「そんなに真実がしりたいの?」 暁美ほむらが言った。いつものようにほむらはあざけるような笑いをうかべる。 「しっているなら言いなさいよ、思わせぶりなことだけ言って、具体的になにも言わないなら何も知らないって思うわよ」 美樹さやかはいら立つ。このやりとりも、もう何度目だろう。 M1
2014-08-20 22:08:01「そんなことはないわよ?ええ、ええ、私はすべてを知っているわ」 「そのうすら笑いを…」 「知っているから言わないでいるのよ、まどか」 まどか?ここに鹿目まどかはいない。ほむらはじっとさやかをみている。ほむらは、さやかをまどかと呼んだのだ。 M2
2014-08-20 22:50:43ほむらは狂ってはいても、理屈に合わない事は言わない。彼女は人を弄んでいても、うそやごまかしで真実を隠すことはしないはずだ。おかしなことだ、美樹さやかの怨敵であるはずのほむらを、ある意味では誰よりも信頼している。 「わたしが、まどかだっていうのが真実なの?」 M3
2014-08-21 14:39:26「あなたが言ったことよ?まえは何か大きなものの一部だったって」 たしかにそう言ったおぼえがある。忘れていた?いや、忘れようとしていたのかもしれない。ほむらのいった通りだ。わたしも、それを知っているなら言わないでおくだろう。わたしは、鹿目まどかだ。 M4
2014-08-22 10:15:42人生のだいじな所で思い通りにいくのは、じつはとても少ないんじゃないかと思う。志望校に受かるとか、部活でいい成績をだすとか、すきな人と好き同士になれるとか。思い通りにできることなんて、たいていどうでもいいことばっかりだ。 M5
2014-08-23 11:40:25自分自身の失敗が原因ならいいけれど、その日の天気とか、電車が遅れたとか神様のいじわるとか運命のいたずらとかいうようなのが原因だったりする。とても理不尽だ。私たちはなにも悪いことしてないのにね。そうなったら神さまを恨んじゃう、世界を呪っちゃう。 M6
2014-08-23 12:12:26そんな、どうしても納得いかないようなとき、大人ならお酒とかタバコとかギャンブルとか、それか、もし相手がいるならセックスとか、気を紛らわすためのものがたくさんある。でもわたしたちは未成年だから気を紛らすためのものが法律で禁じられている。 M7
2014-08-24 12:23:54だから世界を呪って、魔獣を産んでしまうのは、大人よりも、わたしたち少年少女が多いのだろう。 わたしは美樹さやか。魔獣と戦い、世界を守る魔法少女。 M8
2014-08-24 12:30:28見滝原市の人口は約35万人であり、そのうち10代の人口は約3万人。魔獣はおおよそ2日に1体ほど生まれる。このペースでいけば10代の子どもたちが魔獣を生み出し終わるまでにこちらの寿命が尽きてしまう。それを考えるとうんざりする。 M9
2014-08-24 13:27:13「マミはどーしたんだ?」 「風邪ひいたから寝てるって、さっきメールがあった。なぎさはその看病だってさ」 それは嘘だ。ソウルジェムとなった魔法少女の肉体が病気になることなどない。 「そっか、まあ、あたしとあんたさえいれば十分さ。」 M10
2014-08-24 13:41:30けれど、病気になったフリをするのは大切だ。きのうはちょっと寒かったとか、悪くなったものを食べてしまったとか、人間のころなら体調を崩すようなことがあったら、体調を崩したような気がして、無意識にその演技をする。 M11
2014-08-24 13:47:33わたしはまだ人間であることを覚えている、わたしはまだ人間なんだ、ということを証明しようとするあがきなんだ。だれもそれをとがめられない。人間の演技をやめてしまったらそれこそ私たちは人間でなくなってしまう。自動的に動くゾンビといっしょだ。 M12
