敗残兵長門

帰還兵島風と同じ世界観で起きた別の鎮守府での出来事をまとめてみました。 帰還兵島風は呉鎮守府。この物語は横須賀鎮守府です。よって登場する艦娘は帰還兵島風とは別個体です ちょうど深海棲艦との和平条約が締結される直前のお話です
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大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

窓の外は陽光が煌めき、波間に反射してキラキラと輝いていた。遠征から帰ってきたのだろう駆逐艦達が「最近遠征ばっかだよねー」と愚痴っているのが聞こえる。その光景を確認すると提督は片手で窓をしめた。もう片方は受話器を握っている。 #敗残兵長門

2015-01-04 00:56:27
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「えぇ……はい……はい……聞いております……はい」 酒に焼けた、ハスキーな声が響く。軍帽を脱ぎ捨てると長い髪が顔にかかった。それを億劫そうに掻き分ける。毛先に少しウェーブのかかった髪。それが肩の辺りまで伸びていた。 #敗残兵長門

2015-01-04 01:01:16
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

若い。年の頃なら二十代半ばか、いって後半くらいだろう。だが、その眼光の鋭さは新人と呼ぶには些か憚られた。切れ長の、日本刀を想起させる瞳。整った顔立ちである。まるでモデルのような、という形容がピッタリの長身の女性だった。 そう、彼女こそがここ、横須賀鎮守府の提督である #敗残兵長門

2015-01-04 01:08:50
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

横須賀鎮守府の……いや、鎮守府初の女性提督。その美貌もさることながら、ボディラインも世の男性の注目を集めるに違いなかった。だが、彼女に男性が寄り付くということはないだろう。その理由の一つは深々と彼女の顔ーー正確にはその右目に刻まれた傷痕である。 #敗残兵長門

2015-01-04 01:13:02
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

元来の肌の白さも相まってそれは縫い痕まではっきりと残っていた。蛇がのたくったようなぐにゃぐゃと曲がった傷痕だ。それがこめかみから顎にまで繋がっている。 「失礼する!」 突如扉が開け放たれ、漆黒の髪を纏った艦娘が入室してきた。気高い意思を瞳に爛々と燃やして。 #敗残兵長門

2015-01-04 01:17:36
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

長門型戦艦一番艦 長門。それが彼女の名前。 世界に名だたるビッグセブンが一隻だ。 その長門が執務室に入ってくるなり慌てた様子で「提督、客人がーー」とまで言いかけ、提督の手に制止されて黙りこむ。 「えぇ……はい、只今到着したようです……はい……ではそのように……」 #敗残兵長門

2015-01-04 01:22:57
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

提督が受話器を置くと長門さ居ずまいを正して、「失礼した。提督、客人がお目見えになっているぞ」と告げた。 提督はそのまま椅子に腰掛け、胸のシガーケースから葉巻を一本取り出す。 「ああ、知っている。存外に早かったな」 パチン、シガーカッターが先端部を切り落とした。 #敗残兵長門

2015-01-04 01:27:17
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

オイルライターの火が灯り、葉巻から香りが立ち上る。提督は吸い込んだ煙の味を口中で楽しむと思いきり吐き出す。部屋が白く煙った。 そしてそのまま黙りこんでしまった。慌てて客人を出迎えに行くようには見えない。長門は軽く溜め息を吐いた。 #敗残兵長門

2015-01-04 01:32:20
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

圧迫感が部屋を支配する。これこそが提督に男の寄り付かない絶対の理由だと長門は考えていた。この逃げ出したくなるような無言のプレッシャー。そんな彼女には様々なアダ名がついて回る。曰く『横須賀の魔女』『鋼鉄の処女膜』『サッチャーの再来』etc.etc. #敗残兵長門

2015-01-04 01:36:55
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

だが彼女が声をあげて怒ったというところはついぞ見たことがない。鎮守府創設からの付き合いである長門にすら、だ。ーー尤もその無言のプレッシャーに相手の方が謝りだしてしまうからだがーーだが、たからこそ長門には彼女の感情の機微が解る。 提督が今激しく怒っているのだと。 #敗残兵長門

