日清戦争について

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ドンガメ六号 @dongame6

日清戦争の際日本軍は最終的に河北の辺りに陸軍を上陸させて北京周辺の野戦軍に決戦を挑む「直隷決戦」という構想を抱いていてその準備も進めていたのだが実現しなかった。もし実現勝利していれば講和の際に清に対しては優位を得ただろうが、中国に利権を持つ列強は史実以上に日本を敵視したかも知れん

2015-04-19 12:28:22
ドンガメ六号 @dongame6

史実だと遼東半島の割譲すら北京を(つまりは列強の利権を)危うくするとして列強の三国干渉を引き起こしたのに対し、日本国民がブリブリ怒って対露感情を悪化させ日露戦争の遠因とすら言われたのに、北京近郊で決戦勝利なんかした日には国外の敵視も国内の戦勝気分もゲージが振り切れて大変な事に。

2015-04-19 12:31:34
ドンガメ六号 @dongame6

講和の交渉に来た李鴻章達の使節も野戦師団を乗せた日本軍の輸送船が出航していくのを見て、というか日本側が露骨に見せて、講和やむなしとの結論に到ったのだけれど、そこを国士殿が李鴻章を銃撃する事件が起きたのだからもう大変

2015-04-19 12:34:34
ドンガメ六号 @dongame6

しかもその動機が「講和を妨害し戦争を継続し、日本軍の戦果を更に拡張させるため」と言ったというのだからある意味目的の為の手段としては正解だったのだから適わない。当時清の外務関係に絶大な影響力のあった(つまりは列強の信頼もあった)李鴻章が本当に下関で死んでたらどうなってたか分からん。

2015-04-19 12:36:53
ドンガメ六号 @dongame6

日本側も津田三蔵事件を思わせるの時のように大慌てで、明治天皇が侍従の医師を派遣するなどの大騒ぎとなった。戦争中の交渉相手を殺害するという事件が国際的信用を失わせるのは確実で、伊藤博文なんか顔面ラストブルーだったに違いない

2015-04-19 12:41:23
ドンガメ六号 @dongame6

日清戦争とは「朝鮮に対する干渉戦争、朝鮮を巡る対清戦争、そして講和後の台湾平定戦争」という複合戦争だった、というのが読んだ本のまとめだった。近代日本が三十万を越える軍人軍属を外地に遠征させ、危ういながらも完遂した実力を見せた反面、今後に繋がる様々な欠点を露呈した戦争でもあったと

2015-04-19 12:51:13
ドンガメ六号 @dongame6

戦死者一万三千余名のうち戦死は10%、病死が88%というのも興味深い。脚気、赤痢、マラリア、コレラ、の順に多く、凍傷患者も多数居たとのこと。死者の多くが余り語られることの無い台湾平定戦での死者であり、当時の軍隊の外征作戦と衛生の難しさを思わせる

2015-04-19 13:00:23