「ザ・ネーム・イズ・ザ・セイム・ディファレント・パーソン」

「咆哮系提督の吹雪」第1章
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Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ザ・ネーム・イズ・ザ・セイム・ディファレント・パーソン」

2015-03-11 15:51:04
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「うん…」吹雪は寒さを感じ、目を覚ました。右頬が痛い。床に寝そべっていたせいか。「ウーン…」頭を振る。頭が痛い。飲み過ぎたか。周囲を見渡せばツキジのマグロめいて横たわる人が多数。そして大量の空の酒瓶やビール缶。ふと隣を見れば、僅かに青ざめた顔で、自身の提督・瑠奈花が寝ていた。 1

2015-03-11 15:56:40
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

何があったか。確かトラック泊地における迎撃作戦の戦勝祝賀会に招かれ、そこで嫁自慢ならぬ秘書艦自慢から発展した乱闘騒ぎに巻き込まれ、また飲み直した記憶があるが判然としない。何となく瑠奈花に無理矢理飲ませた気がするが努めて忘れることにする。ともあれ、楽しい宴であった。 2

2015-03-11 15:59:33
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

ゴリゴリ……ゴリゴリ……ふと、何かを磨り潰す音が耳に入った。ふと音の源に目を向ければ、大柄な男の背中と、美しく長い黒髪の後ろ姿の女の姿在り。確かあれは…「ん?」唐突に男が後ろを、即ち吹雪に顔を向けた。「提督?」女も釣られて後ろを向く。「あら」「起こしちまったかね?」 3

2015-03-11 16:04:29
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ああ、いえ。お構いなく」吹雪は少しばかり焦りながら弁明した。「寧ろお邪魔でしたか?」「いや?」「いえ、特には」男女は不思議そうな顔をした。ふと、男の手を見るとその手には擂鉢を乳棒があった。あれで何を擂っていたのであろうか?「ん?これか」男は吹雪の視線に気がついた。 4

2015-03-11 16:08:42
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

吹雪は近づき、擂鉢の中を改めた。そこには白い粉末が満ちていた。「これは?」吹雪が問う。「これか?二日酔いの薬だ」男が答える。男が先程まで向かい合っていたテーブルには古めかしい薬品箱、木の根や乾いた得体のしれぬ物、水、そして薬包紙に丁寧に包まれた白い粉が複数置いてあった。 5

2015-03-11 16:12:49
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「市販の物でもいいんだが」男は擂鉢と乳棒を置き、薬匙と薬包紙を薬品箱から取り出した。「偶に作らんと忘れちまうからな、こういうのは」そう言いながら、男は丁寧に擂鉢内の粉末を薬包紙へと移していく。吹雪はその様を不思議そうに眺めた。「意外?」女が小声で問う。 6

2015-03-11 16:17:44
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「エッ」思わず吹雪は女を見返した。「こんなバリバリの武闘派っぽいのに、こういう細かそうな作業、普通苦手そうでしょう?」「オイオイ、傷つくぜ」男が少しばかり情けない顔をした。女はそれを見てクスクスと笑う。吹雪は少しばかりポカンと二人の言動を眺めていた。 7

2015-03-11 16:22:52
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

幾つかの冗談めいたやり取りを終え、男は薬包紙に丁寧に紐を結び、小袋の形に整えた。「しかし」男は椅子に座り、懐からウィスキーの小瓶を取り出しながら吹雪を見た。「同じ“吹雪”でも、違うもんだな」「それはそうですよ」女が男の疑問に答える。「ソウルは同じでも、人間としては別人ですし」 8

2015-03-11 16:26:34
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「確かに、そりゃ当然か」男は小瓶の蓋を開けんとしたが、女の視線に気が付き、蓋を開けずに小瓶を懐にしまった。「同じ、“吹雪”?」吹雪は首を傾げた。「ん?瑠奈花さんから聞いてないか?」「何をですか?」「俺がこの基地の“吹雪”の提督だってことさ」 9

