紫苑録 ~ 太平洋は朱に染まる

貴重な戦時写真を紹介することに定評のある大日本帝国海軍全艦船写真集氏が認められた「紫苑録」その纏めであります。 ペリリュー島の闘いから見た米軍の攻勢を書いておられます。
ログ
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虫牙 @Mushikiba
1944年8月29日 アメリカ海軍第3艦隊第38任務部隊第4群がエニウェトクを出撃。 空母「フランクリン」「エンタープライズ」、軽空母「ベロー・ウッド」「サン・ジャシント」他、多数艦艇を伴い日本近海諸島の空襲へ向かう。 #紫苑録
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1944年8月31日 第38任務部隊第4群、目標地点に到達し、硫黄島を空襲。 以降9月2日まで、ウルシー環礁、アンガウル島、バベルダオブ島、小笠原諸島などに連続空襲。 付近海域の戦闘偵察飛行、対潜哨戒任務に従事。 #紫苑録
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1944年9月10日10:30 第32特別根拠部隊、ミンダナオ島ダバオの見張所から「敵の水陸両用戦車が同地海軍飛行場に向かっている」との通報入る アメリカ軍ダバオ上陸ほぼ確実と推定される。 #紫苑録 #ダバオ誤報事件
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1944年9月11日 アンガウル島がアメリカ海軍空母「ワスプ」より発艦したSBDドーントレス爆撃機40機の空襲、及び戦艦「テネシー」の艦砲射撃を受ける。 これにより同島の通信施設は破壊され、以後パラオ諸島他部隊、コロール島司令部と連絡不能の状態に陥る #紫苑録 #アンガウルの戦い
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1944年9月12日09:20 フィリピン諸島セブ島にアメリカ第3艦隊の艦載機約200機が襲来。 セブ島飛行場を断続的に空襲。 #紫苑録
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1944年9月12日17:30 第3艦隊、セブ島への空襲を終了。 セブ島に集結していた海軍第一航空艦隊、第二十八航空戦隊の稼働機約250機は約65機にまで激減。 また、陸軍第四航空軍の稼働機は約200機からほぼ全機を失う甚大な被害が出る。 #紫苑録
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1944年9月15日05:30頃 ペリリュー島南西部「西浜」海岸一帯への上陸支援のため、艦砲射撃が始まる。 pic.twitter.com/2EOy4gaKsN #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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1944年9月15日08:32 ウィリアム・リュパータス少将率いるアメリカ軍第1海兵隊第1陣がペリリュー島に上陸開始。ペリリュー島の戦い始まる。 pic.twitter.com/ZVx7vOoacr #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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ペリリュー地区隊本部 ペリリュー地区隊直轄部隊  歩兵第2連隊 第1大隊:市岡秀衡大尉  歩兵第2連隊 第3大隊:原田良男大尉  歩兵第2連隊 砲兵大隊:小林与平少佐  歩兵第2連隊 工兵中隊:五十畑貞重大尉  歩兵第2連隊 通信中隊:岡田和雄中尉 #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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 歩兵第2連隊 補給中隊:阿部善助中尉  歩兵第2連隊 衛生中隊:安島良三中尉  第14師団戦車隊:天野国臣大尉  第14師団経理勤務部:山本孝一少尉  第14師団野戦病院:大塚高麿中尉 #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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ペリリュー島西地区隊  歩兵第2連隊 第2大隊:富田保二 大尉 ペリリュー島南地区隊  歩兵第15連隊 第3大隊:千明武久大尉 ペリリュー島北区地区隊  独立歩兵第346大隊 引野通廣少佐 #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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参加兵力 帝国海軍  西カロリン航空隊司令:大谷龍蔵大佐 西カロリン航空隊ペリリュー本隊  第45警備隊ペリリュー派遣隊  第3通信隊  第214設営隊  第30建設隊  第30工作隊  南方方面海軍航空隊  特設第33、35、38機関砲隊 #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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日本軍装備  小銃:5,066挺  九六式軽機関銃:200挺  九二式重機関銃:58挺  九七式中迫撃砲(長)ほか火砲:約200門  九五式軽戦車 ハ号:16輌 総員 約10,500名(途中増援部隊と朝鮮人労働者約3,000名を含む) #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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アメリカ軍装備  小銃、自動小銃:41,346挺  機関銃:1,434挺  拳銃:3,399挺  火砲:729門  戦車:117両  バズーカ砲:180基 総員 48,740名(第81歩兵師団19,741名・付属海軍部隊4,765名を含む) #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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1944年9月15日12:00 【発:ペリリュー地区隊 宛:コロール島司令部】 「敵、海岸線ノ南西部ヨリ上陸ヲ試ミルモ、ソノ区域ノ我ガ歩兵部隊ガ敵ヲ水際ヨリ撃退セリ」 #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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1944年9月15日16:50 日本軍が反撃を開始。 