中森明夫さん「我慢とは」

中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

ある時、ハタと気づいた。世の中のたいていの悩み相談に対する答えがピンとひらめいてしまったのだ。それは何か？ 皆さん、よく耳を澄まして聞いていてください…。

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…我慢することだ！ あなたが我慢すればいい。それでたいていの悩みが解決する。そんなバカな！ と怒ったろうか？ 我慢できないから悩んでるんだ、と。なるほど我々は我慢しないように日々鍛えられている。夏、暑いのを我慢しないようにクーラーがあり、今、金がなくてもカードやローンがある。

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資本主義とは人に我慢させないシステムだ。だが、それで本当に幸福だろうか？ 赤ん坊は我慢しない。ところ構わず泣き叫ぶし大小便はたれ流し。それを我慢できる存在にすることが子育てだ。続いて学校が子供に我慢を強いる練習場所になる。大人になるとは我慢できる人間になることだ。

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一人っ子と兄弟のいる子では明らかに兄弟のいる子のほうが我慢を強いられる。一つのお菓子を兄弟で分けなければならないし、親の愛情や保護、経済的支援も分配制だ。一人っ子だと独占できる。一人っ子が増えるということは幼少時から我慢の少ない人間が多くなるということだ。

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今、テレビでは歌舞伎名家の御曹司(一人っ子)の暴行事件でもちきりだが、事態が明らかになるにつれ彼が単なる被害者ではないらしい事情がわかってくる。どうやら幼少時から我慢しなくていい環境で育って、もはやごう慢な三十代男となり、あちこちで対人間のトラブルが頻発していたと伝えられている。

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親になるとは子供のために我慢する存在になることだ。だが今の親は我慢できない。自分の子供を放置したり、カッとなったら我慢しないで虐待してしまう。大人＝我慢できる存在でなはい親が増えている。それが多くの家庭問題を産んでいる。

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人は働かないでは生きていけない。お金を稼ぐために労働する。お金とは人に我慢を強いる最大の装置だ。お金持ちのボンボンは我慢しないで最初から富を得ている。よって我慢の苦手な大人になれない者が多い。二世タレントがよく事件を起こしたり、二〜三世政治家がどうしようもなかったり…。

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そんな人が総理になると急にお腹が痛いと首相の椅子を放り出したり、アナタとは違うんです!? と逆ギレしたり、漢字が読めなかったりする。いい歳して母親から莫大な裏ガネをもらって「知らなかった」とシラを切る。国家の最高権力者がこのザマだ。現実の子供に我慢しろなんて言えたもんじゃない。

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国家・宗教・法律・会社・家族・税金などはみな共同体の成員に我慢を強いるシステムだ。あ、日本だとこれに「空気」が加わりますね。つまりこの世のあらゆることは「我慢」の一語で表せる。唯物論や唯脳論ならぬ唯「我慢」論だ！

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私が言いたいのは、だから皆さん、我慢しましょう！ …なんてことじゃない。私自身は我慢なんて大嫌いだ。今どき戦前の修身の教科書じゃあるまいし、なんて思ってしまう。だけど…。

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近頃ではイチローや長谷川穂積などのトップアスリートに「努力できる天才」みたいな言い方をする。「努力」を「我慢」と言い換えたほうがいいのでは？ 彼らが目標を達成するためにいかに様々なことを我慢したか…。つまり人は何のために我慢するか…ということが大事なのではないか？

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私はここ数年、一つの小説を完成させるために我慢した。本当に様々なことを。精一杯。自分がこれほど我慢強いとは思わなかった。しかし我慢しなければ出来なかったのだ。そう、『アナーキー・イン・ザ・JP』という小説は。そのためならどんな我慢もいとわない。それほど私にとって大切なものだった。

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そのためだったらどんな我慢もできること、もしかしたら人はそれを「夢」と呼ぶのではないか？ あなたは何のためなら我慢できますか？

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私の小説に対して「今の若者はこんな熱いの嫌がりますよ」とか「今の若者はこんな口調で喋りません」とか忠告する人がいるけど、私は「今の若者」に向けて小説を書いていません。ちゃんと一人ひとり名前を持つ個人だと思っています。その個人に語りかけたい。「今の若者」なんてどうでもいいです。