ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ10100745:ショック・トゥ・ザ・システム #6
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ナンシーは飛翔を試みた。できなかった。現実世界か。ならば艦隊は何処へ。ニンジャスレイヤーは。フジキド・ケンジは。アマクダリに戦いを挑んだ、2人の作戦は。「アルゴスの攻撃を受けて、それから…」重油まみれのクジラの死体が黒い小島めいて浮かんでいる。「どれだけ時間が経ったの……?」44
2014-12-02 00:13:55![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
ナンシーは孤独に漂い、思案した。洋上に放り出された己の身の事など、思考の外だった。世界について。そしてフジキド・ケンジについて。彼は敗北したのだろうか。あるいは、恐れていた他の何かに変わり果てたのだろうか。アマクダリが勝利を収め、世界は暗黒ディストピアと化したのだろうか。 45
2014-12-02 00:26:04![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
何故そのような思考に陥ったのか。ナンシー・リーの中の時間感覚が乱れていたからだ。アルゴスから逃げたあの時から、あたかも何ヶ月も……いや、何年も、何十年も経過してしまったような感覚が、彼女にはあった。それほどまでに世界は己とリンクを失い、ひどく遠い存在のように感じられていた。 46
2014-12-02 00:30:55![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
不思議と、恐怖は無かった。捨て鉢でもない。意識がワンレイヤ上に昇り、己の命やニューロンが、世界と等価存在になったかのような、超然たる感覚であった。それには覚えがあった。ザゼン中毒時代の精神。ならば。彼女は目を凝らした。天を仰ぎ見た。目を凝らした。霧の彼方に黄金立方体があった。47
2014-12-02 00:35:59![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「なら生きてる」ナンシーは力強く微笑んだ。「それほど時間は経ってない」ニューロンの時間感覚を戻す。早く戻らねば。現実世界へ。ニンジャスレイヤーに伝えねば。アルゴスの正体を。そして一刻も早く彼を支援するのだ。……だが戻れぬ。ログアウトができぬ。飛翔すらも。 48
2014-12-02 00:39:11![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
キィ……キィ……キィ……霧の向こうから、軋んだ音が聞こえてきた。それは一隻の小さな船だった。それを漕いでいるのは、海賊帽を被ったニンジャだった。彼はナンシーを見つけると肩を揺すって愉快そうに笑った。「あなたは誰」ナンシーが問うた。「さしずめ、カロン・ニンジャよ」彼は答えた。 49
2014-12-02 00:44:07![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「何でもいいわ、乗せてくれる?」ナンシーが船の縁に手をかける。「ヒヒッ、構わんが…ここから出たいのか。この難儀な海域から」海賊帽ニンジャは続けた。「静かにな。難儀よ」彼が指差す先、霧の彼方には、途方も無い巨人のシルエット。アルゴス。それは大きく緩慢な歩みで大海を渡っていた。 50
2014-12-02 00:50:51![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
ギーコ……ギーコ……海賊帽ニンジャは船を漕ぎ、クジラ死体を迂回し、秘密の岩礁を抜けた。ナンシーは押し黙っていた。やがて巨人の影は深い霧の彼方に消えた。「…このまま現実世界へ。戻りたいの」ナンシーは言った。「ヒヒ……まだ解ってないとみえる。まあ、無理もない」ニンジャは笑った。 51
2014-12-02 01:00:18![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「解ってない?」ナンシーが問う。「俺は結局、潮の流れに乗ってるだけ。あんたは引っ張られた。そして、どこに送り届けるか、航路はもう決まってる。どんな海図よりも明確に。寂しいことだがね」「サンズ・リバーを渡るとでも?」そう問うた時、二人の眼前に傾いたトリイだらけの小島が現れた。 52
2014-12-02 01:04:35![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「さあ、とっとと降りてくれ!瓶詰めのピクルスが軒並み酸っぱくなる前にだ!」海賊帽ニンジャの男が言った。「thx」ナンシーはその言葉に従い、奇妙なトリイだらけの白い砂浜に降りた。何かその先から、LANケーブルを引っ張られるような感覚を味わったからだ。誰かがそこにいる。 53
2014-12-02 01:08:56![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
ギーコ、ギーコ、ギーコ……船はまた霧の向こうへと消えてゆく。別れ際、海賊帽ニンジャは帽子のつばを掴み、彼女にアイサツした。「だが俺の名前はカロン・ニンジャではない。俺はコルセアだ」その声を後ろに聞きながら、ナンシーは白砂の小島を歩いた。白砂と乱立赤トリイしか存在しない島を。 54
2014-12-02 01:12:47![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
ナンシーは秘密のサーバ領域を踏み超え、何者かの存在を感じ取った。覚えの無いハンドルだ。複雑に交差する赤トリイの下、深い霧の中にふたつの人影が浮かんでいた。ナンシーはなおも進んだ。霧が晴れた。そこには、サラリマンめいたアルビノの男と、ユンコと良く似た無表情な少女が立っていた。 55
