五大聖戦:第一戦闘フェイズ【第三の扉】

──激突するは慈雨と徒波。
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蓮田 颯丞 @hasterMissing

「……ごめんなさい」 謝罪は何に対してか。 頭が真っ白になり、それに伴って身体が一瞬、硬直したかのように動かなくなる。 ほんの一瞬。けれど、この距離においての一瞬は致命的なまでの時間だった。 ルーサルカが何をしようと、次の一撃に対しては決して先手を取れぬ程に。

2014-10-29 22:07:28
蓮田 颯丞 @hasterMissing

先の一撃で痛手を負った水竜は、竜種特有の驚異的な再生力でもって回復しつつあるも、まだ動けない。 だが、首を上げ、ルーサルカを睨むその姿に弱々しさなど微塵もなく、未だ竜は余力を残している事が窺えた。

2014-10-29 22:10:13
名もなき魔術師 @Luca_w_de

このままでは、身体は長く保つまい。意識が途切れるのは時間の問題。 少女に生じた一瞬の隙。この機会を逃せば、万一にも勝機はない。 右手を振り上げる。 「……徒波の魔王の名において、刃となれ……ッ!」 獣の唸り声。右手に、水の短刀。 振り下ろす。ひたすらに。少女の胸を目掛けて。

2014-10-29 22:14:44
蓮田 颯丞 @hasterMissing

迫る刃に、致命的な後手を取る。 胸目掛けて放たれた刃を前に、少女は口を開き。 「オォォォォォォオオオォォォッ!!!」 獣の如き咆哮を上げながら、再度、身体を捻る胸に迫るそれを、肩口で受ける為に。もしも水刃に何か効果があるのならば、それを受ける事になるだろうが。

2014-10-29 23:01:47
蓮田 颯丞 @hasterMissing

ルーサルカが次にどんな手を打とうとも、少女の手は変わらない。 水刃の軌道へ肩口を晒しながら、ルーサルカへと大きく踏み込む。 肉薄した距離から肩を刃の盾としながら、体当たりを仕掛ける。 吹き飛ばす事は困難だが、それでも直撃すれば後退は免れないだろう。

2014-10-29 23:07:30
名もなき魔術師 @Luca_w_de

渾身の攻撃は、然し急所に当たることはなく少女の肩の肉を裂いた。 次を繰り出すまでもなく、少女の身体が私にぶつけられる。ぶつかったのは小さな体躯とは言え、此方も女の身。 視界が揺れる。重心のずれた身体が大きく後方へと傾く。間もなく大勢を崩すだろう。 最早、此処迄か。

2014-10-29 23:27:22
蓮田 颯丞 @hasterMissing

ルーサルカの体勢が崩れかける。 一歩、飛び込んで。鳩尾に渾身の打撃を叩き込めば、それで終わる。 よしんばそこに罠があるとしても、碧の戦闘スタイルを考えれば此処で飛び込まない手は無い。 だと、言うのに。 「…………っ」

2014-10-29 23:37:20
蓮田 颯丞 @hasterMissing

飛び込めない。飛び込めば、敵の必殺圏に入る。 攻撃さえすれば此方が先手を取れるだろうが、それはつまり、攻撃しなければ死ぬのはこちらという事になる。 ――飛び込めない。飛び込んだら、この人を殺さなければならなくなる。

2014-10-29 23:39:10
蓮田 颯丞 @hasterMissing

ほんの数歩の距離が、あまりにも遠い。 降参してくれませんか、などという言葉が喉まで込み上げるが、それをグッと堪える。 そんな甘い事が出来る状況ではないし、何よりその言葉は相手の矜持を汚す行いでしかない。 強い意志が宿る碧の瞳に、明確な迷いの色が浮かぶ。

2014-10-29 23:40:33
蓮田 颯丞 @hasterMissing

水竜が再生を終えて――ダメージは残っているが――碧の知くへと移動する。 水竜が、ルーサルカへ攻撃をする様子は無い。 それは碧が迷っているからではなく。この戦いを制する為に、碧は殺意をもってルーサルカを殺さねばならぬと水竜が考えているに他ならなかった。

2014-10-29 23:42:33
名もなき魔術師 @Luca_w_de

当然来る筈の一撃が、来ない。 それに気付いたのは、大きく体勢を崩し、膝をついて隙を晒しても少女が動かないため。 腕をついて身体を起こす。勇者の背後には彼女の眷族たる水竜が構えている。 おいでなさいと命じた。水の刀を構えた水の《女たち》が二人、私の傍らに現れる。 私も、刃を構えた。

2014-10-30 00:38:43
名もなき魔術師 @Luca_w_de

湖は先程と打って変わって奇妙な静けさに包まれている。それは私の思い込みだ。私を殺しに来るだろうと思っていた少女が、動かずにいるのだから。 何か、企んでいるのか。それにしても、私を殺すのが目的ならば先程は最大の好機であった筈。 神立碧の目に迷いの色を見たときに私が感じたものは、

2014-10-30 00:38:57
名もなき魔術師 @Luca_w_de

「……覚悟など、とうに出来ているものだと思っておりましたが」 口を吐いて零れた言葉は、怒りの色を持っていた。 この幼い少女を最初に勇者として見たときにも、同じものを感じた。 ふつふつと、怒り。 「……貴女方の信ずる女神は、人を殺める覚悟も出来ていない少女を戦場に送る女神ですか」

