政治が熱い、ってことでOnGoingの政治とアートwith遠藤一郎に参加。 自民党支持アメリカ大好き再軍備歓迎はやっぱりここではマイノリティー。 一郎さん政治のこと喋れんのかな?と思ってたけど、彼のやってる事やその意図ってのは非常に(広義の)政治的でした。
2015-05-09 00:03:13キーワード「諦め」などなど、彼の意識しないところで日本的な美意識との繋がりが垣間見えたりもして、おもしろかった。
2015-05-09 00:05:18自分の発見としては、 遠藤一郎が大切にする人それぞれの価値観と、遠藤一郎が警戒する「仕組まれた」価値観の違いがやっとわかった。 人がそこにただ在る状態でそこにある価値観と、 人と社会と政治と情報と色々ある状態でそこにある価値観の違い、 とでも言えばいいのかな。
2015-05-09 00:09:00残される問題として、 ありのままの自分で自由にいること は即ち暴力であることと、 多様性を是とすることは進歩主義や全体主義にものすごく近いということ。 後者については、多分多様性ってお題目にも解釈が色々あると思うから迂闊なことは言えないけど。
2015-05-09 00:13:37あ、昨日棚上げにしたこともう一個あった。 表現の自由と差別。 表現の自由に限らず自由は暴力に直結する。一方、強者が自由を行使した結果、利益や尊厳を傷つけられ、自由な状態ではそれに対抗する術を持たない人間がいる。 何をどう操作してこれらを両立するんだろ。
2015-05-09 12:45:03しかし、このハッシュタグを揶揄し、閣議決定をサポートしてイキガッテいるおそらくは若者たちの群れが、いざとなると自分たちが真っ先に戦場に送られるという自覚がないことには、改めて呆然とする。メタ認知なさ過ぎ。少しは歴史から学んだらいい。 #官邸前へ押し寄せよう
2015-05-14 18:53:08OnGoingでも軍隊賛成したら「当事者意識がない」という反論をうけたよなあ。 当事者意識って何?想像力? それこそ賛成の理由はむしろ「諦め」なんだけどなぁ。
2015-05-14 22:28:01@shosakai 先日、吉祥寺はオンゴーイングで「政治とアート」という催しがありまして、そこで私は安倍総理も評価してるし軍隊も持つべきだと思う人です、と立場を表明したところ、次の発言者の方から「戦争に行くのは自分だ、という当事者意識があれば戦争OKなんて絶対言えない」と言われた
2015-05-15 00:32:59@shosakai それだけの話だよーん(*^◯^*) けど、 じゃあ当事者意識持ってみようo(`ω´ )oってなってもできないなぁみんなどうやってんのかなぁ ってなった。 別に戦争に限らず、イジメでも貧困でも一緒なんだけど。
2015-05-15 00:38:25@shosakai その場のゲスト?的な立場のカッパ師匠(遠藤一郎)が、文脈忘れちゃったけど「諦め」って事をキーワードとしてあげてて、(たしか「どうせヒトは好きに生きるしかない」とか、「どうせ好きに生きてても他人とつながってしまう」とかそんな感じ)
2015-05-15 00:47:26@shosakai で、私が安倍総理やら軍隊やらに肯定的なのは、ヒトは結局のところ暴力的にしか存在できないし暴力でしか動かない、っていう諦め故になんだよなあ。っていうコレは完全に自分の考えの話。 あらゆる思索や創造は全てその暴力を肯定してもらうためにある、とすら思う。
2015-05-15 00:51:39@shosakai 自由って暴力だよね。の方だね。 相対主義じゃなくて多様性=善は全体主義につながる恐れがあるって言ったのはまた別の話。
2015-05-15 01:08:10@dairanran あ、その二つは別の話なのか。まあ置いといて、自由と自由(正義と正義?)はコンフリクトするけど、そこで誰もが虐げられないで上手くいく方法を考え続けるのが哲学や政治学やなのでは?(=あらゆる思索はその暴力を避けるためにあるのでは?) それへの「諦め」ってこと?
2015-05-15 01:13:16@shosakai むむ。自覚のないところを突かれたなあ。ちょっと整理する。 誰も虐げられないうまい方法を考えることは諦めてないよ。
2015-05-15 01:18:33@shosakai 暴力のための機関を持つことと、誰かが虐げられることはイコールではない。 プラス、 平和と尊厳は、暴力を持たないと守れないという諦めだな。
2015-05-15 01:27:17