「クレイドル・スウェイング・イン・ザ・ストックヤード」

揺り籠は揺れる。ゴミ溜めの中で。 これは、母親の物語。
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#1

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

WEEEEEE!WOOOOO!WEEEEE!WOOOOO!けたたましいサイレン音が非常事態を告げる。退屈に微睡んでいた兵士たちは各々の武器を構え、慌しい駆け足で詰所から飛び出す。ここは南西海域に浮かぶ島が一つ。オートロ島マーマレード湾鎮守府物資集積所。 1

2016-05-28 20:05:39
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「何だ何だ!?」「敵襲か?」「哨戒部隊は何をしていた!」兵士たちは対深海棲艦上陸部隊用トリモチランチャーを構え、事態を把握すべく海に目を見やる。WEEEE!WOOOO!WEEEE!WOOOO!サイレン音は鳴りやまない。一人の兵士が首から下げた双眼鏡で海を見た。 2

2016-05-28 20:18:30
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「ありゃあ」双眼鏡を構えた兵士は訝しんだ。視線の先、海に佇むは黄色いオーラを纏う、球体状の下半身を持った2隻の深海棲艦であった。「輸送級?」「何?」隊長が双眼鏡をひったくり、海を見た。「確かに輸送ワ級だ」隊長はもう一度双眼鏡を覗き込み、首を捻った。「護衛は、いないのか?」 3

2016-05-28 20:26:00
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

隊長の疑念は尤もであった。輸送級の深海棲艦はその名の通り物資輸送能力に特化しており、戦闘能力は極めて低い、或いは皆無だ。最高等級である黄色いオーラを持つフラッグシップ級でもそれは変わらない。通常、輸送級の周囲には複数の護衛がいる事が常だ。それが護衛も付けずに、何故戦場に? 3

2016-05-28 20:30:17
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「どうします、隊長」部下たちが隊長の指示を仰ぐ。隊長は顎髭を撫でながら沈黙思考。その脳裏には複数の対深海棲艦対処リストの文面が浮かんでは消える。やがて彼は僅かに下げていた目線を上げ、部下たちに命令を下した。「輸送級は火力・射程共に最低クラスの深海棲艦だ。籠城して応援を」 4

2016-05-28 20:35:38
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

KABOOOOOOM!待つ、と言い切らんとしたその時だ。彼らの背後にあった宿舎が爆発した。「な、何だ!?」「何処からだ!?」兵士たちの間に動揺が広がる。「ワ級が砲撃でもしたのか!?」「いえ、違います!」いつの間にか双眼鏡を構え直した兵士が叫んだ。「上空に新たな敵影!」「何!」 5

2016-05-28 20:40:43
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

全員が空を見上げた。そこには、緑色の鋼の球体装甲を持つ深海艦載機が数機、隊列を組んでいた。髑髏めいた口と眼孔からは黄色い光が零れ落ちる。「何だ、あれは…」隊長は呻いた。それは見たことも無い艦載機であったからだ。「敵の…新兵器だと言うのか!?」「どうしましょう!」「逃げるぞ!」 6

2016-05-28 20:43:19
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「逃げて、あの新兵器の事を報告する!走れ!」隊長は決断的に命令を下した。兵士たちは一目散に駆けだした。目指すは湾部に停留している緊急脱出艇。「隊長!」兵士の一人が悲鳴を上げた。「敵機が急降下してきています!」「振り向くな!走れ!」WEEE!WOOO!サイレン音が不気味に響く。 7

2016-05-28 20:50:12
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

兵士たちは死に物狂いで走った。背後に感じる強烈な死の気配。不気味な敵の新兵器の気配。WEEEE!WOOOO!ガコンッ!やがて、サイレン音に混じり、金属が蠢く音が聞こえた。爆撃が落とされる音が。だが、脱出艇までは後僅かであった。「跳べェ!」隊長が叫んだ。全員がその命令に従った。 8

2016-05-28 20:55:39
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「「「「イヤーッ!」」」」ハリウッド映画めいた大跳躍の背後に、爆弾が着弾する!KABOOOOM!爆風が兵士たちの背中を押し、脱出艇に叩き付ける!「「「「グワーッ!」」」」兵士たちは悶絶しながらも、素早く体勢を立て直した。爆弾を投下し終えた艦載機がまた上空へと飛んでいく。 9

2016-05-28 21:01:54
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「今のうちだ!」隊長は部下たちに檄を飛ばし、自らは操舵室へと走った。敵は何時攻撃を再開するか分からぬ。隊長は操舵室の扉を蹴破り、急いでエンジンに火をつけた。航行システムに光が灯り始める。「艦娘達がいれば、こんなことには…!」隊長の顔に屈辱への怒りが満ちる。 10

