「キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー」 #1

B・ボンド&P・モーゼズ作。ネオサイタマを舞台としたサイバーパンク・ニンジャ活劇「ニンジャスレイヤー」の私家翻訳物 詳細はこちら http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(「キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー」 #1)

2010-10-24 19:09:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ブンブブブンブ、ブンブンブブンブ。ブンブブブンブ、ブンブンブブンブ。「アタリ!」「ポイント点!」BGMの電子ベースラインの上で、緑色のホログラフィック画面を電子の戦車が行き来する。ギンイチはズレた眼鏡を指で直す事すらせず、レバーとボタンに全神経を集中させる。

2010-10-24 19:15:12
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

左から電子弾丸が飛来する。ギンイチは左手のレバーを素早く回転させた。電子タンクは横転しながら弾丸を回避し、さらに、撃ってきた相手へ電子弾丸を打ち返した。「アタリ!」「難しいショットでポイント倍点!」電子音声がアナウンスすると、背後のギャラリーが沸いた。「こいつ、ハンパねえぜ!」

2010-10-24 19:18:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ギンイチは無表情だったが、それは彼の好きなアニメ「サムライ探偵サイゴ」の味方キャラクター、常にクールな「クロコ探偵」を真似たアティテュードだった。ギャラリーが騒ぐたび、本当のところ彼は、自己実現に叫び出したいほどの歓喜を味わっている。

2010-10-24 19:21:57
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ブンブブブンブ、ブンブンブブンブ。ブンブブブンブ、ブンブンブブンブ。ギンイチは最後の敵に照準を合わせる。余裕の仕草で、ズレた眼鏡を直す。すでに敵の左右には電子地雷を設置し終えている。回避は不可能だ。右手でボタンをヒットすると、電子弾丸が飛び出し、敵戦車は電子の粒に分解し去った。

2010-10-24 19:53:13
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アタリ!」「ポイント点!」「プレイヤー2のカチで終了です」電子音声がアナウンスした。流れ出すファンファーレ。テレーレテレテテーレテレテテテレー。ギンイチはクールに立ち上がり、クールに席を離れた。「ハンパねえな」と呟きあう声を耳にすると、ニヤニヤした笑みをこらえるのに苦労した。

2010-10-24 19:56:40
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ギンイチは満足してメタリックな店内を見渡す。ここがギンイチの帰属世界、ゲームセンター「反射神経ストーム」、はぐれた若者たちの無言の社交場であった。ギンイチはここにおいて英雄であり、最強の戦士であり、ガンスリンガーであった。

2010-10-24 20:04:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

だが……。ギンイチは腕時計を憂鬱に確認する。予備校の時間だ。ムテキの時間は終わり、ギンイチは現実という荒野へと放逐される。

2010-10-24 20:15:03
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

爆発音、アナウンス音声、必殺技を繰り出すマーシャルアーツの音声の渦に包まれながら、ギンイチは重苦しい歩みを進める。脳内でママの小言のリフレイン再生が始まる。「まずセンタ試験を突破して、カチグミになってから!それから好きな事をなさい!その後は何でも自由なんだから!あなたのためよ!」

2010-10-24 20:30:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「クソッ」ギンイチは無力感に打ちのめされていた。勉強なんて!……店を出る瞬間、入り口の側にあるマジックハンド・カワイイキャッチの筐体から目を上げた少女と視線がぶつかりあった。年は同じくらいだ。いや、同級生?彼女の事を見た事があったように思った。ハイスクールで。でも、そんなバカな。

2010-10-24 20:34:05
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ギンイチはクールに目をそらし、関係ないね、というそぶりでストリートに出て行った。女なんて、コリゴリさ。半年前、消しゴムを貸してくれた隣の席の女の子に、その日のうちに告白した事がある。その後の顛末は思い出したくもない。ぼくは女運を捨てて、かわりにゲームの才能を手にしたんだ。

2010-10-24 20:37:09
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

センベイ駅へ向かうムコウミズ・ストリートの治安はあまりヨロシイとは言えない。ゲイシャ・ディストリクトと接するこの路地は、怪しげなポンビキやチョンマゲクラブのスカウトマン、近隣のライブハウスを根城とするパンクスが行き来する。カツアゲが怖いので、キャッシュは靴底に隠している。

2010-10-24 20:48:59
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

今日は調子に乗って長居しすぎてしまったな。予備校にチコクしてしまう。ママのところに連絡がいってしまう。ヤバイ、ヤバイ。ギンイチは早足になった。

2010-10-24 20:52:57
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「イテッ!イテコラー!?」怒声がギンイチの頭を揺さぶった。しまった!通行人に肩掛けカバンを引っ掛けてしまったのだ!ギンイチはびくりとして立ち止まった。「ガキがコラー!」恐る恐る目を上げる。ああ、おしまいだ。絡んできたのはウニ状に七色の髪を逆立てたパンクスだった。

2010-10-24 20:56:36
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエ!ごめんなさい!急いでて……」「知らねーファック!ファッキンシット!」胸ぐらをつかまれ、ギンイチは脂汗を流した。通行人は見て見ぬ振りだ。パンクスの肩の「安全ピンが好き」という毛筆風タトゥーを見て、ギンイチは恐怖のあまり気絶しそうになった。殺される。

2010-10-24 21:00:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「すみません……すみませ……」「ファキゴナ!すまねえーよ!」パンクスは舌を突き出した。舌にピアスをしている!ギンイチは死を覚悟した。

2010-10-24 21:04:13
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「あんた、やめなよ」甲高い声が、それを遮った。ギンイチとパンクスは声のした方を向いた。そこに立っていたのは、さっき「反射神経ストーム」で一瞬目があった少女だった。ゲイシャパンクスと女子高生の制服をハイブリッドさせた独特のファッションに、ギンイチはあらためて目を奪われた。

2010-10-24 21:07:37
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「なんだてめえファック?」ギンイチの襟首を掴み上げたまま、パンクスが凄む。少女はひるんだ様子を見せず、にらみ返す。「あたし、あんたの顔知らねーんだよね。あんたそんな格好してるけど、『ヨタモノ』来た事ねーだろ?オノボリパンクスって奴か?」「な……」パンクスは動揺した。

2010-10-24 21:23:40
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「毎日行ってるわ!うるせえ!ふざけんなファキゴナファッキンシット!」罵倒しながら、パンクスはギンイチを解放した。どん、と背中を荒々しくどやされ、ギンイチはよろけた。少女がそれを受け止める。「だいたい何だよそのウニ頭は?必死で雑誌でも勉強したのか?」「くだらねえ!もう許したるわ!」

2010-10-24 21:31:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

肩を怒らせ、彼は足早にストリートを去って行った。「おととい来やがれっての」少女が毒づいた。肩を支えられたままになっている事を思い出し、ギンイチは慌てて身を離した。少し甘い匂いがした。「ご、ごめん、アリガト……」「いいよ。またね」ギンイチはオジギし、全力のダッシュでその場を離れた。

2010-10-24 21:40:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

全力疾走するギンイチの心はヤバイを連呼していた。ヤバイ、ヤバイ。女の子に助けられるなんて。ヤバイ、ヤバイ。遅刻してしまう。ヤバイ、ヤバイ。かっこ悪かったなあ、ぼくは。ヤバイ、ヤバイ。あれ…あの子、「またね」って言った?ヤバイ、ヤバイ!

2010-10-24 21:47:20
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

走りながら、いつしかギンイチは笑顔になっていた。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!

2010-10-24 21:49:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(「キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー」#1 終わり。#2へ続く

2010-10-24 21:51:00