シー・ワー・リビング・ゼア #5(完結)

そして彼or彼女は壊れ始める
0
劉度 @arther456

◇◇◇◇◇◇◇ ←九十一式徹甲弾

2014-10-27 21:00:39
劉度 @arther456

怪物が大刀を振り被る。「やめろ……っ!」提督はもがきながら後ろ手に発砲、しかし銃弾は兜に当たり弾き返される。「やめ」次の瞬間、怪物が大刀を振るった。錆びついた巨大な刃は安々と鉄格子を切り裂き、当然、その先にいた提督の体も両断した。腰から下が、ドサリと地に落ちる。

2014-10-27 21:01:26
劉度 @arther456

声もあげられない激痛。むせ返るような自分の血の匂い。ごぷ、と口から血が溢れ、嫌な鉄の味が舌に染みこむ。あまりの激痛を脳は受け入れることを拒絶し、視界が急速に暗くなっていく。急速に迫る死の中で、最後に提督は、声を聞いた。

2014-10-27 21:02:19
劉度 @arther456

【シー・ワー・リビング・ゼア】#5

2014-10-27 21:02:57
劉度 @arther456

(これからSSを投下します。TLに長文が投下されますので、気になる方はリムーブ・ミュートなどお気軽にどうぞ。感想・実況などは #ryudo_ss を使用していただけると大変ありがたいです。宜しければ暫くの間、お付き合い下さいませ)

2014-10-27 21:03:34
劉度 @arther456

夢を見ていた。長い、本当に長い、しかし一瞬に等しい夢だ。延々と同じ惨劇が繰り返される夢は、そう表すのが相応しい。そして自ら抜け出せない夢の終わりは唐突だ。浮ついた浮遊感に形が差し込まれ、現実がわだかまる。提督を提督だと認識した提督は、途端に目を見開いた。 1

2014-10-27 21:04:36
劉度 @arther456

「……ッ!?」倒れていた提督は、暗闇の中で飛び起きる。真っ先に腹部を手で押さえた。胴体は繋がっている。傷一つついていない。だが、ついさっき切られた時の感触を思い出して、呻き声が口から漏れた。あの夢は、いや、夢ではない。あの痛みが夢であってたまるはずがない。 2

2014-10-27 21:07:48
劉度 @arther456

よろめきながらも起き上がる。無意識に手をかけていたのは、重厚な鉄格子だった。さっき斬られた場所から動いていないのだろうか。しかしあの世界とは違い、この場所は錆びることなくただ灰と埃に埋もれている。人が立ち入ることを長い間拒み続けた空間だった。 3

2014-10-27 21:10:58
劉度 @arther456

「お目覚めですか、提督」少女の声が響いた。その声。提督が求め続けていた声だ。暗闇に目を凝らせば、望む少女は鉄格子の向こう側にいた。「不知火ッ!」声が空気を、腕が鉄格子を揺らす。薄紫色の髪を頭の後ろで束ねた艦娘が、深海のように暗く青い瞳を提督に向けていた。 4

2014-10-27 21:14:21
劉度 @arther456

「今助ける、待ってろ!」「いいんです。私は、ずっとここにいます」「何言ってる!お前、自分がどうなってるか分かってるのか!?」「ええ、十分理解しています。私は、不知火の殻を被りきれませんでした。……カガミのいない世界では、私は人間を保てない」 5

2014-10-27 21:17:31
劉度 @arther456

闇に慣れてきた提督の目が、彼女に抱きしめられた人影を捉えた。巫女服を着せられた、痩せ細った少女。だがその顔は、人間のものではない。一枚の歪んだ鏡に置き換えられていた。不知火は鏡を、愛おしそうに撫でる。「もうカガミは、私の心の中にしかいない。……佐世保の陽炎から、聞きました」 6

2014-10-27 21:20:40
劉度 @arther456

彼女は語る。「提督は、私が艦娘として戦えばいつかあの子に会わせてくれると、約束してくれましたよね?」「……ああ」「……分かっていました。嘘だということは。だって、こんなにか弱いこの人が、親も身内も何もかも無くして、生きていけるわけがありませんから」 7

2014-10-27 21:23:50
劉度 @arther456

「ふざけんな!」提督の手が、鉄格子を揺らす。ガシャガシャと、けたたましい音が響くが、鉄格子はビクともしない。向こう側に行くには、この鉄格子を何とかしなくてはいけないだろう。「だから何だ!そいつが死んだら、お前は生きてる価値が無いって言うのか!?」 8

