて帰投した。白露の艤装は大破していて、艦娘の身体を保護する防御壁が展開できていなかった。そして、白露自身は更に深刻な状態だった。 「…白露を、お願い」 僕は真っ赤に染まった村雨の腕から白露を受け取り、ドックへ走った―

2014-09-21 21:10:09
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―損傷は甚大ではあったけれど、白露は大丈夫とのことだった。改めて思うけれど、僕たち艦娘は頑丈にできている。あれだけの身体の損傷があっても、修復が可能なんだから。でも、傷ついた姿を見るのはやっぱり辛い。…この感覚だけは、何度経験しても中々なくなりそうになかった。

2014-09-21 21:15:09
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村雨がドックの外にあるソファーに項垂れながら座っていた。僕はその隣に腰を下ろす。村雨が僕に不安そうな目を向ける。 「…白露は大丈夫。助かるよ」 村雨は僕の言葉を聞くと、静かに泣き始めた。僕はそんな村雨を抱き締め、頭をゆっくりと撫でた。

2014-09-21 21:20:10
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村雨から零れる言葉を聞いていると、村雨が交戦中に敵潜水艦の接近を見落としたことが原因で白露が雷撃を受けてしまったらしい。そして艤装が大破して防御壁が展開できなくなったところに更に敵の砲撃を受け、重症を負ってしまったみたいだ。

2014-09-21 21:25:08
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…段々と村雨の呼吸が落ち着いてきた。でも、村雨の手はずっと僕の服を握っていた。こうしていると少しだけ安心できるんだろう。…村雨って普段どことなく大人びててお姉さんみたいだけれど、やっぱり妹だなって思う。僕の大切な、妹。

2014-09-21 21:30:13
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「…ねぇ、時雨…」 村雨が小さな声で呟いた。 「…ん?何かな」 「…私達って…本当にいつ沈んでもおかしくないんだね…。そんな世界に、私達はいるんだね…」 「…そうだね」 改めて実感させられた、その事実。血と鉄とが混じり合う海の上に、僕たちはいる。

2014-09-21 21:35:10
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村雨が、僕の腕に身を寄せる。 「…たまにね、忘れちゃうの。普通の女の子みたい皆とおしゃべりを楽しんで、普通の女の子みたいに恋を楽しんで…。そんなことをしていると…たまに、そのことを忘れちゃうの…。おかしいよね。私達、そんな世界で毎日戦ってるのに…」

2014-09-21 21:40:09
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「僕はそれでいいと思うよ。いいんだよ、たまには忘れて。僕達はこの身体になって心を手に入れた。限りなく人間に近い心を。その心は身体に比べてとても脆くて、簡単に壊れてしまいそうになる。だから、たまには戦いのことを忘れて、心の負担を軽くしてあげないと」

2014-09-21 21:45:12
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「…ふふ、それを時雨が言うの…?」 「…え?変…かな」 「変じゃないよ。でも…恋をして壊れそうになってた貴女が言うと…ごめんね、ちょっと笑っちゃった…」 「うっ…」 痛いところを突かれた。だけど、その通りだから何も言い返せない。はぁ…。

2014-09-21 21:50:08
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「…でも、村雨に言ったっけ…」 「…どうだったかしら。でも、誰が見てもバレバレだったと思うわよ」 「そ…そうなんだ…」 途端に恥ずかしくなり、片手で顔を覆う。僕ってそんなにわかりやすかったのかな…。 「…でも、私もあんまりひとのこと言えないかも…」 「…え?」

2014-09-21 21:55:09
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「…誰か好きなひといるの?…全然気づかなかったよ…」 「ううん、そういうことじゃなくて…。いえ、関係なくはないわね。…あのね、恋をして壊れそうになってたのは、私も同じだなって…そう思ったの。その様子じゃ気づかれてなかったみたいだけど…。私ね、夕立が好きだったのよ」