2016-05-28 21:10:04
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

本来オートロ島に居た筈の艦娘達は、今はいない。近々発動される春の大規模作戦に向けて、全員が本土に帰還していた。このオートロ島近海は深海棲艦の出現報告が少ない島であった。故に、艦娘全員に休暇という名目で本土に帰還させたのは隊長の判断であった。彼は己の失策を呪った。 11

2016-05-28 21:15:00
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

だが艦娘達に間違った怒りを向けはしない。後悔は死んでからすればいい。深海棲艦がこの物資集積所を奪取せんとする事実を、まずは知らせねば……ふと、操舵室の窓から影が差し込んだ。隊長は顔を上げた。窓の外の、艦載機の黄色い目と、目が合った。「馬鹿な…速すぎる」ガゴンッ! 12

2016-05-28 21:19:57
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

爆撃が投下される。隊長は窓越しにその光景を見守ることしかできなかった。航行システムに光が完全に灯る。隊長が咄嗟に緊急救援信号を送るのと、爆撃の直撃。果たしてどちらが早かったか…いずれにせよ、爆弾は窓ガラスを突き破り、強烈な光が瞬いた。隊長は光の中に飲まれて消えた。 13

2016-05-28 21:23:03
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

KABOOOOM!脱出艇は爆炎に飲まれ、艦首が拉げながら沈んでいく。2隻のワ級達は何の感慨も無くそれを見つめていた。「終ワッタカ」ワ級達は振り向いた。そこには、細身の深海棲艦が立っていた。長い白髪を三つ編みで纏め、三つ編みの先端と両手に分厚い鉄塊の如き艤装を持っていた。 14

2016-05-28 21:28:08
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

何よりも特徴的であったのは、その深海棲艦は眼鏡を掛けていた。「「集積地棲姫様」」ワ級達はその深海棲艦の名を呼んだ。「速クシロ」集積地棲姫は命じた。「トットト物資ヲ運ビ出セ」「「ヨロコンデー」」ワ級達は物資集積所へ向けて進み出した。集積地棲姫はため息をつき、ふと足元を見た。 15

2016-05-28 21:33:27
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「……」そこには、1隻のPT小鬼が足元に縋りついていた。集積地棲姫は表情を柔らげ、しゃがみ込んで小鬼を抱きかかえた。さながら、母が子を抱くかのような優しさで。「カーチャン」「大丈夫…大丈夫ダヨ…」集積地棲姫は小鬼をあやし、優しく呟いた。「モウ少シデ、平和ニ生キテイケルカラ」 16

2016-05-28 21:38:22
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「クレイドル・スウェイング・イン・ザ・ストックヤード」#1

2016-05-28 21:38:37
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

数日後、カンパン湾沖にて。「ああ、ああ…そうだ、頼んだぜ」艦娘運用型長距離輸送艇「あもり」の司令室の中で、リカルドは受話器を置き、一息ついた。「どうでしたか?」横に立つ瑠奈花が問う。「ああ、対処してくれるってよ」「流石葛城中将だ。手が速い」「まぁな」 18

2016-05-28 21:54:10
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

「しかし」瑠奈花は思案顔で呟く。「何だったんでしょうな、あの水母棲姫は」「さぁな…」リカルドはサングラスの奥で目を細め、ぼやいた。現在、リカルド達は大規模作戦の指揮を務めていた。数日前に齎されたオートロ島からの緊急救援信号。これは物資集積所が襲われた事を意味する。 19

2016-05-28 21:56:52
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

現在、日本ではイタリア王国からやってくる親善艦娘を迎えるための準備に沸いていた。そんな活気づいた雰囲気の中に、突然の襲撃であった。鎮守府は出迎えムードで盛り上がる国内情勢を推し量り、小規模ながらも大規模作戦として発令し、一気呵成にオートロ島を奪還する指令を下した。 20

2016-05-28 21:59:50
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

緊急発令であり、すぐに動ける提督は少なかった。偶然カンパン湾に立ち寄っていた鹿屋のリカルド・ベレンゲル大将、宿毛湾の瑠奈花少将、そして舞鶴の霧雨ザハ中将に第1陣としての白羽の矢が立った。 21

2016-05-28 22:03:00
Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

まず、ザハ艦隊がカンパン湾沖に展開せんとしていた敵潜水部隊を迎撃し、リカルド達がオートロ島へ向かうという算段であった。だが、そこで奇妙なことが起こった。敵潜水艦隊を迂回したリカルド・瑠奈花艦隊の目の前に現れたのは、水母棲姫率いる輸送部隊であったのだ。 22

2016-05-28 22:04:58
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