扉に足を引っ掛けた。 ……まぁ、想定はしていなかったが。 広間に、転げ出る。 「痛った」 はは、と笑って誤魔化してから周りを見た。 「ムロミ・ダクニオン=オーンだ。よろしくお願い致します」 立ち上がってから、お辞儀して言った。スカートを摘みあげるような性分ではなかった。
2015-05-01 12:10:32豪奢な絨毯の伸びる廊下。落ち着いた濃色の先に聳える扉、その向こうに三の日を共にする他国の王子や王女が――そしてややもすると未来の夫が――待って居るのだ。「……夫。でございますか」ぽつりと零して、一歩を踏み出す。装飾の仕上げにと髪に散らされた銀粉が、陽光を反射してきらきらと踊った。
2015-05-01 12:13:44慣れない髪型や国の職人達が腕を奮った衣装も、此処が自国の城内であったならば、こんなにも重くは感じなかっただろうに。「行くしか、ございませんね…」これもまた普段とは違う高い踵が、こつ、と大理石の床を鳴らす。
2015-05-01 12:14:47入口が近付く度に心拍が跳ね上がっていくのが解る。こんな事では一堂に会する時、周りにそれが聞こえてしまうかもしれない。そんな有り得ない考えが脳裏を掠めた。 「……お願い。お願い、落ち着いて…!」 半ば泣きそうになりながらイゼルは歩を進める。 時が、迫っていた。
2015-05-01 12:20:29「んー……っと、こっちであってる、よねぇ?」 きょときょとと天井、床、壁を順繰りに見回しつつ、のんびりと間延びする声が廊下にこだまする。 「ここってば、へたすると僕んちより広いんだから……迷っちゃうよぉ」 否、現在進行形で絶賛迷子中である。
2015-05-01 12:32:54しばし、恐らく同じ場所を4周ほどしてから自分が迷っていることに気づく。 「迷ってるぅ?……迷ってるよねぇ」 こういうときは、と左手をぺたりと壁につけ。 「左手の法則~……右手だっけ?まぁいっかぁ、着ければ」 のろのろとマイペースに、ついた手に時に従わずに広間を目指す。
2015-05-01 12:33:03『籠』が地に降り、担ぎ手が従者に声をかける。曰く、仕来りにより、これより先は殿下の御御足にて、だとか。従者は何も言わない。オレはそいつに、主人に対して口を開くことを許していないからだ。たぶん、神妙な顔をして頷いて、オレが『籠』を降りるのを待っているんだろう。
2015-05-01 13:48:58期待に応えてやると、光が目を刺した。頭の芯まで貫かれたみたいにずきりと痛む。それが、ちっとも嫌じゃなかった。見回せば、オレを取り巻くすべてのものに、色があった。見上げると、青い色の中に、一際強く輝くもの。形はわからない。それを直視した瞬間、目の奥が焼け付いて何も見えなくなった。
2015-05-01 13:49:03眩んでその場に倒れると、従者たちの引き攣った悲鳴が聞こえた。昼の太陽を御覧になってはなりません、だって? 「オレに指図するなんて随分偉くなったね。里へ帰って自慢おしよ。二度と出仕しなくていいからさ」 従者が青褪めて口を噤む気配がした。黒く焼けた視界はじわじわと色を取り戻していく。
2015-05-01 13:49:08起き上がって服と髪に付いた庭土を払う。翼を持つ王梟族の装束には袖がなく、脇が大きく開いている。飛ばないオレは、まじないをかけて腕を使っているから、この格好は今ひとつ様にならない。だからか、貧相な印象にならないように、棒衿の周りや幅広の帯には、金銀珠玉の刺繍があしらわれている。
2015-05-01 13:49:13その意匠を見ることができたのも、着せられた後、夜の外に出てから。『籠』からも出てみれば、なるほど、随分贅を凝らされたらしい。従者たちも悪いものは着ていないはずなのに、比べるとひどく地味に映った。彼らの持つ羽毛が、濃淡や模様は様々でも、一様に灰ばんだ褐色をしているせいもあるけれど。
2015-05-01 13:49:18オレはそれ以上の言葉をかけずに彼らに背を向けた。たっぷりと布を使った袴の裾を小さく蹴りながら歩き出す。雛鳥のようなふわふわとした羽毛の髪が、太陽によく似た淡い黄色をして、背中で風と踊っていた。 ……途中、庭を挟んで向かいの廊下に、うろうろする白いのを見かけたけど、何だったんだ。
