五大聖戦:第一戦闘フェイズ【第三の扉】

──激突するは慈雨と徒波。
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蓮田 颯丞 @hasterMissing

「ひっ……!」 そのあまりものおぞましさに、小さく悲鳴を漏らす。 最初に感じた通り、彼女は碧に似ていた。水に竜のかたちと魂を与える自分と、水に水死者の乙女のかたちを与える彼女。 それ故に、それが如何に歪んでいて、そして、強大な術であるかを否が応でも認識してしまう。

2014-10-28 14:07:54
蓮田 颯丞 @hasterMissing

怯む碧とは対照的に、己が支配する水を歪めた事に、水竜は大口を開けて怒りを露わにしていた。 体内の水は激しく蠢き、同時、死んだように沈黙していた湖面がごぶりと泡立つ。 一つ、二つ、三つ。 取り囲む乙女達を更に取り囲むようにして、激しく水面がごぼごぼと気泡を吐いて、直後

2014-10-28 14:11:07
蓮田 颯丞 @hasterMissing

ごう、と穏やかな湖面に突如として急流が生まれる。 波濤の最中にあるような水の暴力が、乙女達を構成するものごと、纏めて浄化し、押し流し、消し潰そうとする。 無論、水竜の怒りの具現たる急流の矛先は乙女達に止まらない。 浮島に佇む水死者の主をも巻き込まんと、水流は唸りを上げた。

2014-10-28 14:14:18
名もなき魔術師 @Luca_w_de

「……水は、古くより女を示すものであります。聖母と崇められし女の名は、海の女神の名でありました」 来たれ。一言告げれば、《女たち》が壁となる。 発砲音とも打撃音ともつかない、すさまじい音。私は、私の周囲の浮島に水竜の攻撃の爪痕を見た。

2014-10-28 17:38:15
名もなき魔術師 @Luca_w_de

「……水は、魔術や占術においては無境界を司るものであります」 巨大な波が引くより少し早く、私は《女たち》に囁く。 少女の背後から新たな女がゆるりと立ち上がり、その小さな身体を湖に引きずり込まんと透明な腕を伸ばし、

2014-10-28 17:38:19
蓮田 颯丞 @hasterMissing

ルーサルカが語るそれは、水の巫女として学んだ事に通じるものがあった。 即ち、水は万物が生まれ、そして死に逝く母の胎内であり、故に水の化身たる水竜に仕えるのは女だけなのだと。 それをわざわざ語る意図を、碧は理解できていない。 訝しげに眉を潜める碧の腕を、細い腕ががしりと掴む。

2014-10-28 19:29:45
蓮田 颯丞 @hasterMissing

「!」 それに気付いたのは引きずり込まれる直前。 小柄な少女の身体は、しかし。大地を踏みしめ、重心を背後へと傾けて、引きずり込む事に抵抗する。 直立不動にしか見えぬ身のまま。 しかし、所詮は少女の身体。いくら創意工夫しようと、絶対的に重量が足りない。 拮抗は一瞬持つか持たないか。

2014-10-28 19:33:04
蓮田 颯丞 @hasterMissing

されど、その一瞬で水竜が動く。 丸太のような透き通った純水の尾を鞭の如く振るい、女どもの腕を叩き切ろうとする。 水竜は浄化の能力も備えている。矮小な悪意ならば瞬く間に消し去れるが、魔王の力が込められれば、水竜といえども容易くは浄化できない。

2014-10-28 19:36:10
名もなき魔術師 @Luca_w_de

もう一人、向かえ。 《女たち》に囁く。呼応するように、水の乙女が立ち出でて、慈雨の勇者を――この光景に怯える少女を水の中に引き込まんと近寄る。 命じる。もう一人は、竜の喉元へ。水の刀で喉を切り裂け。 ごぼり、と音が鳴る。水と魔力と魂だけの存在の彼女が笑うのが、私には分かった。

2014-10-28 20:18:28
名もなき魔術師 @Luca_w_de

水竜が身を守るに躍起になり、主を守りきれないならそれで結構。主を守るのに必死になり、倒れるならばそれも結構。 《ルーサルカ》の狙いは、あくまでも勇者である。あどけなく、素直な、勇者の名が明らかに重荷であろう、あの華奢な少女である。

2014-10-28 20:18:38
蓮田 颯丞 @hasterMissing

乙女達が集おうと、碧の瞳は揺るがない。 真っ直ぐに、敵を見据えて。口遊む様にして何かを唱える。 もしも聞こえるならば、碧がこう唱えたのを耳にするだろう。 「――水は時。時はすべてを押し流す」

2014-10-28 21:05:32
蓮田 颯丞 @hasterMissing

片腕を上げ、目線を迫る乙女達へ。 水竜は相変わらず、碧を守護する様にその周囲へと身体を巡らせていたが。 碧の言葉に応じるようにして、彼女の周囲を、円を描く様に旋回する。 水竜は、碧の周囲を旋回する勢いをそのままに、徐々に元の水へと戻っていく。

2014-10-28 21:07:23
蓮田 颯丞 @hasterMissing

乙女達が手を伸ばしたその時。水竜は巨大な渦と化して天へと昇る。 碧を中心として、敵対者を上天へと巻き上げる水の竜巻が生まれた。 さながらそれは水の障壁であり、これを突破するには腕力であろうが、魔力であろうが、いずれにしても余程の力が必要だった。