2014-12-02 01:18:42![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ドーモ、はじめまして」アルビノの男は礼儀正しくオジギし、名刺を手渡した「私の名前はエシオです。ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーのエージェントをしております」「ドーモ、はじめ…まして」ナンシーはオジギを返し、少女を一瞥した。やはりユンコではない。何かが決定的に違っていた。56
2014-12-02 01:30:32![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
ナンシーは秘密のサーバ領域を踏み超え、何者かの存在を感じ取った。覚えの無いハンドルだ。複雑に交差する赤トリイの下、深い霧の中にふたつの人影が浮かんでいた。ナンシーはなおも進んだ。霧が晴れた。そこには、サラリマンめいたアルビノの男と、ユンコと良く似た無表情な少女が立っていた。 55
2014-12-03 23:17:37![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ドーモ、はじめまして」アルビノの男は礼儀正しくオジギし、名刺を手渡した「私の名前はエシオです。ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーのエージェントをしております」「ドーモ、はじめ…まして」ナンシーはオジギを返し、少女を一瞥した。やはりユンコではない。何かが決定的に違っていた。56
2014-12-03 23:17:47![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
ナンシーはまず訝しんだ。何を?何もかもだ。エシオと名乗るスーツ姿の男、そして謎の少女……おそらく両者ともにコトダマ空間認識者だ。さらに、このトリイ領域……このドメインの支配者は彼らであり、あたかもサンクチュアリめいてアルゴスの監視の目を逃れている。彼女は直感的にそう悟った。 57
2014-12-03 23:24:13![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ここに引っ張ってくれたのね?」ナンシーが問う。「そうです。正確に言うならば、我々はPINGを送っただけですが。実際危険な状況でした」「ありがとう、でも何故?」ナンシーは再び、様々な意味を込めて問う。「それは」エシオが和やかに言う。「ナンシー=サン、あなたのIRC発言です」 58
2014-12-03 23:35:23![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「アルゴスの正体とメガトリイ社の遺産に関する……?」「その通りです。その2つが、弊社ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーの最大関心事です。実際、あなたがアルゴスに対しアタックを仕掛けている兆候は掴んでいました。あなたが読み取った月面サーバの情報の一部……それを共有頂きたい」 59
2014-12-03 23:41:54![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
エシオはそう言い、改めてオジギした。隣にいる少女は無表情のまま、ナンシーを観察しているようだった。「助けてもらったうえで断るのは気が引けるけど」ナンシーが言う。「納得のいく説明と情報をもらえるなら、考えるわ」「もっともです。弊社はあなた方と良好な協力関係を築けると思います」 60
2014-12-03 23:49:55![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「弊社の歴史についてご案内します、これは本来社外秘です」エシオが両手を広げ、プレゼンを開始した。いくつものノイズ混じりのイメージが、傾き崩壊しかけたトリイ群の中に浮かんだ。「弊社が何故アルゴスおよび月面基地サーバに興味を抱くか。その理由は、弊社と同じテックの祖を持つからです」61
2014-12-03 23:57:25![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
ナンシーは突風めいた01が全身を吹き抜けるのを感じ、目を見開いた。凄まじい量の情報が彼女の論理肉体を通過し、美しいブロンドを後方へ吹き流す。「つまり、あなたたちは」エシオの思考がパルスとなり同時共有される。「ハイ、地球に残され秘匿された、メガトリイ社AI開発部門の遺児です」 62
2014-12-04 00:03:35![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
展開される旧世紀イメージの中に、A.R.G.O.Sと刻印された巨大なメインフレームと、その周囲で誇らしげに腕を組むメガトリイ社技術者たちの顔が一瞬映った。「アルゴスは……人工知能なの?」「ハイ、我々の親たる世代がプログラミングしたものです。そして彼に男性格と人格を与えました」63
2014-12-04 00:10:10![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「親たる世代」ナンシーは、月面サーバから読み取った黒ブチ眼鏡の男の表情を想起し、目の前にいる男との間に、いくらかの形質的一致を見た。エシオは残念そうな表情を作り、小さく頷いた。「ともあれ、地球で育った我々は、月面における仲間の全滅を知りました。物理的には到達できていませんが」64
2014-12-04 00:19:00