敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「条約が締結した場合、人類は深海棲艦と『共存』……という形になるだろうな」 「き、共存……だと……」 わなわなと震える摩耶は全身の毛が逆立たんばかりに怒りを露にしていた。 「あんなイカモドキ共と……深海魚共と共存だと？は、はは……ははは」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

摩耶は遂に笑いだしてしまった。怒りのあまり妙なスイッチが入ったのかもしれない。 「私達は……鎮守府はどうなるデース？」 普段の快活さが嘘のように、萎んだ声で金剛が尋ねる。 #敗残兵長門

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「戦争が終わる以上、諸君ら艦娘は全員が解体、武装解除され一般市民に戻るだろう。武装は廃棄か或いは凍結。鎮守府は解体される。私の推測だが、そう違ってはいないはずだ」 #敗残兵長門

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「そんな！ じゃあ皆と離ればなれになっちゃうってことじゃない！」 「あ、暁、落ち着いて……」 「離ればなれ……そんな……」 「ここがなくなる……」 駆逐艦達からは泣き声が、軽巡からは茫然とした声が、やや年上の戦艦や重巡ですら俯いて何も言わなかった。 #敗残兵長門

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騒然としていた。 皆が混乱の中にあった。 悲しんでよいのか、怒ればよいのか、それすらわからずに抗いようもなく、唯々運命という河に流される木の葉の様に、たゆたい、揺れ、沈み……。 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

そんな艦娘達を前に唯一人毅然と、前を見て、立つ提督がいた。 彼女はゆっくりと手を挙げると、壇に思いきり叩き付けた！ #敗残兵長門

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その言葉に、騒然となった声が、所在なさげな、視線が一つに集まる。 「諸君！私と共に血の海を！臓腑の海を！屍の海を生き抜いた諸君！諸君らは何だ！？諸君らは何と呼ばれた存在だ！？」 「ちは……」 ゆらりと揺れながら摩耶が立ち上がる。 #敗残兵長門

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「アタシは！アタシ達は！艦娘だ！」 その眼には涙が滲んでいた。 「そうだ！諸君らは艦娘だ！勇壮に海を駆け、命を賭け、人類に希望の橋をかけた艦娘だ！ならば諸君、諸君らの敵は！にっくき打ち倒すべき敵は何だ！」 「そんなの決まってんぜ！深海棲艦のクソッタレ共だ！」 #敗残兵長門

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木曾が吠えた。握った拳を高々と突き上げ、獣のように吠えた。 「そうだ諸君、その通りだ！だがしかし！人類は奴等に尻尾を振り、媚びへつらい、共に生きていく等と戯れ言を抜かしている。嗚呼反吐だ、反吐がでそうだ！」 #敗残兵長門

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「諸君、私に従ってきてくれた艦娘諸君。私には見える。見えるのだ。共存するとなれば奴等は人類と同等か、或いはそれ以上の権限を持って迎え入れられるだろう。そして国や政府やマスコミはそれを後押しするためにあらゆる手段を講じるに違いない」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「そうして緩慢な思想変化の末に訪れた世界に諸君らの居場所は？ ない！ ないのだ！ 諸君らは侮蔑され、差別され、識別される。色眼鏡と偏見で見られ、罵倒され、尊敬すら剥奪されるだろう」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「私は諸君らを英雄だと思っている。誇りに思っている。賞賛されるべき存在だと思っている。諸君らは赤いカーペットを敷かれた会場にドレスアップして向かい、各々の胸に勲章を授けられ、凱旋し、歓声をあげられる存在だと思っている」 #敗残兵長門

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「しかし、しかしだ。これより諸君らを待つのは華々しい栄光の道ではない。いや、或いは成功を勝ち取り栄光に至る者もいるやもしれない、だがそれはごく一握りだろう。深海棲艦と人類が同等となった世界では諸君らは『異邦人』にされるだろう」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「底辺層の仕事すらつけず、待っているものは違法な、危険なものばかりだ。売春、ホームレス、薬物にアルコール。そして死ぬのだ、惨めに独りきりで。ひょっとしたら政府が諸君らの為に金銭的援助をするかもしれない。だがそれは恐らく雀の涙程もないだろう」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「だが……だからといって我々に何が出来る？諸君らは艦娘になる前の、人間であった頃の記憶は消されている。あるのは艦娘になってからの戦斗と闘争と争いの記憶だけだ。それで何が出来る？ ……諸君らを侮蔑しているわけではない、私とて軍人以外の生き方を知らぬ人間だ」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「我々には何もない。我々には何も出来ない。これが、こんな末路が！今まで血と汗と涙を流して闘い抜いた報いか？！私が至らぬせいで死んでいった戦友もいる……彼女らはこんな結末を見るために死んだのか？！……否！断じて否だ！私はそんな真実は認めぬ！認めるわけにはいかぬ！」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「故に！」 右手を突きだし、何かを掴むように。 「故にだ！ 世界が我々を否定するというのならば！」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「私は世界に宣戦布告をする！！！」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

場が再び騒然となる。だが今度のものは先程とは全く異質な、例えようがない困惑だった。 「世界が我々を否定するというなら、私は世界を否定する！！！諸君らの魂と誇りにかけて！！！散っていった戦友達の名誉とその死の安らぎにかけて！！！」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

そこまで言うと今まで張り詰めるような空気を発していた提督はふっ、と息を吐いた。 そして、今まで見せたことのない和らいだ表情で、 「これは私闘だ。軍人故の闘いではない。私個人の思考と理由と矜持からなる闘いだ」 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「諸君らとは今までずっと共に生きてきた……言わば家族のようなものだ。そしてこの鎮守府は私にとってホームだ。だからここにいようと思う。ここを護ろうと思う。ここで闘おうと思う。幸いなことに……」そう言うと同時に長門がいつの間にか提督の隣に侍っていた。 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「この長門を始めとした数人の艦娘が私と意を同じくしてくれた。諸君ら一人一人に尋ねたかったのだが、状況が思った以上に早く動きこのような報告になってしまった。謝罪する」 提督は軍帽を脱ぎ深々と、艦娘達に向かって頭を下げた。 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「一時間だ。急かして悪いが私にも時間がない。一時間の後意志の固まったものから私の部屋のドアを叩いてくれ……以上！解散！」 そう言うと提督は壇上から姿を消した。 #敗残兵長門

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

#敗残兵長門 に出てくる長門は帰還兵島風の長門とは別個体です。鎮守府の数だけ彼女達はいます。

大渡　鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

一時間後……それぞれが複雑な表情で執務室の前に並んでいた。提督の話が終わるや執務室に飛び込んだ摩耶や木曾などの血の気が多い連中を除けば、大概の艦娘が時間一杯まで悩んでから決めたようであった。 そうして一人ずつ部屋に入っていき、十分程で出てくる、その繰り返しだった。#敗残兵長門