- YoroiAkatsuki
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『夜宝石』が照らし上げる戦場。その対角線に位置する舞台袖。 片側から出て来る影は大小二つ、先導するように進み出る痩躯と、ふわふわと後を追う小柄。 「今夜も、暗いわねえ」 影が落とされた桃色の裾の下で、男の影の先を音も少なく弾む足取り。ふわふわとやや早足に歩く女は楽しそうに言った。
2015-05-11 10:54:16客席と照明を背に、曲がった痩躯が歩く。 「『城外(オモテ)』が明るかった事など、一度もありませんよ、お嬢様」 眉間に寄せた皺。鋭い灰色は、舞台の対面を睨んでいる。 少しの間。立ち止まったままの沈黙。 舞台に上がる直前、男は自らの『明姫』に手を差し出した。 「参りましょう、お嬢様」
2015-05-11 11:17:45決勝の舞台。 観客は、一回戦の時より多いように見えた。 『明姫』は、斜め前を歩く男に追いつこうと、歩みを早める。 そして、横に並ぶと。 「最後の戦い……でも、ないですね」 男の方に顔を向けて、微笑んだ。 「これに勝って、そこからスタートですもんね」
2015-05-11 11:34:11男は、並んだ『明姫』には、ちらとも二つ色を向けは、しない。 だが、軽んじるでは、なかった。 「中々前向きじゃねェか」 舞台を踏む足は、二人、揃っていた。 男は笑う。__にやりと、『いつも通り』の笑み。 「そうだな、『前哨戦』だ」 視線の先。大小、__『夜鎧明姫』。
2015-05-11 11:39:57「そうね、そうだったわ」 灰色の後ろに控えていた金色は、ふわふわと笑い声をこぼした。伸べられた手に、灰色のリボンを結わかれた左手を重ねて、男に合わせて舞台に踏み出す。 「ええ。一緒に」 大小の対面には彩度も濃淡も違え、しかし揃って並ぶ緑二人。 かくて向き合うは二組の『夜鎧明姫』。
2015-05-11 11:51:38灰色の髪に、リボンは結ばれて居なかった。男に結び付けられた瑠璃色は、胸元のリボンタイと、重ねた指のに包帯越しに結ばれた布地だけ。 男はそっと手を離し、一歩前へ踏み出す。 「……始めましょうか」 向かう番(つがい)に投げ掛けた声。高圧的な口調だが、言葉選びだけは丁寧なものだった。
2015-05-11 12:19:01____二つ色は、灰色を見据えていた。 距離を置いたまま、足を止める。 「__始めるぞ」 向けた声は、『明姫』へ。 片手で外した、黄水晶のピンブローチを、傍らの萌葱色の、その頭上へ。
2015-05-11 18:20:14____頭上へと、寄せて。 ____『顕現』した『花冠』を、間近に、見て。 ____男は、二つ色を見開いた。 驚愕、戸惑い、そして逡巡。それらが、全て綯い交ぜに、織り合わされた貌。 ____『夜宝石』に照らされない、暗い夜の中で。 男が声無く、笑う。__『明姫』へと。
2015-05-11 18:39:28「__なるほどなァ……」 笑いながら、『花冠』を萌葱色に、被せかける。 『彼女』には、見えないだろうが。 ____二つ色は、『紅』を見ていた。 真紅、『夜』の中にも、明らかな、花の色へ。『変わって』いく。
2015-05-11 18:42:51黄色い花をつけていた『花冠』。 まるで蔓薔薇の刺が、男の血を吸い上げたかのように。 じわりと『紅く』、染まり始め。 『明姫』の頭上に収まると、さらにその色を濃くし、『真紅』に落ち着いた。 「シェイド? ……どうしました」 『明姫』には自分の頭上の変化は見て取れない。 しかし。
2015-05-11 19:00:59その『笑った』顔で、何となく悟る。 照れたような、薄い笑み。 「もしかして……赤くなってたり、します?」 『嫉妬』の花は、『熱望』を経て。 ダニエラの頭上で赤く、紅く咲き誇っていた。 もう勿体ぶることもないだろうが、敢えて記す必要もあるかどうか。 ――その意味は、『愛情』。
2015-05-11 19:01:44「あー。まァ。……あー……」 くつくつと、笑いながら。 男は、掌でぽんぽんと、その萌葱色を軽く、叩いた。 ____間を置かず、引き寄せ。 耳元に、一度、貌を伏せ。 「『至高の薔薇(ローズ・ローザ)』」 ただそれだけを、『宣言』する。
2015-05-11 19:13:18____それだけを残して、男は、灰色を向いた。 踏み出した三歩。昏い茨が、足許に、霞立てて、渦巻く。 「手前が俺の『明姫』に手ェ出さねェ限りは俺も手前の『明姫』には手は出さねェ、それで良いな『アッシュ』!」 一方的な、勝手な、押しつけとも変わらない、『宣言』だった。