2014-10-27 21:27:01
劉度 @arther456

「ええ」迷いの無い澄んだ声。「返り血を浴びて、腐肉で飢えを凌いで、それを楽しんでいた私を、この人は赦してくれました。この人だけが、私を人間だと認めてくれたのです」彼女は、手の内の鏡を抱き締める。「彼女がいないなら、不知火は生きている必要ありません」 9

2014-10-27 21:30:16
劉度 @arther456

「だったら!」一際大きく、鉄格子が揺れる。「どうして今まで大人しくしてた!どうして律儀に私の部下でいたんだよ!一緒に仕事して、戦って、ご飯食べて、たまに骨折られたりしたけど、付き合ってくれたじゃないか!それが全部、意味がなかったっていうのか、不知火!」 10

2014-10-27 21:33:36
劉度 @arther456

答えは無い。青い視線が、初めて提督から逸れた。「……もう、遅いんです」船が大きく揺れた。そして、三度目の汽笛が鳴り響く。暗闇そのものが剥がれ、烈火の如く輝く赤錆びた空間が現れる。提督の背後にあるドアが、けたたましく鳴り響く。向こう側から奴らが迫ってきている。 11

2014-10-27 21:36:59
劉度 @arther456

「提督。逃げて下さい。この船は、もう沈みます」「はあ!?」彼女は、不知火を捨てるのか。「待てよ、待って!」なおも提督は鉄格子にかじりつくが、びくともしない。それを名残惜しい目で見つめていた不知火が、暗闇の向こう側に消えた。 12

2014-10-27 21:40:12
劉度 @arther456

「戻ってこい、不知火!」絶叫するも、彼女は帰ってこない。ドアが打ち破られた。蜥蜴の胴から生えた兵士が、目も口も塞いだヒトガタが、共食いを続ける蛇の触手が、一斉に雪崩れ込んでくる。絶叫、悲鳴、あるいは、歓喜の雄叫び。それらが目指すのはただ一点、提督だ。 13

2014-10-27 21:43:46
劉度 @arther456

無数の手が提督に伸びる。「邪魔だ、離せぇ!」叫んで振り払おうとするが、力の総数が違う。一瞬で鉄格子から引き剥がされる。仰向けに倒れた提督に、怪物たちが覆い被さる。殴られ、蹴られ、抉られ、食い千切られ、地面を転がる。壁際に追い詰められ、なおも暴力が降り注ぐ。 14

2014-10-27 21:46:58
劉度 @arther456

目的など何もない。ただ、暴力を振るうことを目的とした暴力。苛烈な痛みを与えるためだけの責め。部屋に満ちた狂気が、提督という一点に向けて押し付けられる。「しら、ぬい……」血反吐を吐き、激痛に思考を奪われながらも、なおも提督の手は鉄格子の向こう側を求めていた。 15

2014-10-27 21:50:12
劉度 @arther456

古鉄の唸り声が、全てを薙ぎ払った。「……え?」突然の大音響に、提督が顔を上げると、周りで提督を苛んでいた怪物たちの上半身が無くなっていた。何が起こった。その答えは、提督が追い詰められていた壁の後ろにあった。抉られた壁の傷痕から、巨大な刃が生えている。 16

2014-10-27 21:53:10
劉度 @arther456

傷痕に手がかかった。2つの手は、力任せに鉄の壁を押し広げ、大きな穴を作る。慄くような唸り声を発し、提督の周りを囲んでいた怪物たちが、後ずさる。穴から部屋に入ってきたのは、三角錐の鉄兜で顔を隠し、大刀を引きずった処刑人だった。熱気に満ちた狂気が、冷徹な恐怖に塗り潰される。 17

2014-10-27 21:56:31
劉度 @arther456

風が、唸る。振るわれた大刀は、その先にいた怪物たちを一切の区別なく両断する。容赦なく、それでいて慈悲に満ちた死だった。怪物の群れに、大きな乱れができる。乗り込んできた乱入者に反撃するものもいるが、処刑人はまるで意に介さない。空間が瞬く間に血の海に沈んでいく。 18

2014-10-27 21:59:56
劉度 @arther456

そんな中、提督は赤い水溜りを這って、再び鉄格子の前まで戻ってきていた。錆びた鉄格子だが、その手応えはさっきと変わらない。だが、今の提督には一つ、乗り越えるアイデアがあった。「はぁっ……はぁっ……」息は荒い。だが、息ができる。それが大事だ。 19

2014-10-27 22:03:13