「ママー!買ってよ!むしろ買うべきだそうすべきだ!」 『一生のお願いだから!』と言う人がいる。そいつを使うべきタイミングは今だと、神が命じたんだと思う。 「一生の「一生のお願いだから?5度目よそれ」 ママはケチだ。一生のお願いって言ってるんだから回数なんて気にしないでよ。
2014-11-02 18:30:50要はそれだけ必死だってことだよ。僕の中の神が命じたんだし。伝わんないかなこの気持ち。 「買わないったら買いません」 「なんでさ!」 僕は小学生なので、財力も無ければ労働力も無い。欲しいモノがあるなら懇願するしかないじゃないか。 「妖怪○ォッチ買ってくれてもいいじゃん!」
2014-11-02 18:31:18妖怪○ォッチとは―― 最近、僕ら世代の小学生がドハマリしているアニメだ。特にアニメのOPがいいんだな、これが。中毒性って言うのかな。当然キャラも人気。グッズを販売すれば、すぐに売り切れる社会現象を巻き起こしていて、マックやらマクドやらこぞっておこぼれにあずかろうとしてる。
2014-11-02 18:31:56まあ、要するに人気なのだ。妖怪ウォッ○は。 「時計なら持ってるでしょ」 違うそうじゃない。それは『代わり』であって『本物』ではない。って言うか代わりにもならない。 「とにかく、よそはよそ。うちはうち。そんなもの買う余裕うちにはないの」 「ちぇーっ」
2014-11-02 18:32:22足早におもちゃ売り場を去るママを、僕は追いかけるしかなかった。 ポケットに仕込んだ懐中電灯を恨めしく思いながら。 ☆ ママの言うとおりだ。代わりの時計なら、ちゃんと持ってる。 懐中時計。 蓋のない、所謂オープンフェイスのやつだ。
2014-11-02 18:33:04仏教徒の爺ちゃんに『ワシが死んでも絶対にリューズをいじるな』って怒られたっけな。ちなみにリューズってのは時間を調整するネジみたいなのね。 その爺ちゃんが去年亡くなって、僕が貰った。時間の刻みは正確で、爺ちゃんの忠告に従ったわけじゃないけど一度もいじったことがなくて。
2014-11-02 18:33:32それが逆に時計をねだる機会を奪ってて。 爺ちゃんの形見――というと曰くつきの高級品に聞こえるけど。別にそんなことはないらしい。でなきゃ、僕にくれたりなんかしない。
2014-11-02 18:34:29もちろんどこぞのメイドみたいに時を止めたりはできないし、どこぞのリーマンみたいに時を巻き戻したりなんてもっと無理だし、だいたいあれは追い詰められたときにしか使えないし時計関係ないし、何より。 ――何より、妖怪なんて見れるはずがない。
2014-11-02 18:34:57わかってる。妖怪○ォッチを買おうが買うまいが、その現実は覆せない。 ママの言うとおりだ。よそはよそ。うちはうち。うち(僕らの現実)はよそ(妄想が生み出した世界)と違う。
2014-11-02 18:35:36例えば、今僕は通学してて、道路に血が滲んでるのが見える。昨日、猫がトラックに轢かれて死んだらしい。よくあることだ。でも、だからと言って、猫の地縛霊なんて現れやしない。いたところで見れるのかって気はするけど、見えないならいないのと同じでしょ?