2014-10-28 21:10:15
名もなき魔術師 @Luca_w_de

突如、少女を庇護していた水竜がその姿を消す。 力が尽きたのだろうか。否、直観は何かが来ると告げる。 女たちに警戒せよと伝える。次に、打つ手を―― と、 ごお、獣の吠えるような音。それは洪水の、否、もっと―― 水の壁が立ち上がるのと、身体が引きずり込まれるのは殆ど同時だった。

2014-10-28 22:59:05
名もなき魔術師 @Luca_w_de

視界が潰れる。真っ白に、真っ黒に。 声は零れない。声が零れることなど許されない。 扉を潜って初めて、苦痛に顔が歪む。唯、獣の叫ぶような音が。否、彼女の水流が叫んでいるのかも知れない。唯の自然災害とは思えない、人為であるはずもない――天意と呼ぶ他ない轟音が、耳を潰すほどに響いて。

2014-10-28 22:59:22
名もなき魔術師 @Luca_w_de

竜の咆哮よりほんの少し遅れて、私はそれを聞く。 「……アァアアアアアアアア――」 細い、黄色い、甲高い、硝子を引っ掻いたような叫び声。確かな空気の振動。 女の、それ。 渦の渦中においては途切れそうなほどにか細く聴こえたそれは、少しずつ声量を増し、 悲鳴の合唱。湖を阿鼻叫喚と成す。

2014-10-28 22:59:51
名もなき魔術師 @Luca_w_de

水と共に巻き上がる塵は刃となって私の身体に傷を成す。この渦の中では身を守るどころか、視界を確保することすら難しい。 ともかく、これを抜けなければ――一瞬のうちに思考する。 腕を、前へ。前へ、進め。 水が、何よりも無骨で原始的な水の暴力が、私の手足を捥がんと襲いかかる。

2014-10-28 23:00:14
名もなき魔術師 @Luca_w_de

魔力を集中させよ。この身体を護れるように。 低く、水の唸る音。高く、空(くう)を切り裂く悲鳴。身体を引き裂かんと、圧力。ちりぢりと、傷。暗い、視界。 前へ、進め。 目を閉じ、音と痛みを黙殺する。唯、足を強く踏む。 魔力で護っただけの身体で、覚束ない足取りで、力任せに前へ進む。

2014-10-28 23:00:40
蓮田 颯丞 @hasterMissing

最初に響いたか細い悲鳴。世界のすべてを憎み呪うような絶唱がこだまする。 それが一つ、二つ、増えていく。三つ、四つ、まだ収まらぬ。五、六、八、十――。 声は遠く、高く、湖の全てを包み込み。激流の轟音と水竜の加護に護られた碧の耳にも、確かに届く。 「ぐっ……!?」

2014-10-28 23:35:11
蓮田 颯丞 @hasterMissing

声はそれ自体が極大の呪いなのか、碧の脳をじりじりと焦がす。 魔王ですら阿鼻叫喚と称するそれに耐えられる程、碧は世の邪悪を知らない。 水竜には届かぬ声は、しかし術者である碧の耳に届き、その膝をつかせる。 荒く息をつきながら、顔を上げる碧の目に。魔王の影が映った。

2014-10-28 23:38:55
蓮田 颯丞 @hasterMissing

「――そんな…!」 侮っていたわけではない。これで倒せるどころか、対処される可能性も考えてはいた。 けれど。けれど、いったい誰が、この護りを力づくで突破するなどと考えただろう。 幾ら水の王とはいえ、一度、激流と化した竜が即座に元の形に戻れるわけではない。

2014-10-28 23:40:39
蓮田 颯丞 @hasterMissing

呪い歌に痛む頭を押さえつけながら、ゆらりと足取りも不確かに立ち上がる。 ――立たなければ、ここで死ぬ。 それは警告じみた本能を通しての確信だった。 ぎっと正面を睨みながら、尚も碧は言霊を紡ぐ。 「…水は空(クウ)。空はすべてを覆い包む」

2014-10-28 23:42:44
名もなき魔術師 @Luca_w_de

幸か不幸か、聴覚は既に狂っていた。身体の軽さに、あの渦を抜けたのだと知る。 一かばちかの賭ではあったのだ。《女たち》に仮初めの身体を、与えられるだけの魔力をこの身に集めたからといって、力ずくで抜けられる保証は何処にもなかった。 直ぐにでも倒れそうな身体を叱咤し、前へ、進む。

2014-10-29 00:17:41
名もなき魔術師 @Luca_w_de

痛みの感覚が、遠い。凪いだ風の中にいるのに、身体が酷く揺さぶられているのは先程の後遺症だ。 歪んだ視界に少女の姿を認める。表情は読み取れない。口許が、何かを呟くように動くのが辛うじて見て取れる。 不安定な足場を力任せに蹴る。 少女との距離を詰め、私はその肩を乱暴に突き飛ばそうと、

2014-10-29 00:17:52
蓮田 颯丞 @hasterMissing

ふらりと揺れる足元はおぼつかず、小柄な体はルーサルカの一撃を受けて、トン、と軽く飛び。 少女の小躯は、激流の中へと消えた。 「……あ…っ……!」

2014-10-29 00:25:52
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