2015-03-11 16:30:22
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

吹雪は外で夜風を浴びていた。対深海棲艦戦の為に新設された鹿屋基地は海に面しており、太平洋からの潮風が感じられた。吹雪は童子の鎮守府で男に、リカルドに言われたことを思い返す。「私以外の“吹雪”、か」思わず呟く。 11

2015-03-11 16:35:20
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

本来、同じ船魂を持つ艦娘が2人同じ基地や泊地内にいることはできない。身に宿した船魂が干渉し合い、最悪の場合、艦娘本人の自我が崩壊する恐れがあるからだ。これを防ぐために、鎮守府では基地や泊地に船魂用の社を設け、そこに船魂を紐付けることによって干渉を防いでいる。 12

2015-03-11 16:37:39
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

これにより戦場において同じ船魂を持つ艦娘が行動を共にすることが可能になっているが、やはり長くともに居続けることは両者の自己同一性に良くない影響を齎す。吹雪は、この鹿屋基地の“吹雪”に会ったことが無かった。「どんな人なんだろう」吹雪は自身と同じソウルを持つ少女に興味を持った。 13

2015-03-11 16:41:07
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

“吹雪”の提督であるリカルド曰く「我が艦隊筆頭」らしい。つまり、相当な練度を積んでいると考えられた。吹雪はふと自身の左手を、薬指に嵌められた指輪を見た。瑠奈花との強い絆の証。艦娘としての練度限界突破証明。自分の強さの物理的証明。だが、己の心には未だ、自信が無かった。 14

2015-03-11 16:53:30
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「イヤーッ!」突如、耳にカラテシャウトが飛び込んだ。物思いに沈んでいた吹雪は、ハッとして辺りを見渡した。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」吹雪は見つけた。誰も居ない波止場、そこで誰かが何かをしている!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」 15

2015-03-11 16:58:38
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

すわ、不審者か?恐る恐る吹雪は近づく。そこに居たのはジャージ姿の少女だ。齢は自分と同じか。少女はサボテンめいたシルエットの木の人形へ繰り返しチョップや掌打、パンチを叩きつけている!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」黙々と少女は続ける。シャウトだけが荘厳に響く! 16

2015-03-11 17:04:04
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「イヤーッ!」打つ。「イヤーッ!」打つ!「イヤーッ!」打つ!「イヤーッ!」打ち続ける!その光景に吹雪は立ち尽くし、凝視した。少女は吹雪に気付かない。何たる極度集中!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」黙々と四方八方に枝を生やした人形を打ち据える! 17

2015-03-11 17:08:22
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

その攻撃は美しくあり、ある種の畏怖を抱かせるものであった。「……」ふと吹雪は、少女が拳を一心に打ち続ける姿と、己の拳を交互に見やった。そして、衝動的に構え、見様見真似の正拳突きを虚空へと繰り出した!「イ、イヤーッ!」そして、波止場は水を打ったように静かになった。 18

2015-03-11 17:12:50
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「アッ…」吹雪は気が付いた。先程まで無心に拳を打ち込んでいた少女がこちらに視線を向けていたことに。「あ、ご、ごめんなさい!」咄嗟に吹雪は頭を下げた。自身の衝動的行為が彼女の特訓に水を差してしまったことを恥じた。「えっ、いえ。大丈夫ですよ」気遣う声がかけられる。 19

2015-03-11 17:16:19
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「私もそろそろ切り上げようと思っていましたし」少女が近づく。だが、途中で足を止めた。不思議に思った吹雪は顔を上げ、少女の顔を見た。その鶯色の目を見、稲妻が奔ったかのような衝撃を受けた。似ている。この少女は。顔や体つきや年齢ではない。もっと根源的な、ソウルが。 20

2015-03-11 17:19:42
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

その衝撃は、少女も同じであった。「あなたは…」ゴクリ、と吹雪をつばを飲み込んだ。少女は挨拶をした「初めまして。吹雪です」 21

2015-03-11 17:21:26