2015-05-01 13:49:25どうやら早く着いたのか、歩いた先の広間に、人の姿は疎ら。室内なんてすぐに見飽きて露台に出ていたら、人が倒れる音と女の声がしたから、とことこと引き戻る。 「やぁ。ムロミは王女?」 オレは気遣いも名乗りもしないまま、短く問う。声色と表情は、優しく楽しげに、態度はひどく失礼だろう。
2015-05-01 13:49:31@Sielo_pan 「おい、お前」 ぺたりと左手を壁に付けながら、マイペースに廊下を往く“己とは別の獣人族”にレユアンは軽く首を傾けながら声を掛ける。 ──少々偉そうだったろうか。しかし、これ以外の二人称は分からない。 「広間はあっちだぞ、……他国の王子とお見受けするが」
2015-05-01 14:12:49@Sielo_pan 銀が、動きに合わせ揺れる。 腕を組んだ姿が妙に様になっている。 「自己紹介は全員が集まる場でとも思ったが、此処でしないのも失礼だろう。私はレユアン、レユアン=ヤ・バイフウ。銀月国(インユエ)の者だ」 ふわふわとした髪を一瞥し、自然な動作で右手を差し出した。
2015-05-01 14:13:10@Sielo_pan 「道なら覚えている。おま……──貴方が暫しの道行を共にしてくれるのであれば、導きの手助け程度は出来ようものだが、如何だろう?」 かつり、とヒールを鳴らして一歩、前に出た。
2015-05-01 14:13:20@GerardPbt くつくつと笑いを堪える。 「すまないな。王女らしくない風貌だったか?……まさか王子に見えたかな」 上機嫌にそう言ってから、ジェラールをまじまじと見つめてくるムロミ。
2015-05-01 14:31:35@GerardPbt 見目はやや伝聞と違うが間違いなく、 「王梟ですよね?」 あの密議の場で有名な。 「一度訪ってみたい観光地なのですが、まだ機会がなく……御名を伺っても?」 茫洋とした瞳を『星』が引き締める、そんな眼光が、王梟の王子に相対する。
2015-05-01 14:31:49@muromiDO 微細な表情の機微はわからない。ただ硬質の語調から、彼女は堅物なのだろうと思う。それでもオレの態度を苦く思ったようには見えないから、振る舞いをあらためるようなことはなく。 「女性の姿を見るのは初めてなんだ。王女かなって思ったのも、声でね」 肩を竦めてみせる。
2015-05-01 15:00:15@muromiDO 翼を隠した色違いでもひと目で種族を見抜かれて、少しの驚きに目を瞬かせる。多くの種族は髪の毛が羽毛ではないだなんて、オレは知らない。 「そうだよ。すごいすごい。よくわかったね」 ルネミスに来たことがあるなら、装束でわかるだろうけど、そうじゃないのにと首を傾げる。
2015-05-01 15:00:21@muromiDO 名を問われれば、和やかに笑って応える。涼やかに引き締まった眼光に対して、無邪気に綻んだ笑みを返して。 「ああ、好きなように呼んでよ。って言われても困るだろうけど。名前はジェラールだけど、あんまり好きじゃないんだ」 呼ばれて嬉しかった記憶が、あまりに遠いから。
2015-05-01 15:00:26広い。 自国の大通りよりもずっと広い廊下を、ゆらゆらと尻尾を揺らしてのんびりとフレーゲルは廊下を歩く。 道中物珍しさに庭に出てみたり、見かけた使用人にあれやこれやと尋ねていたらすっかり予定の時刻より遅くなってしまった。 が、本人には気にしたそぶりも無く。
2015-05-01 15:22:27窓から差し込む穏やかな日の光に薄氷色の瞳を細め、鈴の音だけを響かせて進む。 そうして廊下の先、指定された広間への扉を開け、中を見回して―――― 二人の男女の姿を見て、ばたん、と一度閉めた。 首を傾げる。
2015-05-01 15:23:21それからすぐに先ほどよりもだいぶ狭く扉が開く。 そこからピン、と好奇心旺盛に立った猫耳の灰色頭だけを覗かせて、中に居る二人へ興味深げに声をかける。 「失礼。こちらが婚礼祭の広間で合っていますか? お邪魔でなければ、俺も入ってよろしいでしょうか?」
2015-05-01 15:23:45