「とある艦娘の記録」

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

【『とある艦娘の記録』開始】 【介入制限：不可】

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

あの人は私の憧れだった。 凄く優しくて、とてものんびりしてて、かなりドジで、相当頭が悪かったけど。 でも戦いになると普段とまるで別人のように強い。 速くて、強くて、敵をあっという間に倒してしまう。 戦っている最中は何も応えてくれないけれど、かっこよかった。 同じ艦隊で嬉しい。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

私とお姉ちゃんがこの艦隊に入るずっと前から、あの人はこの艦隊にいたらしい。 ある日信じられない話を聞いた。 あの人は昔は全然弱かったらしい。まともに攻撃をできず、ただ逃げ回って被弾するだけ。提督も仲間も溜め息を吐く足手まといだったって。 信じられない。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

あの人のように強くなりたかったから、出撃任務が無い日に稽古をお願いした。 すごく緊張したけれど、お願いしてみた。 やんわりと断られた。何も教えられないって、教えられないんだって言われた。 悲しい。私も強くなってお姉ちゃんを守れるようになりたいのに、教えてくれない。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

きっとまだ私が弱いからだと思った。 だから自分で強くなるように努力した。お姉ちゃんと一緒に毎日訓練した。 深海棲艦との戦闘にも慣れてきた。 撃破数が１０を超えた。私は強くなっている。 怪我をして頻繁に入渠するけども、強くなっている。 嬉しい。早くあの人に追い付きたい。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

――信じられないものを見た。今でも信じられない。 あの人が弱かった。まるで強くなかった。 敵が目の前にいるのに、全然攻撃しない。回避も防御もまともにしやしない。 戦闘中でないあの人そのままで、あたふたと慌ててるだけ。 意味がわからない。私と姉で敵のほとんどを倒した。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

私は強くなった。弱いなんて誰からももう言われなくなった。 両目で見える世界が昔と違う気がする。鮮明と言うか、細かいとこまで見えると言うか。 強くなったからだと、姉が笑った。嬉しそうだったからそれでいいと思う。 １年振りにあの人に稽古を頼んだ。 もう教えてくれるだろうと信じた。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

でも断られた。去年と全く同じ言葉で。 表情も仕草も過去の時と同じではあったけど、今の私には感情を読み取る事ができた。 悲しんでいる。嘘をついていない。 彼女は本当に何も教えられないんだと、ようやく理解する。 強くなんかないんだと、やっと気付く。 戦闘時以外は。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

あの人は戦闘では別人のようになる。 鬼の如く乱暴に粗雑に残酷に執拗に非道に敵を沈めていく。 わかっていた事ではあった。 別人の『ように』ではなくて、あれは別人なんだと。 彼女本人は全く強くなんかないんだと、わかっていた筈だ。 認めたくなかっただけだ。わかってる。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

だからあの人はたまにひたすらに弱い。 弱いどころか無力で。 無力どころかお荷物で。 とうに私は憧れを捨てていた。 逆に腹が立ってきた。イライラしてきた。ムカついてきた。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

ある日私が別の任務のせいで出撃に参加できない時があった。 あいつも姉も出撃で遠くへと赴いていった。 帰ってきた姉が、重傷を負っていた。 血だらけで全身が赤いのに、顔だけは逆に青くて。 痛くて辛くて苦しい筈なのに、駆け寄った私を見ると笑顔を浮かべた。いつも通りの笑顔を。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

聞くまでもなかった。 あいつがその日別人にならなかったんだろう。 強くなくて、弱くて無力で邪魔なあいつのままだったんだろう。 泣きながら謝るあいつを私は殴った。 仲間達が止めるのを振り払い、殴り続けた。 私が強くなったからではなく、単純にあいつは弱かった。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

別に、いいんだ。 戦う時だけ別人にならないと強くないのは、それはいいんだ。 詳しい事情は知らないし、聞くつもりも無い。 でも疑問なんだ。 どうして本人は強くなろうとしないのか。 別人にならなくたって戦えるようにならないのか。 弱いままで努力しないのか。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

弱くさえなければ、別人にならなくたって。 姉はあんな怪我をしないで済んだ筈なのに。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

「死んじまえ」 私は言った。 生駒に向かって、私はそう言ったんだ。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

翌日、生駒は本当に死んだ。 出撃したきり、帰ってこなかった。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

――それからの記憶は曖昧だな。 がむしゃらに何も考えずにひたすらに戦いに参加し続けた。 怪我をしても入渠を拒否して、ただ剣を振り続けた。 敵を倒し続けた。とにかく殺し続けた。 でもどれだけ倒しても、強くなっても、充たされなかった。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

気付いたら度重なる神経のダメージが取り返しの付かない事になっていて、片目を永遠に失っていた。 気付いたらオレは前線を外されていた。姉貴と一緒に、支援艦隊に回されていた。 撤退する艦隊を助けるだけの、つまらない艦隊だった。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

解散した他の支援艦隊から姉妹が異動してきた。 姉は千歳と、妹は千代田と言った。 「よろしく」と千代田が笑った。 無視するとあいつは頬を膨らませてオレを睨んだ。 姉貴がにこにこと笑顔でオレを見る。 千代田と出会ったその日。 オレの物語は始まったんだ。

第十五支援艦隊　天龍 @15tennryuu

【『とある艦娘の記録』完】 【『天に願いを』に続く】