2014-11-02 18:37:07だから、巷で大人気の猫型マスコットのジ○ニャンなんてこの世には―― カチリ 「にゃーん…」 猫だ。だがしかし、○バニャンの話してるときに猫が出てきたからって、大したことじゃないぞ。『ウワー妖怪は本当にいたんだー』なんてリアクションしてやるもんか。
2014-11-02 18:37:42「でも、なんか変だな…あの背中」 そう。猫の背中を横切るように、黒いラインが。いかにもタイヤの跡っぽい、黒いラインが。 「いやいやいや、ないっしょ」 まだだ、まだ早い。 猫が地縛霊だとしたら、僕が触ったりはできないはずだ。
2014-11-02 18:38:17「ごろごろごろ…」 そう、こうやって喉を撫でたりできない。…多分。妖○ウォッチだとどうだっけな。まあ、とにかく触ってる感じは普通の生き物だ。決して屍生人とか吸血鬼とかではない。死体はもう処分されたって話だから、絶対生き返りっこないんだ。
2014-11-02 18:39:14確信が持てない以上、妖怪はいたんだってリアクションを取るにはもう少し時間を掛けたい。時間――そこで思い出す。 「リューズ…いじっちゃった」 爺ちゃんの忠告を無視して、引っ張ってた。どうにもならない現実にイラついた矛先を、そこに向けてしまった結果だろう。
2014-11-02 18:39:54キレやすい若者との指摘、大いに結構。おかげである仮説が成り立った。 「これをいじると、妖怪が見れる…?」 無茶苦茶だ。伏線も何もあったもんじゃない。でも、追求する価値のある可能性だ。そして、可能性を1か0かに断定できる場所を、僕は知ってる。 ☆
2014-11-02 18:40:36通学路から外れた沼。学校に行く途中だってのに、来てしまった。こんな不良に育ってしまってごめんなさい。といっても、すぐ終わらせるから大丈夫だろうけど。 この沼は、河童が出るとかで昔有名になったそうだ。今は誰も近寄らないし、近所の子も『河童とかないわー』って感じで興味無さげだ。
2014-11-02 18:41:25「この辺りかな?」 地面がぬかるみかけてるこの場所で。妖怪が見えるか見えないか、そもそも実在するのかどうか、はっきりさせてやろうじゃないか。 隙間に爪を挿しこんで、思いっきりリューズを引く。 カチリ。 途端。奥の茂みから、葉を揺らす音がした。 「まさか」 息を呑んだ。
2014-11-02 18:42:01足を踏み出した時には、呼吸をする余裕も、必要性も忘れ。 ついには足元がおぼつかないことも気にせず、駈け出した。 腰くらいに成長した草をかき分けかき分け、進む。 沼から這い上がる『そいつ』を見ると。 泥に塗れた腕、膨れ上がった体。 これはまさしく。 どぷん。 「あれ…?」
2014-11-02 18:42:59どんどん、地面が低くなってる、ような…? 「くっ…そ」 数刻遅れて、気が付いた。近づこうとして、沼の深い部分に嵌ってしまったんだ。 「がぶ…ぐ…」 もがいて脱出しようとしても、抵抗むなしく、口まで浸かってしまった。上を向いてみても、沈むスピードは変わらず。
2014-11-02 18:44:17沼が意志を持って、僕を食べようとしてるかのよう。 「…」 薄れゆく意識の中、河童…と思われる人が僕に呼びかけてるのが見えた。 一生のお願いを使うときって今なのかなとか、そんなことを考えてしまう。
2014-11-02 18:44:49「なあ、あの沼、出るんだってよ」 「出るって、何が?」 「河童だよ河童。聞いたことぐらいあるだろ?緑色で、頭に皿ついてて」 「いるわけないだろ、イマドキ妖怪なんて流行んないって」 「…怖いんだろ?」 「バッ…ちっげーし!全然怖くなんてねーし!」 「じゃあ放課後行ってみようぜ」
2014-11-02 18:45:48「怖かねえかんな!全然怖かねえかんな!」 「わかったわかった」 ☆ 「確かこの辺って聞いたけど」 「ほ、本当だろうな?後ろからバッ!って襲ってこないよな?」 「…お前ビビってるだろ?」 「だから違うって!これはその…武者振るいだし!」
2014-11-02 18:46:27俺の友達はビビってるけど、どうせ拍子抜けの結論が出るだろう。 ――どうせ妖怪なんていない。 昔の人の妄想は、俺たちの現実とは違う。でも悲しいかな、それを認めたくなくて、俺は友達を連れまわして… 「そこで止まれ!」 大人の叫び声で、沼へと向かう足が止まる。
2014-11-02 18:47:04