飛行場に第14師団戦車隊の95式軽戦車16輌が斬込をかける。 pic.twitter.com/qwN1PSCoR3 #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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1944年9月15日17:05 第14師団戦車隊、全滅。 その晩日本軍は夜襲をかけるも返り討ちにあう。 #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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1944年9月18日 米軍、現在のルイス・マニュエル・ロードを確保、ペリリュー島東側の占領を順調に進める。 しかし西側はウムルブロゴル山で苦戦を強いられ、同地の制圧は困難な状況となった。 #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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1944年9月16日14:00頃 支援としてアメリカ海軍航空隊がペリリュー島を爆撃。 第1海兵師団は日本軍のゲリラ戦法に苦しめられつつ、徐々に前進。 #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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1944年9月17日08:30頃 ポール・ミュラー少将率いる第81歩兵師団「山猫部隊」の第一陣約2000人がアンガウル島東港、東北湾(レッドビーチ)へ上陸開始。アンガウル島の戦い始まる。 pic.twitter.com/iwhMQF3cJ4 #紫苑録 #アンガウル島の戦い
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参加兵力 帝国陸軍 アンガウル地区隊長  歩兵第59連隊第1大隊:後藤丑雄少佐 歩兵第59連隊第1大隊本部  副官:鈴木恒中尉・鈴木安彦中尉・江口繁人中尉・宇佐美敏男中尉  軍医:加藤武雄大尉・小林謙大尉  主計:鴨志田芳松中尉 #紫苑録 #アンガウル島の戦い
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工兵第1小隊:星野善次郎少尉  通信小隊:山根宗一少尉  補給小隊:立原安雄少尉  衛生小隊:野沢二一少尉  第14師団野戦病院:斎藤健太郎中尉  第14経理勤務部:岡田博吉中尉  第3船舶輸送司令部パラオ支部 #紫苑録 #アンガウル島の戦い
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アンガウル島の地図はこちらになります(星亮一 『アンガウル、ペリリュー戦記 玉砕を生きのびて』より) pic.twitter.com/Ol4QUZVYgl #紫苑録 #アンガウル島の戦い
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ペリリュー島の地図はこちらになります(星亮一 『アンガウル、ペリリュー戦記 玉砕を生きのびて』より) pic.twitter.com/QYWxafjTAL #紫苑録 #ペリリュー島の戦い
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1944年9月17日10:30頃 第81歩兵師団、東北湾に海岸堡塁を築き、歩兵1個連隊と砲兵4個大隊、戦車1個大隊を海岸線に張り付ける。 この時点で上陸に成功した米戦車は約50輌。 #紫苑録 #アンガウル島の戦い
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コメント

ノルトフリート @Ryu_ya634 2014年10月22日
まとめを更新しました。10月6日~10月14日までの記録が抜けておりますので、此方はもう少ししてから追加致します。
ノルトフリート @Ryu_ya634 2014年10月25日
まとめを更新しました。 10月23日0:00から現時刻までの顛末を更に追加しました。 たったこの数日間で帝国海軍が、20年に渡って築き上げた最新鋭艦隊のほとんどが撃沈、または一定以上の損害を受けたのがこの時の戦闘であります。
ノルトフリート @Ryu_ya634 2014年11月10日
まとめを更新しました。 10月25日の1500前後、つまり「瑞鳳」沈没から現時刻までの顛末を追加いたしました。 現状は、#熊野撤退 #マタ31船団 #多号作戦 #第一次多号作戦 が状況進行中。終了あるいは一段落ついた出来事として #マニラ湾空襲 #阿武隈撤退 #妙高撤退 #清霜坐礁 #浜風清霜撤退 と言った出来事が怒っております。
ノルトフリート @Ryu_ya634 2014年12月8日
まとめを更新しました。11月11日から最後、つまりペリリュー島失陥までの実況を纏めました。非常に遅くなったこと申し訳ありません。 この時期の出来事としては #熊野撤退 途中から最後の顛末まで、そして #マニラ湾空襲 #1YB撤退 (1YB=第一遊撃部隊) #ペリリュー島の戦い が起こっておりました。
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