2014-10-30 00:39:03
名もなき魔術師 @Luca_w_de

何に。 自分の矜持を汚されかねない。女神は我々を見捨て。このような少女まで戦場に。魔は人を害するのに。 「貴女が勇者に選ばれたのなら、勇者を名乗るのなら、魔王をその手で殺めてみせよ」 頭の中に言葉の溢れるままに、言葉を吐く。 「覚悟があるのなら、殺して、生き延びるがいい……!」

2014-10-30 00:39:18
名もなき魔術師 @Luca_w_de

それは、自らに向けていた言葉の筈だった。自らにずっと問うてきた言葉だった。 生き延びることよりも、死ぬことの方が遙かに容易い。だから、 濡れた地を踏み締め、跳んだ。 咥内は未だ血の味で満たされている。激痛。この戦いに勝っても、私は生き延びられないかも知れない。それでも。

2014-10-30 00:39:30
名もなき魔術師 @Luca_w_de

《女たち》には水竜の足止めに向かわせる。これが最後の攻撃になるだろう。それさえ、邪魔をされなければそれで良い。 私は胸を切り裂かんと腕を振り下ろす。 迫る、少女。 素直さと甘さの垣間見える丸い瞳。 人々の期待を背負っているであろう、小さな体躯。 随分気に入ってしまったようだった。

2014-10-30 00:40:25
蓮田 颯丞 @hasterMissing

――「……覚悟など、とうに出来ているものだと思っておりましたが」 びくり、と確信を突かれて碧の肩が震える。 ――「……貴女方の信ずる女神は、人を殺める覚悟も出来ていない少女を戦場に送る女神ですか」 違う、と否定したくても、事実覚悟ができていない碧にそれはできない。

2014-10-30 01:12:55
蓮田 颯丞 @hasterMissing

違う。女神様が悪いのではない。此処に来るまで時間はあったのに、覚悟を決めきれなかった私がいけないのだ。 殺す事を拒むのならば勇者の任を降りるべきだったし、此処に来たのなら殺す覚悟を決めるべきだった。 悪いのは、半端な覚悟のまま、魔王の前に立った自分だ。

2014-10-30 01:14:07
蓮田 颯丞 @hasterMissing

いや、魔王がどうかなど、既に関係は無い。 徒波の魔王ルーサルカは、覚悟と壮絶な願いをもって戦いに臨んでいる。 その覚悟の前に立ちはだかるのが、そんな中途半端な状態の自分であっていいはずはない。 ルーサルカの瞳に宿る怒りの矛先は、女神か、それとも自分か。

2014-10-30 01:16:12
蓮田 颯丞 @hasterMissing

――「貴女が勇者に選ばれたのなら、勇者を名乗るのなら、魔王をその手で殺めてみせよ」 乙女達が現れる。殺気の矛先は水竜に。恐らくは、足止め。 碧は無言のまま、ルーサルカの言葉に耳を傾ける。 それはどこか叱責するような、何かを望んでいるような響きをもって。

2014-10-30 01:17:46
蓮田 颯丞 @hasterMissing

――――「覚悟があるのなら、殺して、生き延びるがいい……!」 ルーサルカが地を蹴る。 …きっとこの人は誰よりも。きっと女神様や勇者陣営の誰よりも。私が勇者である事を望んでいる。 慈雨の勇者を求めてくれている。 ならば私は、それに応えよう。私の、渾身をもって。

2014-10-30 01:19:30
蓮田 颯丞 @hasterMissing

「吾は水なり、水は吾なり」 迫るルーサルカを真っ直ぐに見つめながら、最後の言霊を紡ぎ取る。 一節を唱え終えた、直後。乙女達が水竜へと到着するよりも早く、竜が水となって霧散する。 魔術に長けるルーサルカの瞳ならば、或いは見えるだろうか。 竜の気と、魂が。神立碧の中へと流れ込むのが。

2014-10-30 01:23:00
蓮田 颯丞 @hasterMissing

瞬間。神立碧の気配が変容する。 その小躯から漏れるは女神の眷属たる水竜が持つ神威。水の如く清らかな気が、碧の全身を駆け巡る。 ――巫女とは古来より、其の身に神を宿らせ、祭事を行うもの。 つまり、神立碧が女神より賜ったスペル【神水流転】の真の効果はそこにある。

2014-10-30 01:40:34
蓮田 颯丞 @hasterMissing

水竜を己の内に。いわば水竜との霊的な融合・同化。 今の彼女は人の身を持つ水竜そのものであった。 ――迫るルーサルカに、浮島を砕き、周囲へ衝撃を散らせる震脚が応える。 重量・膂力は水竜のそれと化している。 胸へと迫る水の刃に合わせるように、蒼鱗に包まれた掌低を突き出す。

2014-10-30 01:44:29
蓮田 颯丞 @hasterMissing

大気を食い破り、音を置き去りにしながら。純然たる決意を瞳に宿して。 同化したとはいえ、意思は神立碧にある。 突き出した拳は、紛れもなく慈雨の勇者、神立碧によって放たれていた。 ――覚悟はした。故に貴女を殺して、私は生き延びてみせる。 ルーサルカの言葉に、そう答えるかのように。

2014-10-30 01:46:50
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