メニイ・タイド・リビングデッド・アンド・ア・コンクリート・グラッジ #1

走れ 走れ 五十鈴のトラック
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劉度 @arther456

トラック諸島。かつての大戦において日本が海上拠点としたこの地は、248もの島とそれを囲むサンゴ礁から成り立つ、世界最大級の堡礁である。深海棲艦の一大拠点であるハワイに対する防衛拠点として、この島には新日本海軍の様々な施設が設置されてきた。 23

2015-02-26 22:15:56
劉度 @arther456

その一方で、資源輸出国オーストラリアに近く、それでいて深海棲艦のせいで地価も賃金も安いという立地に目をつけ、この環礁に工場を建てた者もいた。横須賀第33地区所属の艦娘、五十鈴である。トラック泊地が建設される前から、五十鈴のトラック工場は稼働し続けている。 24

2015-02-26 22:19:18
劉度 @arther456

工場と鎮守府が融合したかのようなこの泊地だが、防空能力は本土の鎮守府をも凌ぐ。五十鈴の艤装から生み出された50基の電探と高角砲が二重の防空網を作り上げ、同時に300以上の航空目標を補足する。だが、今はその対空火力すら不安にさせる、スコールじみた爆撃が降り注いでいた。 25

2015-02-26 22:22:32
劉度 @arther456

「……無事かぁー、みんなー!?」トラック諸島西部、オノミュー島。電探施設はたった今敵の爆撃を受けたばかりで、作業員たちが棚やテーブルの下から這い出してきたばかりであった。五十鈴工場の作業服を来ているのは、トラック諸島に先祖代々住んでいる住民たちだ。 26

2015-02-26 22:25:46
劉度 @arther456

軍属ではないものの、彼らは軍に協力している。日本海軍や艦娘がいなければ、深海棲艦に太刀打ち出来ないからだ。「ハリハラ、電探は平気か?」「大丈夫っす、班長……あれ、ちょっとアンテナ曲がったかな?」どうやら爆撃によるダメージは、大したことがなかったらしい。 27

2015-02-26 22:29:07
劉度 @arther456

「ガッデム!ウチの家をどかして基地と工場作ったんだから、ちょっとは頑張れよ日本人!」対空砲の花火が上がる夜空を見上げて、班長は悪態をつく。飛び回る艦載機はまだまだ多く、いつまた自分たちを襲うか分からない。「いつまで続くんだよ、この戦い……」 28

2015-02-26 22:32:25
劉度 @arther456

うんざりして地上に視線を戻す。班長が眉根を寄せ、目を擦った。何か、見慣れないものが海にいる。「……おい。おいおいおい!」「どうしました!?」驚きの声に、他の作業員たちも窓に集まる。彼らが見たのは、海の上からこちらに向かって進んでくる、輸送ワ級だった。 29

2015-02-26 22:35:38
劉度 @arther456

「し……深海棲艦だぁぁぁ!」班長の叫びで、パニックが部屋中に伝染した。「迎撃、迎撃すっぞ!」銃を持って飛び出す者。「本部、応答願います!深海棲艦が出現!」援軍を要請する者。「トラックの鍵どこにやった!?」早速逃げようとする者。「うわぁぁぁ!」何もできない者。 30

2015-02-26 22:38:56
劉度 @arther456

全員を置き去りにして、輸送ワ級は海岸に乗り上げた。「ヤバい……出てくるぞ!銃を持て!」電探施設の作業員たちは、日本から借りたアサルトライフルや拳銃を持ち、窓の外に向け構えた。ワ級を撃つのではない。この程度の銃は効かない。彼らが狙うのはその"中身"だ。 31

2015-02-26 22:42:12
劉度 @arther456

ワ級の腹が、べこり、と不自然に膨れた。膨れて、裂けて、赤い血が吹き出したところから、ずるり、とヤドカリをサッカーボール大まで大きくしたような甲殻生物が這い出してきた。「う、撃てぇーっ!」それを合図に、作業員たちが一斉にトリガーを引いた。 32

2015-02-26 22:45:24
劉度 @arther456

無数の銃弾がヤドカリに降り注ぎ、あっという間に原型も残らないミンチに変える。だが、その間に10匹のヤドカリがワ級の腹から這い出してくる。更に100匹、200匹。ワ級がビクビクと痙攣する度に、砂浜がヤドカリのような殺人甲殻生物で埋まっていく。 33

2015-02-26 22:48:39
劉度 @arther456

「マシンガンだ!マシンガンを使え!」アサルトライフルの弾倉を交換しながら、班長は叫ぶ。ヤドカリたちは砂浜を越え、施設の金網を登り始めていた。黒い津波を撃ち砕くには弾が足りない。二階から猛烈なマシンガンの掃射が始まった。群れの中心が薙ぎ払われるが、行進は止まらない! 34

