「天に願いを」(5)
- mamiya_AFS
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指出しグローブの端を口にくわえ、乱暴に髪をかき混ぜる。 千代田と並んで皿を洗っている間、結局またあいつと言い争いになった。胸がぐじぐじしてイライラする。オレの気も知らねぇで…。 星がまばらではあるが、雨の気配は全く無い。空を見上げ、グローブを着け直す。
2014-10-18 22:08:40あいつらは航行運動の練習の準備をしてる頃だろうか。龍田に全て任せ、オレは一体何をしているんだか。詳しい事情も聞かないでいてくれる姉に、口の中で礼を漏らし足元の土を適当に蹴る。水分を含んだ土は、跳ぶよりも爪先にこびり付く方の量が多かった。 溜め息ばかりが出てくる。
2014-10-18 22:11:35さて、どうするか。 オレの視力以外の五感は、夜闇でも十二分に機能する。艦娘としてあるまじき本音を言えば、海上戦よりも地上でスニーキングでもしていた方が余程能力を発揮できる気がした。 建物の向こう側でもなければ、どういった人物がどう歩いているのか大体把握できる。
2014-10-18 22:15:01かと言って。 オレがどれだけダンボールに隠れての潜入技術に優れていようと『これ』ばかりはどうしようもない。樫野に任せておけと言った手前、時間も無い事と併せてもどうにかしないといけないが、物理的に無理なものは無理なんだ。 せめて、駆逐艦娘くらいのサイズでなければ。
2014-10-18 22:17:25遠目に『目的地』を眺める。 建物の内側を網羅し、そして外側に通じている換気ダクトの入り口を。 地面からは高さ2メートル程の位置で、金網によるフタを閉め口は雨が入らないようにだろう、下を向いている。 艦娘の運動能力であれば、跳んで掴んで登るのは実に簡単だ。 だけど。
2014-10-18 22:20:37「……」 眼帯に覆われていない片目を細める。 足元の茂みがガサガサと揺れ、とっくに察していた通りに首輪を着けた猫がてこてこと近寄ってくる。 オレの爪先の匂いを嗅ぎ、何に納得したのか顔を上げて「にゃあ」と一声鳴いた。王虎『ペルセウス・ドラゴン』と見詰め合う事数秒。ようやく決まる。
2014-10-18 22:24:36鳴き声を聴き取ったのか、軍帽をかぶった銀髪の艦娘が小走りで近寄ってくる気配。茂みよりかは背があるオレの姿を早い段階で見付け、足取りがまっすぐになった。腕を組んだまま待ち、すぐ傍までやってきた時点で顔を向けてやる。 タイミングを測ったみたいにペルも顔を上げてご主人を見上げた。
2014-10-18 22:27:26一瞬だけ躊躇う。でも、他に手は無かった。 「バレたら懲罰房行きだ。多分、暁達にも迷惑がかかる。 でも、お前にしか頼めないんだ」
2014-10-18 22:49:44帽子をかぶり直し、まっすぐに見詰めてくる響を瞳を見返す。 「ありがとよ」 短く告げると、ペルセウス・ドラゴンも「にゃあ」と鳴いた。 説明を、する。 『盗みを働いてくれ』と、最悪の頼みの内容を。
2014-10-18 22:59:39久瀬が大事そうに机にしまっている小さな箱と手紙がある事を知っている。 そんなに大事なら金庫にでもしまえばいいものを、引き出しから他へ移すつもりはないらしい。 天城が遺した物なのはわかっている。中身が何なのかは見当もつかないが、天城が最期に教えてくれた『オレ達に必要な物』なんだ。
2014-10-18 23:02:39通気ダクトは響のサイズなら通れるのもわかっている。昔にこれを利用して、涼風が試験の答案を盗み出すのに成功した事も。結局バレて、通れないように補強されている可能性は高かった。 内部がどうなっているのかはわからないが、そこから先は響を信じるしかない。
2014-10-18 23:05:01ただでさえ迷路状な上に、目的地は建物の最上階の更に最奥だ。無論、警備もいるだろう。試験の答案よりも難易度が高いのは間違いなかった。 「それでも、盗ってきてほしいんだ」 改めて響の顔を見下ろす。
2014-10-18 23:07:12ぴっ、と立てられた細い人差し指を見る。 退屈になったのか、響の足元で毛繕いに専念していたペルが大きくあくびを漏らしていた。 「…なんだ?」 どんな条件を出されても、呑むしかない。
2014-10-18 23:19:39……。 人差指の向こうで、響の口元が薄く弧を描いていた。 瞼を閉じる。もう一度開けるのには、妙に重さを感じた。 「ああ、わかった。約束するさ」 当の本猫は、自分の名前が出てきたからか、響を見上げて不思議そうに首を傾げている。
2014-10-18 23:22:31