編集可能

うがやひろみち@hirougayaさんの、「記者こぼれ話」・・・よいテーマを見つけるには、よいテーマでよい記事を書くには

上関原発関連では、次のツイートまとめも参照ください; http://togetter.com/li/77508 記者クラブに関しては、@masa_mynews氏らのツイートも参照のこと; http://togetter.com/li/76928
11
烏賀陽 弘道 @hirougaya

「おいしい料理は、完璧な素材からしか生まれない。これは、絶対的な原則で、これに背いたことはありませんし、今日の大料理人で、これに従わない人を知りません」(ジョエル•ロブション『ロブション 自伝』)=「おいしい料理」を「いい記事」、「素材」を「事実」「ネタ」に読み替えても成立。

2010-12-10 00:24:24
烏賀陽 弘道 @hirougaya

「優れた素材を見つけるのは、技術ではありません。じょれは、まったくといっていいほど、偶然のなす業なのです」(ジョエル•ロブション『ロブション自伝』)

2010-12-10 00:27:07
烏賀陽 弘道 @hirougaya

「心をオープンにして、できる限りのものを味わい、生産者に興味を持っていさえすれば、最後には、いい素材に巡り会うことができるのです。あちこちを訪ね歩けば、驚くようなものに出会うのです」(『ロブション自伝』)=ロブションはフランス最高峰のシェフ。記者のニュースの探し方に通じる。

2010-12-10 00:29:16
烏賀陽 弘道 @hirougaya

「店のお客が生産者を紹介してくれたり、業者が送ってくれたりします。要するに、何とかなる。とにかく、細心の注意を払って、受け入れる態勢にいることです」(『ロブション自伝』)=ニュースだって現実にはこういうふうに「技術ではなく、偶然」手に入るものだ。偶然を呼ぶ努力が必要なだけ。