2014-09-21 22:01:02
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「夕立を…」 「驚いた?」 「…うん」 村雨がくすっと笑う。 「…でも、夕立は時雨のことが好きでしょ?。だから私ね、力になりたかったんだ。大好きな夕立のために。…あの時は本当に苦しかったなー…」 「…ごめん」 「…?どうして謝るの?」

2014-09-21 22:05:11
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「…時雨のことは羨ましかったけれど、でも、嫌いにはなれなかったんだ。私ね、時雨のことも好きよ?だから、そんな顔しないで。ね?」 村雨が微笑む。でも、僕は罪悪感に押し潰されそうだった。僕は夕立だけではなくて、村雨のことも傷つけてしまっていたんだ…。

2014-09-21 22:10:11
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胸に、ズキズキとした痛みを感じる…。 「時雨ってば。聞いてるの?もう…」 すっと、村雨の手が僕の頬に添えられた。そして間を置かず、頬にしっとりとした感触が触れた。…僕は一瞬何が起きたかわからなかった。 「…え?村雨…」 「時雨のことはこれくらい好きだから気にしないで」

2014-09-21 22:15:11
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「何なら口にもする?いいわよ、私は」 村雨が自分の人差し指を口に当てながら意地悪い笑みを浮かべる。 「い、いや…いいよ…」 「そう、残念」 …村雨ってば…。でも、僕をからかうくらいの元気が村雨に戻ってきたのは素直に嬉しい。…よかった。

2014-09-21 22:20:11
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「少し話変わるけど」 「…うん」 村雨が何故か一層僕にくっついてきた。柔らかいものが腕に当たる。…今の出来事のせいで、変に意識してしまいそうになる。 「…時雨ってさ、今も何か悩んでるでしょう」 「…え」 僕の頭に、龍鳳の顔が浮かんだ…。

2014-09-21 22:25:09
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「図星?はぁ…時雨って、女ったらしよねぇ」 「…何でそういう方向性だと決めつけてるのさ。それに…その言い方は酷いと思う…」 わりと本気でグッサリきた。泣くよ…? 「でも、そうなんでしょう?」 「…女ったらしだなんて…そんなつもりは…」 「ふふ、そこは冗談よ。泣かないで」

2014-09-21 22:30:14
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「…時雨は、やっぱり山城さんが好き?」 「…うん」 「実らなくても?」 「…うん」 「そっか。うん…時雨ならそう言うと思ってた。でも…」 村雨が僕の腕から離れる。そして正面の方を向きながら、口を開いた。 「…そんなに頑なにならなくて、いいんじゃないかな」

2014-09-21 22:35:08
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「私達ってさ、明日もここにこうしていられるかなんて、そんな保証はどこにもない。いつ沈んでしまうかもわからない。得体のしれないものとの戦争の中で、自分の死や仲間の死の恐怖と毎日戦ってる。そんな中で、好きなひとに慰めてもらえたら、どんなに安心できるか…」 「村雨…」

2014-09-21 22:40:09
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「時雨が山城さん一途なのはいいことだと思うし、時雨の素敵なところだと思ってるけど、でも…ほんの少しだけ、その気持ちを貴女を想うコに分けてあげて欲しいな。そのコはきっと、時雨に抱き締めてもらえたら、すごく安心できると思うから」 「……」

2014-09-21 22:45:11
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「私は時雨に抱き締めてもらったら、すごい安心できたよ。…ありがと、時雨」 …村雨の言葉は、僕の心にスッと落ちた。ゆらゆらと、心の水面が揺れる…。 「…僕、そろそろ秘書艦の仕事に戻るね…」 「うん。私はここで白露が出てくるのを待つわ。じゃ、頑張って」

2014-09-21 22:50:09
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…入渠ドックを後にし、鎮守府の廊下を進む。少しひんやりとした風が、窓から吹き込んでいた。…僕はその風に秋の訪れを感じながら、ゆっくりと提督室へと向かって歩いた――

2014-09-21 22:55:10

村雨と白露のその後の話……

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血と鉄の海の上に私達はいる privatter.net/p/438149  白露と村雨の話。 ※血の表現があるよ。気を付けて。 #見つめる時雨

2014-09-30 23:31:22