ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ10100745:ショック・トゥ・ザ・システム #6
「弊社はアルゴスと月面サーバ、そして衛星網も全滅したと考えていました」エシオは再びサラリマンめいた表情に戻る。「しかしつい先日、アルゴスなる謎のアマクダリ・ハッカーニンジャがIRC上に出現したのです。弊社は推測しました」「そして私が、その正体を突き止めたってワケね」「ハイ」 65
2014-12-04 00:27:44「あなたたちの目的は何?アルゴスの奪還ね?」「実現可能性は低いですが、それが最も理想的なシナリオです」「そして何をするの?」「まだ考えておりません」エシオは屈託なく笑った。「考えていない?まさか」「未だ見当もつかないと言った方が正しいかもしれません。ただ、少なくとも」 66
2014-12-04 00:41:09「少なくとも?」ナンシーは唾を呑んだ。脱出間際に月面サーバから辛うじて持ち出した機密データの断片、そして恐るべき暗黒管理社会の完成予想図が脳裏を過った。「……弊社はアマクダリの協力者にはなり得ません。彼らが実行しようとしているであろう“再定義”は、弊社のポリシーに反します」 67
2014-12-04 00:48:03再定義。その不気味な単語が意味するものを、ナンシー・リーは理解していた。それこそが、彼女の盗み取った機密データの内容だからだ。しかし未だ不完全ではあった。彼らと共有することによって補完が可能やもしれぬ。だがその前に確かめねばならない。本当に彼らは……信用に値する味方なのか? 68
2014-12-04 00:53:49「エシオ=サン、これが共有を決断する為の決定的な質問になるわ」ナンシーが言う。論理肉体の掌に汗が滲んでいる。「何故あなたたちは、再定義を望まないの?」「理由は単純です。弊社の人工知能プログラムを含む、多くの可能性が虚無に帰すからです」「やはり崩壊するのね?」「ハイ、高確率で」69
2014-12-04 01:05:15「つまりそれがポリシー?可能性や多様性を守る事が?」「より率直に言えば」エシオは隣の少女を一瞥した。「我々は何にも増して、弊社の子らを残そうとします。たとえ、親や祖父の築いたシステムと対立しようとも」「何故?」「名は体を表します。弊社名をご参照ください。ポリシーがあります」 70
2014-12-04 01:13:13「メガトリイ社とは違うという事?」「我々はピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーです」アルビノの男は静かに言った。ナンシーは少女とエシオを交互に見、深く思案した。そして己の胸の前で、両手を向き合わせた。内側に不完全な情報キューブが形成され、彼女はそれをエシオに対し静かに投げた。71
2014-12-04 01:19:40エシオもまた同様のコマンドを実行した。互いに向かって投げ渡された2つの不完全情報キューブが、中間地点で静かに衝突して対消滅したかと思うと……次の瞬間、小さな点から凄まじいデータの激流が外側の全方位へと放射されて、彼らを包み込んだ! 72
2014-12-04 01:27:15「再定義」「インターネット再定義」「アルゴスとメガトリイ社の遺産があれば」「それを成し遂げられる」「アマクダリは既に」「世界全土に」「通信基地を建造」「再定義」「それにより起こるもの」「Y2Kの再現」「再度の大規模なUNIX爆発」「ポールシフト」「磁気嵐消滅」「でも何故?」 73
2014-12-04 01:32:55「待って……解ったわ」ナンシーは自ずと悟り、青ざめた表情で言う。意識をワンレイヤー上に昇らせた彼女ですら、その事実に愕然とした。「YK2で偶然開いたIRCとコトダマ空間……オヒガンとのオーバーラップを」「人類のテック進歩が掘り当ててしまった豊穣なる海とのリンクを」「閉ざす」 74
2014-12-04 01:40:30「Y2K以降に誕生した全オーバーテックが」「存在機能不全を起こし」「爆発もしくは消滅」「未曾有の災害」「その先にあるもの」「コトダマ空間がもたらしていた不条理も可能性も発生し得ない、秩序の世界」「完全に制御された世界」「でも、それを制御するのは」「アマクダリ・セクトのみ」 75
2014-12-04 01:51:44「アマクダリを止めなくちゃいけない、何としても」ナンシーは言った。再定義によるオーバーテック崩壊……エシオの推論は……実際起こる被害規模は不確かだ。実際起こるその時まで、誰にも解るまい。だが少なくともアマクダリは、それで何が起ころうと、誰が苦しもうと、全く意に介さないのだ。 76
2014-12-04 02:04:38「ハイ。先程、まだ何も考えていないと言いました。次第に考えるのです。世界への影響などを。それが本来あるべき姿勢だと弊社は考えます。荘厳なテックと対峙した時に示す、ある種の敬意」エシオは言った。彼らはやはり得体が知れず、その理念はどこか歪で異質。だが少なくとも共通の敵を持つ。 77
2014-12-04 02:13:26「アマクダリの横暴と戦わなくちゃいけない」ナンシーは拳を握った。物理世界では未だニンジャスレイヤーが戦い続けているに違いない。一刻も早く彼を支援せねば。そしてこの事実を伝えねば。「まず私の意識を物理肉体に戻すわ。手伝って」「我々はベストを尽くします、ですが…」エシオは言った。78
2014-12-04 02:18:17「でも……何?」ナンシーの脳裏を不安が過る。「ナンシー=サン、あなたの物理接続は既に切断されているようです」「切断?」「ハイ、物理的に、LAN直結が。あなたは現在、ソウルワイヤードな状態にあります。……シツレイ、これは社内用語でした」「つまり、精神が」「切り離されています」 79
2014-12-04 02:21:55ナムアミダブツ!UNIXとの接続が切断されているのに、彼女の意識はコトダマ空間に残り続けている?だがナンシーは、その疑問の答えについて既に予想がついている。彼女にはそのような経験が過去にあるからだ。だが皆目見当がつかぬ疑問がもうひとつ……「誰が私のLAN直結を解除したの?」 80
2014-12-04 02:27:14「私にも確かなことは、解りません。ニンジャスレイヤー=サンではないのですか?」「ええ、有り得ないわ」「……あなたはオナタカミ社無人艦の中に潜んでいたのでは?その撃沈による肉体の破損……」「違うわ。あれはデコイよ」「では、あなたの物理肉体はいま、どこに?そして、誰が解除を?」 81
2014-12-04 02:31:42「私ははじめから、キョウリョク・カンケイ内部から接続し、モーターチイサイを無人艦に載せて、偽装接続していたのよ」おお、ナムサン!彼女の物理肉体はオナタカミ無人艦の中には存在しなかったと!?では、果たして誰が彼女のLAN直結を解除したのか!?果たしていかなる高次存在の介入か!?82
2014-12-04 02:35:07……キョウリョク・カンケイの最深部……かつてオムラ社などの手によって2隻のオイラン級サイバー空母が強引に接合され空前絶後の洋上要塞が誕生した時に生まれ、忘却された、ケオスの胎内の如き秘密の接続ポイント……。そこに、ハッカー崩れの見すぼらしい男がいた。 83
2014-12-04 02:40:28ハンドルネームはミスター・ハーフプライス。彼の手は恐怖と混乱に震えていた。彼は脳を焼かれかけていた女ハッカーを偶然発見し、切断したのだ。一秒でも遅ければ、彼女の脳は死んでいた。咄嗟の判断が正しかったのか、まだ解らなかった。「……どうだい、モナコ。俺は涼しいかい?涼しいよな」 84
2014-12-04 02:45:53【ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ10100745:ショック・トゥ・ザ・システム】#6終わり #7へ続く
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