【第四部-弐】満潮の秘めた想い #見つめる時雨

満潮⇒扶桑
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満潮視点

とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

テーブルに置かれた抹茶ロールケーキにフォークがゆっくりと落とされる。フォークはシフォン生地に抵抗なく沈んでいき、いとも簡単にケーキを分断した。扶桑は一口サイズになったそれに改めてフォークを刺すと、自身の潤いを帯びた唇に運んだ。…私は、その間ずっと扶桑から目が離せないでいた。

2015-03-15 20:00:57
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「ん…」 扶桑が綺麗に揃えた指を頬に添えながら微笑む。…どうしてこのひとは仕草の一つ一つが優美なのかしら。目の前に扶桑がいなければ、私は思わず溜息を漏らしていただろう。でもそれは女としての憧れだけでなかった。…私の胸の鼓動は、それ以外の感情も発していた。

2015-03-15 20:05:35
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「ふふ、美味しいわね、満潮」 「へ!?あ…ええ、そうね」 私は誤魔化すように自分のプレーンのロールケーキを口に運ぶ。いけない、見惚れてたわ…。…うん、確かに美味しい。このお店にしてよかった。こういうことに関して荒潮の情報は本当に信頼できる。…いつもありがとね。

2015-03-15 20:10:36
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

…今日は私の、満潮の特別な日。今朝、扶桑は私の元へやってきて、何かお祝いだしたいのだけど、と言ってくれた。…私はまず驚いた。扶桑がそんなこと言ってくれるなんて思ってなかったから。それで私は答えた。一緒に、ケーキが食べたいって。

2015-03-15 20:15:40
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

扶桑は、そんなことでいいの?と言っていたけれど、私にとってはお願いできる精一杯の、でも最高のプレゼントだった。今思えばよくこんなことがお願いできたものだ。言い回しは違うとはいえ、デートしてくださいと、私は扶桑にそう言ったんだ。…恥ずかしくて火が出そう。

2015-03-15 20:20:37
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

扶桑と一緒に喫茶店へ行く約束をしてからも大変だった。どんな服を着ていけばいいのかわからない。真っ先に山雲が持ってきたふわふわワンピースとか悪いけど私には無理…。いっそ制服でと思ったが色々不味い気がした。…結局、朝雲が持ってきてくれたカーディガンとパンツに落ち着いた。

2015-03-15 20:25:35
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

…扶桑のふんわりしたカーディガンにマキシスカートでやってきた。ロングスカートが似合うって羨ましい。それに、同じカーディガンでもここまで違うのか。でも、そんなモヤモヤした気持ちはすぐに消えた。「満潮の私服って新鮮ね。ふふ、可愛い」そんな扶桑の、何気ない一言で。

2015-03-15 20:30:36
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

…何でこんなことになってしまったんだろう。いや、デートのことじゃなくて。私はどうして扶桑に、こんなにも…。自覚した時にはもう遅かった。そもそも自覚してしまったことが間違いだった。知らないままの方が良かった。知らないままなら、こんなにも苦しまずに済んだのに。

2015-03-15 20:35:36
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

山城に不毛な恋をしている時雨のことを呆れていた時期もあった。でも、今はもうそんなことをする気持ちにはなれない。私も同じだから。時雨、あんたの気持ち、痛いほどわかる。辛いわよね。…辛い。…ねぇ、私さ、本当に、どうして…。

2015-03-15 20:40:36
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

扶桑は私の気持ちには気づいていない。山城は随分前から時雨の気持ちに気づいていたみたいだけど。それを考えると、私の方がマシ、だろうか。…扶桑を困らせたくはない。苦しむのは私だけでいい。扶桑がこうして私に声をかけて、微笑んでくれる。そんな今の関係を、私は大切にしたかった。

2015-03-15 20:45:38
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

ロールケーキにフォークを刺す。すると扶桑の視線が私に向いていることに気づいた。 「…何?」 「…美味しい?」 「え…う、うん…美味しいわよ」 宝石のように真っ赤な瞳に、吸い込まれそうになる。…私は視線を僅かに下に向け、そしてケーキを口に運ぼうとした。

2015-03-15 20:50:35
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「待って」 「…え?」 「それは、どんな味がするの?」 「どんなって…普通にプレーンだけど」 …扶桑は次の言葉を待つように、私を微笑みながら見ている。もしかして、こっちも食べてみたいのだろうか。…私はロールケーキの乗ったお皿を差し出した。 「…はい」

2015-03-15 20:55:35
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

扶桑がそれにフォークを伸ばす。扶桑は綺麗にロールケーキを切り分けると、その一つにフォークを刺した。そして口にそれを入れると、顔を綻ばせた。…ああ、可愛い。本当にこのひとは美味しそうにケーキを食べる。…よかった。扶桑が喜んでくれて。

2015-03-15 21:00:38
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「満潮も食べる?」 扶桑が手元の抹茶ロールケーキを指す。…断る理由はない。私は頷くと、フォークを…伸ばせなかった。 「…え」 扶桑が、フォークを先に刺していたから。そして、ロールケーキの刺さったフォークは、私に向けられていた。 「はい、どうぞ、満潮」 …な、な、な。

2015-03-15 21:05:35
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「ま、待って…自分で食べ…」 「…?」 扶桑が首を傾げる。どうして食べないの?もしかして嫌いだった?そんなことを言いたげな視線。…扶桑は何の他意もない。だから自然体でこんなことができる。…私も自然体で、自然体で…。そう自分に言い聞かせた。

2015-03-15 21:10:35
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「……」 私は目を瞑り、ゆっくりと口を開けた。店内の温かい空気が、無防備な私の口の中に入ってくる。心臓の鼓動が、耳の中で反響する。…少しして、私の舌がシフォン生地を感じた。…ケーキが、扶桑の手によって、私の口内に入れられたんだ。

2015-03-15 21:15:39
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

甘い。とっても。それでいて抹茶のほろ苦さを感じる、和の味。口当たりはしっとりしてて、ふんわり。まるで…扶桑みたいな。 「どう?」 「…美味しい、わ…」 「そう、よかった」 ああもう、どうして扶桑は、扶桑は…こんなことできちゃうのよ…―

2015-03-15 21:20:37
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

―…帰り道は夕焼けが眩しかった。私の横を歩く扶桑の姿が夕日に照らされ、とても綺麗に映った。…私は、暫し見惚れた。 「…満潮」 扶桑の柔らかな声が私の耳をくすぐる。…扶桑は後ろ手に目を閉じたまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「進水日、おめでとう」

2015-03-15 21:25:35
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

「…ありがと」 …私は、それを言うのが精一杯だった。顔も上げられない。夕焼けが綺麗でよかった。私の顔の熱を隠してくれるから。 「これからも、よろしくね、満潮」 扶桑が、私の頭を撫でる。優しくて、心地よい、扶桑の手。

2015-03-15 21:30:44
とある舞鎮の艦娘たち @S_side_story

…この気持ちは知られちゃいけない。私はこれから先も、ずっと隠し続ける。自分の為に、扶桑の為に。…応援してくれる荒潮達には悪いけど、私、これでいいから。…ねぇ、扶桑。でも、心の中でだけ、言わせて。…好きよ。…これからも、よろしくね――

2015-03-15 21:35:35