2015-05-11 19:13:55手に鉾槍が現れる。 昏い茨から成された、そのはずの、得物。 ____照らされずとも、肩に担がれたそれが、『紅』を帯びているのは。 誰の目にも、明らかだった。 「『夜鎧(俺たち)』でやろうや」 ____激越に、狂熱に。 男が、牙を剥くかのように、笑う。
2015-05-11 19:14:14「……あ゛ぁ?」 男は、対戦相手の動きを、睨むように見ていた。 『ティアラ』は『明姫』が身に纏う事によって顕現する。それは当然の事だ。だが、顕現の動きは個々の差こそあれ、あの色は鮮やかすぎる。一度顕現し、形状を固定されたティアラは勝手に変色したりしない。 あれでは、まるで――――
2015-05-11 19:21:07男は、顔を覆うように眼鏡の位置を直す。 「……まるで、今の今『契約』が成立したみてぇな色してやがる」 彼の隣に並ぶ『明姫』からは、その口元が笑ってるのに気付けるだろうか。 「いいでしょう。戦う事は『夜鎧』がやる。ブッ飛ばす相手は『夜鎧』だけ。大いに結構。上等じゃないですか!」
2015-05-11 19:28:26「……聞いたか、シリィ? 俺は乗る。ブッ飛ばすのも俺がやるし、ブッ飛ばされねぇように戦うのも俺がやる」 男が片腕を虚空に翳す。包帯越しに巻いたリボンが、夜の風に揺れた。 「けど、戦うのはお前と二人でだ。歌ってくれ。それだけで俺は戦える」 その声は、隣に並び立つ者にしか聞こえまい。
2015-05-11 20:09:18「まあ! とっても綺麗ねえ」 萌黄の髪の上で、二色の男の手で、観客の目にすら届くほど色を鮮やかにしたティアラと『夜鎧』。 灰色の男の隣で、金色の頭の上にミルククラウンをひろげながら、ふわふわとした声が嘆息を零す。 「アッシュ、とっても楽しそうだわ」 笑みを捕らえた瑠璃色も笑った。
2015-05-11 20:41:03対戦相手の申し出に応えた従者の横で『明姫』が浮かべたのは、笑いは笑いでも苦笑いであったのだが。 「はあい。『目』と『つま先』は気をつけてね」 あっさりとした、ふわふわ声が灰色に告げた返答は、全ての言葉への肯定と承諾だ。 「いってらっしゃい、アッシュ」 白い手がぽん、と背中を叩く。
2015-05-11 20:41:08「一緒に戦うわ。あなたと私も二人。彼と彼女も二人」 男の背中を叩いた手は、次にひらひらと幾重も重なる桃色の裾を持ち上げた。深い一礼(カーテシー)を経て裾を離し、対戦相手を向いたままで男の後ろに一歩下がる。 「みんなみんな、戦っているのね」 足を影で揃わせ、膝の高さに手を下ろした。
2015-05-11 20:42:06「アッシュ、わたしは、あなたとしか歌わないわ。最初から、最後まで。だから、ちゃあんと帰ってきてね」 城内を横切った夜風に柔らかい髪がなびく。髪に結わかれた灰色のリボンも、指に結ばれたリボンも。それらと同じ色の男が身に着けた瑠璃色と同じように揺れる。 「――――『纏鎧(ドレス)』」
2015-05-11 20:42:24. 「――――『纏鎧(ドレス)』」 声と、動きが重なる。 男の伸ばした腕の先から、漆黒の『夜鎧』が纏われ始める。 ――――パキパキパキパキパキッ! 瑠璃色の布地が、指先と腕が、肩を、胴を、脚を、硝子が砕けるような音を鳴らしながら『影』が包み込んで行く。 「ああ、解ってる」
2015-05-11 21:03:45その『影』は、両足の輪郭を覆うように床目掛けて霧散している。足元の影が広がる。その端が自らの『明姫』に辿り着いた時、砕けるような音が、一度止まった。 「アッシュ・ドゥオデキムス」 簡潔な名乗り。男はそれだけを言うと、漆黒の兜の目隠しを下ろす。鋭い視線はスリットの向こう側に消える。
2015-05-11 21:09:00静が重なる。導が重なる。 儚くも硬く澄んだ音が男を纏っていく。 『明姫』の爪先は影の上。 金色の頭部に乗ったティアラにも、足元の影にも『熱望』を経た二人のような鮮やかな色はない。 高らかな音で応えるだけだ。 「シーリカラピス・フラキシヌス・エクセルシオーレ」 灰色に続いて名乗る。
2015-05-11 21:12:50「昼にブン殴り損ねた分は、倍にして返して差し上げますよ」 『明姫』の礼から遅れ、漆黒の『夜鎧』が腰を曲げた。 一度姿勢を正すと、小さく硝子の砕ける音を鳴らしながら、ゆっくりと舞台の中央へと歩いて行く。 影の先だけを『明姫』の足元に残したまま、一歩進む度に曲がっていく背筋と共に。
2015-05-11 21:22:13