船に乗る話/②船長に引き上げられる

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altana @altana

疲れきって、殆ど犬掻きのような状態で声の方へ泳いでいった。波を掻き分けて船がこちらに近付いてきた。後から聞いた話だと個人所有のセイリングボートということだったが、水に遮られた視界の中で、遠くにあるはずの船は奇妙に大きく感じられた。大きな鉄の城の浮かぶようだった。 #twnovel

2010-11-27 23:04:02
altana @altana

目の前に浮き輪が飛んできたのに捕まると、ようやく自然に周りを見渡すことが出来た。町は水の中に水没しているようだった。水面は夕方の太陽に染まり水中は濁って底の方までは見えなかった。遠くの方に大きなビルがぽつぽつと伸びているのが、かろうじて元の街を思い出させた。 #twnovel

2010-11-27 23:05:00
altana @altana

こう何もかも消えてしまうと諸々の生活上の出来事を思い出さずにはいられなかった。そこで誰かに出会いけれど何も話さずに何も関わらずに別れ、彼女の横たわる部屋に帰っていって、しかし今はその両方の世界がこうして水没しているのだった。 #twnovel

2010-11-27 23:06:08
altana @altana

だけど彼女の吐き出すあの液体は町一つを呑み込むほどの悲しみだったのだろうか。浮き輪の空洞から水中の暗がりを見つめながら、また僕は彼女の元に帰りたくなった。それでも浮き輪は徐々に船の方へと引き揚げられるようだった。顔を上げると男の影がロープを引くのが見えた。 #twnovel

2010-11-27 23:08:30
altana @altana

黒々とした腕を掴むと不意に人間の体温を感じて思わず離してしまいそうになった。長い間水の中に入って冷えきった体が驚いたのか、他人に初めて会ったことへの驚きなのか、区別のつかない感じだった。男はさらに両手で腕を掴んでくるので、逃げられずになすがままに引き揚げられた。 #twnovel

2010-11-27 23:10:08
altana @altana

引き揚げてしまうと男はさっさと向こうの方へ歩いていくので僕は甲板の上へ取り残された。強い風が吹いていて水の中よりも冷たく、歯を鳴らしながら船縁に体を隠した。男が中にに入っていくのが見えたが追いかけるのにはこの風を通り抜けなければならないのだった。 #twnovel

2010-11-27 23:11:27