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Tomisaki Takashi @tomi_polisci
何か、「暴力装置」という言葉が、政局となっているみたいですね。@sugawarataku さんと同様、政治学者としては、「は?」という感じです。(笑)そこで、少し解説。@sekohiroshige
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)「国家」が、社会的装置として、企業その他の社会集団と区別できるのは、「一定の地域・住民」に対し「正統的暴力」を独占している、という点にあります。これは、ウェーバー以来、政治学では、最も通常の定義です。なお、(国際政治上の)「国家主権」の本質的意味もそこにあります。
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)よって、国家を社会的装置とするならば、軍隊および警察(検察)が先の意味での国家機関の中核であり、「暴力装置」である、というのは、左翼とか右翼とかいう話ではなく、政治学における標準的見解でしょう。というか、事実としかいいようがない。
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)なお、社会において「正統的暴力の独占」が実現されていない状況は、一般に「無法状態」となります。そして、このような状況では、成員は「万人の万人に対する闘争」を通常避けられず、自らの生命と財産を維持することが困難です。
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)よって、我々にとってこの意味での「(正統的暴力の独占を実現する)国家」は(成立していないと、自分自身の生命維持さえ困難となってしまうという意味で)不可欠の社会的装置といえます。
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)一方で、「暴力を独占」した「国家機構」は、その圧倒的権力から、歴史的にもしばしば大量にその成員を殺害してきましたし(ヒトラー・スターリン・毛沢東・ポルポトは、現代史における悲劇的実例)、現代でもいわゆる「非自由民主主義体制」国家では、一般にしばしば住民を殺害・拘束しています
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)つまり、「一定住民・地域における正統的暴力独占」という意味での「国家装置」は、我々人類にとって想像し得る限り恐らく永遠に「不可欠」なものでしょうが、一方でその性質上、成員の殺害を含む「権利侵害」をする可能性をもつという意味で「危険」なものでもある、ということです。
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)そして、いわゆる「民主化」とは、この「暴力装置」を、「自由で競争的」選挙によって選出された政治的リーダー(文民政治家)が制御することに、その本質があります。それは、「民主化」表現する古くからの言葉「bulletからballotへ(弾丸から得票へ)」に表われています。
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)ちなみに、「国際社会」がアナーキー(無法状態)的である、という国際政治学における前提も、その本質的意味は、人類社会において、「正統的暴力の独占」を果たす「世界政府」がない、ということです。戦争の基本的原因も、ここにあります。この辺は、一般の人には別の解説が必要でしょうが..
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
「暴力装置」問題,ちょっと追加(笑)。『国家のゆくえ』でも解説してますが,拙著では他に『現代の政治学3 比較政治学と国際関係』という,学部生向けのテキストでも少し解説してます。97年出版ですから,13年前ですが。参考までに。http://amzn.to/dCHxYX 
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)『現代の政治学3』から,以下引用(79頁)。私の担当章で,「国家」や「民主政」定義等を確認した後,以下のように締めくくりました。「..こんにち,(特に自由民主主義体制国間での)国家主権の相対化という歴史的潮流が観察できる。しかし,
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)しかし,我々が秩序維持の何らかの機構を必要とする以上,..「国家」に類する制度の有効性は基本的に不変であろう。規模や社会のあり方,領域が変化することはあっても,(暴力の管理という意味での)「統治」の契機が消滅することは将来にわたってありそうにないのである。」引用おわり
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)「暴力の管理」こそ「国家」の中核的機能であり,「政治学」が考えねばならない,ど真ん中の課題である,と私自身は考えています。その社会的重要性は,この問題から,(戦争だけでなく,国内的抑圧によっても)20世紀だけでも数千万人以上の人命が失われてきたことからも,明らかです。
Tomisaki Takashi @tomi_polisci
(続)その意味での「国家」は,歴史的にみてどう作動してきたのか。望ましい「国家」の在り様とは何か。そして,それは,「自由」「民主政」「戦争」「テロ」といった問題とどのように関わっているのか,いるべきなのか,政治学はそういった課題と対峙しています。

コメント

陸離 @Rikuri_Tukimoto 2010年11月20日
仙谷さんが使った「暴力装置」は文脈的に正い意味で使われたのかなぁ。
死神紫乃 @polarizedlight 2010年11月20日
誰から見たら問題ないとか何を知ってたら普通って、それって意味あるのかなぁ。 重要なのは、その場で適切かどうかじゃない? 私設後援会の方達が正答正当言ってるけれど、言った本人は不適切だと思ったから撤回したわけでしょう。それを外野が正当と叫び続けるのはみっともないと思うよ。この事に触れないで忘れてもらうのが1番だと思うけど、もう遅いね。
うきねこ(#RWC2019) @TJ_Web 2010年11月20日
「暴力装置」を政治学用語の基本とか言って偉そうに語っている輩には辟易するよ。仙谷にとっての「暴力装置」は全共闘の赤いバカサヨ用語として息をするがごとく自然に使っていた言葉に過ぎない。少なくとも官房長官が国会で口にする言葉ではない。TPOをわきまえろという話だ。
dat27103 @dat27103 2010年11月20日
政治学において普遍的な語が政治の場において一定の認識を得られてないというのは政治家の勉強不足を嘆くべきなのか政治学の力不足を嘆くべきなのかどっちなんだろうねぇ
澤野 @Lily_victoria 2010年11月20日
そもそも仙谷氏が訂正・謝罪したポイントってほんまに「暴力装置」かいな。「軍事組織」とゆうてしもたのを「実力組織」と言い換える為やったんやないの?それを「暴力装置とはけしからん!」って…ポイント外しまくりやんか。
@s_koshigaya 2010年11月20日
というか、言った本人が誤解の訂正も何もないまま単に謝罪して言い直しちゃったから、周りがどんなに擁護してもこの件は既に「終わってる」よね。政治学云々ではなく、これは態度の問題でしょう。
隆介(すー) @ryusuke_org 2010年11月20日
仙谷さん云々は正直どうでもいいけど・・・。国家の統治機構の中で必要悪的な「暴力装置」が明確な文民統制下にない現状はよくない状態なんだろうな。そのあたり、いかがでしょう?
A.C.✨NCC1710hh2 @AerospaceCadet 2010年11月20日
はいはい録画録画。 http://j.mp/9JAAwy どう見ても訂正してるのは軍事組織を実力組織にです。本当にありがとうございました。
ポポイ @popoi 2011年10月29日
仙谷氏の公式HP「戦後日本政治の流れを振り返る」より。《暴力装置としての大変な実力部隊が存在/自衛隊法や防衛庁設置法でもって定め/これが違憲の法律だと言わないのならば、憲法に自衛隊が存在することの根拠を書かないというのは、憲法論としても法律論としても如何なものか》(2005/10/3)
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