2010-12-10 00:31:02

コメント

烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
要は、たくさんの人に会っていると、いい記事のヒントが人づてにやって来るということです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
ドキュメントリサーチや、インターネットリサーチで得た情報が、人づてに来た情報より質が優れていたという経験が過去25年ないのです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
ニュースの現場に身を運び、空気、匂い、温度、湿度、五感を総動員して体験してみると、必ず書く記事はベターになります。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
10の現場に足を運んでかいた記事より、11の現場に行って書いた記事のほうが、間違いなくベターです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
10人に会って書いた記事より、11人に会って書いた記事のほうが、必ずベターです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
ですから、ぼくは「行こうか、どうしようか」「会おうか、どうしようか」迷ったときには、必ず行くことにしています。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
「無駄足」も貴重な取材です。「行ったけど、無駄だった」という事実そのものが、記事を書くときの重要な心証になります。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
誰でもブログやツイッターで発信できる時代になると、発信そのものは記者の特権ではありません。「読者の代わりに行って、見て、会って来る」というある種単純な作業=代行業が記者の職業的なアマチュアとプロの境界線の第一歩であることは、意外と気付かれていません。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
また、デジタルビデオがこれだけ高品質かつ安価になり、YouTubeはじめ発信も簡単になると、視覚情報や聴覚情報のうち動画で済むものは動画に任せ、文字で綴る必要は最小限に減ります。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
人間である記者が文字を綴るという最後の領域は「現場に行って、当事者に会って、ビデオには運べない情報を記すこと」になるでしょう。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
触覚は重要な要素でしょう。温度、湿度、手触り。嗅覚も。匂いです。味もそうです。五感のうちこの三つは絶対にビデオでは運べません。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
そして「記者が生身の人間として何を感じたのか、何を考えたのか」という内面だけは、記者が文字で書かねばなりません。(ナレーション入れてもいいのですが)
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
ですから、文字を綴る記者の仕事はインターネット時代にはますます主観的、内省的、思考的、思索的なものになっていくはずです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
ペン記者は意外にこれに気付いていない。むしろ、ビデオジャーナリストである森達也さんがこれを早くから実戦しています。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
インターネット時代の文字記者は、主観の力が問われるでしょう。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
例えば?と問われたとき、敢えて一例を探すなら、辺見庸さんの「者食う人々」は参考になります。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
「もの食う人びと」だった。すみません。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
主観性、感性、感覚で勝負できない文字記者は、ビデオレポートや、ブログの普及の大津波の中ではプロとして成立しなくなるでしょう。もう、それはすでに始まっています。言葉が乱暴ですが、記者の「個性」「作家性」「感受性」が問われるのです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
これは余談ですが、取材で人に会うことの楽しみは、「行ってみたら、予想もしないものが手に入る」ことです。「会いに来てくれる」「話をじっくり聞いてくれる」ことそのものが、貴重であり、うれしいものです。「これも資料であげますよ」とくれたおみやげが、取材本体よりもでかい成果だったりします。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
ほか、事務所の壁にはってある寄せ書き、サイン、色紙から人脈がわかったり、ネコがうろうろしてたのでネコ好きとわかったり(それで友だちになったり)、本棚の本を見て同じ趣味がわかって意気投合したりと、現場取材は本当に内容が濃いのです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
@arugos 悲しいことに、記者クラブ制度はこの「現場に行き、当事者に話を聞く」作業とはまるで逆のベクトルを持っていることにお気づきと思います。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
読者は忙しいので、すべての現場に足を運ぶわけにはいきませんし、すべての当事者に会うわけにもいきません。また、すべての当事者のブログなりツイッターを読んで、その多大な情報を頭でまとめる、という作業はひどく面倒くさく、手間と時間がかかります。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
ですから、現場に行き、当事者に会い、情報を総合していくという作業はどうしても誰かに「委託」「あるいは「代行」してもらうことにならざるをえないのです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
つまり、これが「読者のエージェント=代理業」としての記者の仕事です。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
その職業の正当性は、権力に対しては「読者の知る権利のエージェント」です。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
現場が持つパワーといえば、今年8月に山口県の上関原発の立地予定地の浜に立ったとき、久々にそれを味わいました。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
私は原発否定論者ではないのですが、あの海岸の美しさには胸打たれました。山水画のような渚。透明な海水に魚の群れがきらきら光る。「こんな美しい浜によりによって原発とは、何ともったいない」と素直に実感した。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
「地元の産業振興なら、せめてリゾートにでもしてほしい」と思ったものです。おそらく、あの上関町田ノ浦の原発立地に反対する最大の根拠はあの海浜の美しさそのものなのでしょう。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
繰り返しますが、私は原発問題について是非を論ずるほどの知識もありませんし、そのつもりもありません。取材対象はSLAPPという裁判制度です。ですから「現場」は山口地裁かもしれない。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
だが、裁判の当事者である反対派住民の住む祝島を訪ね、彼らが必死に守っている海を見ることは非常に重要です。その結果「反対派には賛成できない」と結論づけてもいいのです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
もちろん、もう片方の当事者である中国電力にも会いに行きます。話を聞きます。原発推進ロビー、PR団体などは東京にもありますので、取材できます。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
同じように沖縄•高江にも行きます。農家の人に会います。米軍には取材を申し込んだけど会ってくれなかった。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
カルフォルニアの山の中に住んでいるSLAPPの被害者にも会って話を聞きました。そうやって、「烏賀陽弘道」というひとりの人間が様々な現場に立ち、当事者に会うことで、ぼくの中に「現実を解釈する価値体系」が形成されていきます。敢えてそれを「主観」と呼びたいのです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
こうして形成された烏賀陽弘道という「主観」は「祝島と高江とカルフォルニアのドライクリークは××が同じだ」「当事者の言うことは地球の反対側でまったく一緒じゃないか」と現実を解釈し始めるのです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
こうした「一人の人間がいくつもの現場、当事者を体験する」=「多数の現実を体験し認識を形成する」ことは、絶対に機械化ができない。これこそが取材記者の最後に最大、そしてもっとも基本的な仕事なのではないか。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
この仕事は組織マスコミが行う「分業」とは正反対の極にあることにお気づきでしょうか。「山口の原発は山口支局の記者」「沖縄の基地は那覇支局」「裁判制度は東京本社社会部裁判所担当」というふうにばらばらの記者がばらばらに取材していては、「主観」は形成できあませんし、記事もばらばらのままです。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
よって、企業マスコミ、組織マスコミが持つ「分業取材」は、インターネット時代には魅力的な記事を発信できず、必然的に衰退していくと思われます。
0
烏賀陽 弘道 @hirougaya 2010年12月10日
記者は、より多くの現場に立ち、一人でも多くの当事者に会うことで、言論人として鍛えられているのだと信じています。
0