怪獣フィギュアのコレクターが陥った恐ろしい経験
怪獣男は小さなときから怪獣映画が大好きであった 成人になってからは清掃夫の仕事を続けながらこつこつと安い怪獣のグッズを集め 自宅にささやかなコレクションコーナーを作っては惨めな自分の人生を慰めていた。
2014-12-04 10:54:02ある日怪獣男は道に怪獣のフィギュアが落とされているのを発見した。 それはもう絶対に手に入らないといわれているとてつもないレアものであった。 怪獣男はふるえ、狂喜し、それを抱きかかえて家に戻った。
2014-12-04 10:54:38荒く息をつきながら薄暗い暗い部屋の隅にそれを固定し、すすに汚れた裸電球でライトアップする。 するとそれは古今東西いかなる芸術作品でも到底及びつかぬであろう神々しいまでに威厳漂う陰影をその刺々しい全身に浮かび上がらせ もはや造形品の域をこえ、文字通りの怪獣となった。
2014-12-04 11:09:00脇にはこれまで集めてきた無数の安物フィギュアが積み上げられていたが、怪獣男にそれらはもはやごみにしか見えなかった。 その日、男の家の中には王が君臨したのだ。
2014-12-04 11:10:11怪獣男は顔を紅染させながらぼんやりとそれを見つめた。 少ない貯金を切り崩し、近所のホームセンターからわざわざ数千円もするライトを買ってきては、上から下から光を浴びせるこだわりも見せた。
2014-12-04 11:11:37そのたびに怪獣の王は違う表情を醸し出した。 怪獣男は問題のフィギュアに酔いしれた それを見続けるだけで数時間をぼんやり潰す日々が続いた。
2014-12-04 11:14:59その無益な時間が男にとっては至高だった。 元より彼はどうあがこうが、与えられた時間を無意味に消費することしかできないに決まっていたのだから。
2014-12-04 11:15:23怪獣男には、そのフィギュアを手にしたことで自分のさびしげな人生が完成されてしまったように感じられた。 もはや今後なにがあろうと、これを超える瞬間は 結局清掃夫にしかなれなかった自分には訪れないのだ。 そう考えると怪獣男は生きていくことが無意味に思えてならなかった。
2014-12-04 11:15:47ようやく手にすることのできた掃除の仕事も次第にさぼりがちとなった。 その行為は傲慢なる彼の上司をいらだたせ 彼の中で怪獣男を失職させる策が猛烈な勢いで膨れ上がっていった。
2014-12-04 11:16:26そうなった段階で、怪獣男がやがて惨めに命を落とすことを 上司自身よくわかっていた。 怪獣男に勤められる職場など、この世にその清掃作業所を置いては他になかったのだ。
2014-12-04 11:16:50そのようなきな臭い動きをよそに、怪獣男はよりよいライトを求めて奔走していた。 毎日毎日当フィギュアをライトアップし 写真を撮ることが彼の日課となり それがもはや彼のすべてとなっていたのだ。
2014-12-04 11:19:01その行為に彼の短い生害が凝縮されている気がした。 王たる怪獣フィギュアは彼の研鑽の結実であった。 だから、それを手にした瞬間から彼はライトの使者となった。 古今東西さまざまな骨董点を捜し歩いては 王の側近に相応しいアンティークものの安価な灯りがないか捜し求めた。
2014-12-04 11:19:43別に、照明器具などいずれの品であっても 彼の稚拙な撮影技術の前では有意差を発揮しえる存在には成り得ぬはずなのであったが 己の世界に耽溺した彼には、それに拘らぬ怠慢は 自らの価値を毀損する罪過に思えてならなかった。
2014-12-04 11:20:08それは怪獣男がようやく持つことのできた 趣味らしい趣味であったのかもしれない。 彼に預金はほとんどなかった あったところでそれは彼にとって命金であり 使える予算の少なさから、彼は方々で追い返された。
2014-12-04 11:20:58彼の足が届く範囲に、彼の欲する味のあるアンティーク風ライトを打っている店はもはやどこにもなかった。 彼は鬱屈した思いで日々をすごした。
2014-12-04 11:21:26「ここは僕の空間だろう?」 怪獣だけに灯りの落ちた薄暗い自宅の底にて 怪獣男は毎夜とぼけた顔でうなり続けた。 「僕の世界は必ず完成していなくてはならないのだ」
2014-12-04 11:21:55「君の持っているフィギュアをすべて売れば、このライトと変えてあげてもいいですよ」 3駅はなれた隣の市で、そう言い放つアウトレットの店主が現れたのは2週間後のことであった。 その店主と怪獣男とは、以前近場で行われたフリーマーケットの会場で親交を結んだ経緯があった。
2014-12-04 11:22:19「査定額は95000円ですからね、そこにある骨董もののライトとちょうど同じくらいの値段だ」 店主は怪獣男が差し出した彼のコレクション陳列画像を見ながらそう言った。 なるほど店主の真横には厳かな洋館に鎮座していそうな気品漂う鉄製の灯りがすえつけられていた 「95000円・・・」
2014-12-04 11:23:12彼の人生の大半を要した蓄財に与えられる金額にしては少し安いように怪獣男には感じられた。 「ときにこの隅のところに尻尾だけ映っているフィギュアですが」 店主は目を光らせた 「こっちなら400000円で買い取りますが」 「・・・・」 「どうです?」 「何のことかな?」
2014-12-04 11:24:11怪獣男は虚勢を張った。 握ったこぶしがぶるぶる震えていた。 彼は問題の画像を撮影する際、あえてあのフィギュアだけは画面の端に追いやっていたのだ。
2014-12-04 11:24:35「これは言わずと知れたあのレアものでしょう?見ればすぐわかりますよ」 「なんのはなしかな?」 「君、あれをもってるんでしょ?ぜひ売ってくださいよ」 「何のことかわからないが僕はそんなものは持っていない」 「そうですか」 店主は意味ありげに頷いた。
2014-12-04 11:24:59「このライトどうします?」 「交換してくれ」 「わかりました。では後日引き換え用のコレクションを持ってきてくださいよ?」 店主は店名入りの包装用紙で問題のランプをゴソゴソと覆い始めた。 その十数秒が怪獣男にはどうしようもなく長く感じられた。
2014-12-04 11:25:28「時に、これほどのコレクション群を手放してまで、このライトでいったい何を照らしたいんでしょうね?」 怪獣男は逃げるようにその店を離れた。 その後姿を店内に居合わせた、臙尾服を着たをした男が見ていた。 しばらくして その男は怪獣男の住まいを尋ねてきた。
2014-12-04 11:26:44「こんにちわ」 臙尾服の男は家の入り口付近で恭しく一礼した。 怪獣男ははて?と思った。 「あなたがのレアものフィギュアの持ち主ですね?」 臙尾服男は開口一番そう言ってのけた。 怪獣男は体が凍りつきそうになった。
2014-12-04 11:28:02