2015-01-04 01:41:40
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

その証拠にほら、彼女はあんなに葉巻の吸い口を噛み締めている。 そしてその理由も長門は察していた。 「こうまで予想通りだと言葉も出ないものなのだな」 ようやく提督が口を開く。 「なあ、長門よ。そう思わんか?」 「では……やはり……」 「ああそうだ、そうだとも」 #敗残兵長門

2015-01-04 01:45:23
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

ぐしっ、と小さな火の粉を撒き散らして葉巻が灰皿に擦りつけられる。 #敗残兵長門

2015-01-04 01:47:31
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「ああ、そうだ。やはり奴等はそのつもりらしい」 「そう……か……」 人類は長すぎる争いに嫌気がさしていた。来る日も来る日も遅い来る深海棲艦はキリがなく、各地に鎮守府を立て、艦娘を量産して戦っても戦況は一進一退。治安の乱れ、食糧問題。はっきり言ってじり貧だった。 #敗残兵長門

2015-01-04 01:53:43
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

結果、人類は深海棲艦と闘い続ける道とは別の選択肢を模索するようになる。それが、 「休戦条約……噂だとばかり思っていた……」 長門達艦娘の間でもここ1週間くらいで囁かれ始めた噂話。それが現実になるのだ。 #敗残兵長門

2015-01-04 01:58:27
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「……やはり変わらないか……」 複雑な表情で尋ねる長門に提督は何も答えない。代わりに軍帽を被り直し、軍用コートを纏って立ち上がる。 「皆を講堂に集めろ。30分以内にだ。今なら全員がいるはずだ。そこで皆に説明する」 そういうと軍靴の音を鳴らしながら提督は出ていった。 #敗残兵長門

2015-01-04 02:06:58
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

三十分後……講堂。 ここは雨天時の訓練や艦娘全員が集合するような場合にのみ用いられていた。尤も総勢200を超える艦娘が一堂に解することなど滅多になく、故に今の状況がどれだけ異常なことかも艦娘達は理解していた。 #敗残兵長門

2015-01-04 02:12:09
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「どういうことデース?霧島、貴女何か聞いてないネ?」 「さあ……私にはさっぱり……」 「やはりあの噂は……」 「しっ!朝潮」 「にゃー……多摩達はやっぱり解体……なのかにゃあ」 「さて、どうなるやらな……そういや天龍と龍田がいねえな。長門姐知らねえか?」 #敗残兵長門

2015-01-04 02:17:25
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「私は……」 長門が言い淀んだその時だった。 壇上に軍用コートを纏った提督が姿を見せた途端、それまで騒がしかった場がピタリと、静かになる。 「諸君ーー」 女性にしてはハスキーな声が講堂に響き渡った。 #敗残兵長門

2015-01-04 02:22:46
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「諸君。私と共に過ごし、共に鍛え、共に闘ってきた我が横須賀鎮守府の艦娘諸君。私は今日、諸君らに伝えねばならぬことがある。話さねばならぬことがある。私はこのような気質だ。故に誤魔化したり、婉曲的な物言いは出来ん。よって正直に、ありのまま伝えようと思う」 #敗残兵長門

2015-01-04 02:29:26
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

その瞬間それまで静寂に包まれていた講堂内にわっと音がもどる。 「そんな!」とか「嘘よね司令官」とか「ふざけんな!」とか。悲鳴に驚愕、怒号に罵声が飛び交う。だが提督は身動ぎもせずに、いやそれすらかき消す強い声で、 「負けたのだ」 そう続けた。 #敗残兵長門

2015-01-04 02:35:37
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「人類は、負けた。敗北した。敗れた。どう言っても結論は、現実は変わらん。まだ公表はされていないが、各国のトップが話し合った結果、人類は我らが敵深海棲艦と休戦する条約に調印することが明らかになった」 #敗残兵長門

2015-01-04 02:39:16
大渡 鴉ピー@入院なう @oowatarikarasu

「休戦とは言ったがーー恐らくはそのまま停戦に。そして終戦になるだろう可能性が高い」 「っざけんな!」 列から飛び出して怒りの声をあげたのは摩耶だった。 「じゃあどうなるんだよ!私達はどうなるんだよ!!!」 怒りで我を忘れているようだ。 #敗残兵長門

2015-01-04 02:43:15
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