2014-08-24 13:55:32「そうね、ふたりだけでじゅうぶんね」 今夜、生まれた魔獣は3体。たがいに連携をとるようすもないし、余裕だろう。 「ぼくとしては、そんなに油断されると困るんだけどね」 聞きなれたキュゥべぇの声。わたしはいらだつ。 M13
2014-08-25 18:01:05この白いけものは、魔法少女の手助けをするといいながら、あの悪魔となのる少女と親しくしている。 「なんの用だよ」 杏子がわたしより先に詰問する。なぜか、魔法少女たちはみなあのけものに不信感をもっている。 M14
2014-08-26 20:41:33「ぼくに不信感を抱くのはしかたのないことだけど、グリーフキューブを浄化するのはぼくにしかできないんだし、そのへんは割りきってほしいね」 そういわれると弱い。わたしたちにはグリーフキューブを浄化し、ソウルジェムの穢れをおとす、すべはない。 M15
2014-08-26 21:42:26「いいさ、さやか、いこう。魔獣をあいてにおしゃべりを続けてられるほど、あたしたちは余裕しゃくしゃくってわけでもない。」 「そうね、キュウべぇを締め上げる時間はあとでいくらでもあるわ」 M16
2014-08-26 22:00:20そう、時間はいくらでもある。いくらでも?そう、いくらでもあるのだ。 かすかな違和感を無視し、わたしは魔獣に斬りかかる。魔獣ののばす光をこの身でうけとめながら、ひたすら前へまえへと突き進む。わたしの体を盾にしながら杏子が無数の槍を投擲する。 M17
2014-08-26 23:36:41わたしの力は癒やしのちからだ。痛みをけし、破損した体を瞬時に修復し、どんな傷をうけても戦い続ける。こういう戦い方は杏子とふたりっきりの時だけだ。もっと自分を大事にしなさいとマミさんは怒るし、なぎさは腕がないだの、足が取れただのと泣いてしまう。 M18
2014-08-26 23:41:29なにも言わないのは杏子だけだ。傷つくわたしをじっと見つめるだけで、なにも言わないでいてくれる。杏子はわかっているのだ、戦いと、戦いの痛みが、どうしようもなくさざ波だつわたしの心の不安を忘れさせることを。なにに?どこに?いつ? M19
2014-08-28 21:14:37寄せては返す波のように、不安はつねにわたしを取り巻いている。なにをしていても忘れることのできないそれは焦燥となり、わたしを責めさいなむのだ。わたしは知りたい。この不安がなんなのか。 M20
2014-08-28 21:17:41「もういい、やめな。おわりだよ」 杏子の声で我にかえった。気づくと、魔獣はどこにもいなかった。わたしはただ、がつんがつんと何もないアスファルトを殴り続けているだけだった。 「マミやなぎさには見せられないな、こんなの」 「杏子以外のだれかに見せるつもりはないわよ」 M21
2014-08-30 10:50:06立ちあがろうとして、わたしはよろけた。おっと、いつのまにか片足がなくなっている。 わたしをささえようと杏子が手をのばし、もつれてふたりとも倒れる。 「バカだな、なにしてるんだ」 「うん」 そのままでふたりとも動かない。杏子の胸が上下する感触に集中する。呼吸だ。 M22
2014-08-31 08:19:35「しばらくこのままでいたい」 「気がすむまでそうしてな」 杏子がわたしの頭をなでるように手を添えた。 真夜中、えぐれたアスファルトと、折れた街灯。そんなものに囲まれて、少女がふたりでたおれていたら、まるで死体みたいだ。 M23
2014-08-31 22:37:50いや、ちがうな。死体みたいなんじゃなくて死体なんだ。わたしが肉体だと思っているこれは、魂のいれものですらない。たんぱく質でできたロボットみたいなものだ。杏子のからだのやわらかさも、アスファルトの冷たさも、ソウルジェムがそう錯覚させているだけなのだ。 M24
2014-08-31 22:41:16