[第3回]中ザワヒデキから学ぶ 日本現代美術史のABC

青山ブックスクールにて行われた『現代美術史日本篇1945-2014』刊行記念講座に出席したのでその実況の記録 2015年2月13日
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みそむーおでん @misoni_2013

立石紘一はポップアートの悲劇を非常に象徴している。 それは作品図版に書いてある

2015-02-13 20:16:56
みそむーおでん @misoni_2013

富士山の絵は何処にでも見られるので形骸だと徹底的に否定されていた。 その代表は岡本太郎だ。 はちのじ芸術だと。 だから形骸化した美術だからこそ富士山を描くんだ、と。

2015-02-13 20:18:04
みそむーおでん @misoni_2013

[修正] 富士山の絵は何処にでも見られるので形骸だと徹底的に否定されていた。 その代表は岡本太郎だ。八の字芸術だと(八と富士山が似てる)。 しかし立石は「形骸化した美術だからこそ富士山を描くんだ」、と。

2015-02-14 01:37:09
みそむーおでん @misoni_2013

「日本のポップ・アートの呼称は、立石大河亞にこそふさわしいかもしれません。それは二重の意味においてです。まず彼は、卑俗と知りつつ卑俗をこそ描くようなポップ・アーティストでした。たとえば巷にあふれる富士山の絵を、形骸化した様式美でしかないからこそ、わざわざ描くのです。」

2015-02-13 20:18:36
みそむーおでん @misoni_2013

「地方性と知りつつ地方性をこそ描くような日本人アーティストでした。たとえば日本的とされる富士山の絵を、日本がアメリカの文化的植民地であるからこそ、わざわざ描くのです。」

2015-02-13 20:18:57
みそむーおでん @misoni_2013

「これら二重の屈折は、しかしながら、外見上はただの卑俗なローカル・アートと変わりません。」

2015-02-13 20:19:38
みそむーおでん @misoni_2013

つまり、外見上は、単なる形骸化された富士山の絵であり、単なるローカルアートにしか見られないという悲劇となる

2015-02-13 20:20:24
みそむーおでん @misoni_2013

菅木志雄展が現在、都現美で開催されている。 関根伸夫とリー・ウーファンで始まったもの派だが、菅木志雄に可能性があるのではと千葉成夫が書いている。 またこの展覧会の担当は現代美術史日本篇の執筆のきっかけをくれた関さんという学芸員の方

2015-02-13 20:29:52
みそむーおでん @misoni_2013

第4章 1964-1979 還元主義と多様性

2015-02-13 20:33:27
みそむーおでん @misoni_2013

松澤宥は「数」に対してオブセッションを持っていた。 生まれた日付「2」、仏教からきたであろ「9」 「1964 101010」これは単に1+9=10、6+4=10のメモ書き程度だろう。 それでも自筆年譜に書いている。

2015-02-13 20:35:58
みそむーおでん @misoni_2013

ハガキ絵画。 宛名面でない裏、そこは白紙。 宛名面には不思議な文言が書かれている。

2015-02-13 20:36:52
みそむーおでん @misoni_2013

宛名面には「すべての生物および無生物のための白紙絵画/人間に見せるのみならず 岩にも樹にも天にも鳥獣にも音楽にも自己増殖機械にも 私はそれを見せる 見よそこに ただ白色の円を」

2015-02-13 20:37:02
みそむーおでん @misoni_2013

白色で丸を描くのではく、言葉で指示する。 これはつまりイデア的な円を描くことだ。 絵の具を使えば白の濃淡、丸では鉛筆の太さなど邪魔なものが出て完璧さから程遠いが、言葉で白、言葉で丸といえばそれで完璧な白と丸となる。

2015-02-13 20:38:52
みそむーおでん @misoni_2013

松澤宥は概念美術がまだ無い時に最も早く物質を捨て去った。

2015-02-13 20:40:14
みそむーおでん @misoni_2013

2014年、横浜トリエンナーレで特集もされていた。 彼の概念美術に至る前の主要な作品があった。 それは非常にドロドロしており、異彩を放っていたことは赤瀬川原平も記述している。 黒瀬陽平から言えば「カルト」だと

2015-02-13 20:41:00
みそむーおでん @misoni_2013

4b 日本概念派(2)トリックス・アンド・ヴィジョン aloalo.co.jp/arthistoryjapa…

2015-02-13 20:41:32
みそむーおでん @misoni_2013

トリックは当時、非常に知的な言葉であった。 つまり存在自体とは何か、 高松次郎に繋がるが、それは視覚のビジュアルを信じていいかどうかということであり、繋がる作品としてトリックアンドビジョンの作品がある。

2015-02-13 20:42:35
みそむーおでん @misoni_2013

環境。当時は現在のエコロジカルな意味でなく、パソコン環境という言葉に近い

2015-02-13 20:43:06
みそむーおでん @misoni_2013

4a、4bが概念だとすれば事派、4c,4bがもの派。 物質としてものを見るならもの派、物体としてものを見るなら事派

2015-02-13 20:47:05
みそむーおでん @misoni_2013

岡本太郎は、シュルレアリスム(ものをそのまま描く)=もの派と抽象美術(幾何学抽象)=事の対立をそのまま出す、対極主義を出した。 それはアメリカではコンセプチュアルアートとミニマムアートとの対立であり、それが事派ともの派の対立にもつながっている

2015-02-13 20:49:47
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