2015-02-26 22:51:53
劉度 @arther456

突如、横合いから猛火がヤドカリたちに吹き付けられた。「くっそぉ!婆ちゃんの仇だ、バケモノどもめ!」見れば作業員の一人が、火炎放射器を持ち出していた。「ばか、パタワ、戻れ!」しかし、多勢に無勢。あっという間にヤドカリが足元に這いより、彼の足を切り裂いた。 35

2015-02-26 22:55:03
劉度 @arther456

「あぐあっ!」倒れた彼の上に、無数のヤドカリが覆いかぶさる。「やめっ、あぎゃ、アバーッ!?」ヤドカリの山の下から酷い悲鳴。それを掻き消すように、銃声が更に激しくなる。「ガッデム、止まらねえ……っ!」既にヤドカリの群れは、施設前の道路にまで達していた。その時。 36

2015-02-26 22:58:31
劉度 @arther456

ブォォン!重厚なクラクションが、辺りに鳴り響いた。「何だ!?」班長が見ている前で、ヤドカリの群れに装甲トラックが猛然と突っ込んだ。見慣れた、いや、慣れたどころではない。あれは彼の班が車体をプレス加工している、五十鈴の装甲カーゴトラックだ! 37

2015-02-26 23:01:59
劉度 @arther456

無数のヤドカリたちを難なく轢き潰すトラックの荷台に、一人の少女が乗っていた。アサルトライフルを持った、薄紫の髪の少女だ。少女は未だにヤドカリを吐き出し続けるワ級に銃下部のグレネードの狙いを定めると、引き金を引いた。ポン、と軽い音がした数秒後、ワ級が爆発炎上! 38

2015-02-26 23:05:24
劉度 @arther456

「揚陸級程度で五十鈴のトラックに勝てると思ってるの!?」巧みなハンドル捌きと、据え付けた機銃でヤドカリを蹴散らしながら、トラックが電探施設までやってきた。運転席にいるのは、彼らの雇い主である軽巡洋艦の艦娘、五十鈴であった。「工場長!?お、お疲れ様です!」 39

2015-02-26 23:08:48
劉度 @arther456

いつもの習性で、作業員たちは帽子をとって頭を下げる。「バカね!?まだ揚陸級は片付いてないわよ!撃ちなさい!」「は、はいっ!」作業員たちは慌てて銃を構え直し、残るヤドカリたちに銃撃を浴びせていく。源泉のワ級が焼かれたことで、ようやく数が減り始めた。 40

2015-02-26 23:12:01
劉度 @arther456

「援軍もこっちに向かってるわ!あなた達はここを守ってなさい!」「ハイ!」それから五十鈴のトラックは、士気を盛り返した電探施設を後にした。「……これで5隻目ですね」ヤドカリたちを引き離した後、荷台の不知火が五十鈴に話しかけた。「ええ、ちょっと気味が悪いわ」 41

2015-02-26 23:15:18
劉度 @arther456

彼女たちはこのトラックで島を巡回しつつ、今のような揚陸部隊を相手にしていた。「防衛線は確かに破られていないのよね?」「ええ。西側のセンサー、防衛艦隊は今だ健在です」トラック泊地は海上まで積もったサンゴ礁に囲まれている。船が入るためのルートは限られる。 42

2015-02-26 23:18:39
劉度 @arther456

夜ということもあるし、東側から来る敵の爆撃機に気を取られていて、西側が手薄になっているのは否定出来ない。しかしそれでも、洋上に展開する艦隊がワ級を5隻も見逃すだろうか。彼女たちの中で、疑念が浮かびつつあった。 43

2015-02-26 23:21:55
劉度 @arther456

「そもそも、敵の爆撃は東から来ています。ですが、東のワ級出現数はゼロ。裏をかくにしても、本来なら上陸しやすい東側に一隻も出てこないのは、おかしい」「護衛がいないのも気になるわね」このトラック環礁西側に、自分たちが気付いていない、あるいは見逃しているものがある。 44

2015-02-26 23:25:09
劉度 @arther456

「少し、調べてみましょうか?」「そうしましょう」「じゃあ、海に出るわよ。しっかり掴まってなさい!」五十鈴のトラックは道路を降り、海に向かって走る。そのタイヤが水に浸かる、かと思われた瞬間、タイヤが海水を踏みしめた。そのまま、トラックは海面上を走りだす。 45

2015-02-26 23:28:31
劉度 @arther456

これぞ五十鈴が世界に誇る、水陸両用カーゴトラックである。艤装の技術をトラックに応用し、艦娘や魔法使いが運転することで海の上も走れるようになったのだ。海だらけのトラック泊地が大工場となれた理由がこれだ。ただし、安定性の問題で波の高い外洋には出られない。 46

2015-02-26 23:31:55
劉度 @arther456

「不知火、索敵はお願いね」「了解」洋上トラックはトラック泊地の最も外側、サンゴ礁に向かっていく。不知火は海に目を凝らす。夜の闇のせいだろうか、彼女たちが進む海は黒々と深く、底が見えない。ただ、その下に目を背けたくなるような何かがいる。そんな気がした。 47

2015-02-26 23:35:08