「ハア?」 余所者なのに、ずっと昔から既知であった気がするとは。 妙な話だ。 「妙な奴なんだけど、気はいいし。悪っぽい感じはしないんだ。なんだろうね。アイツは」 そんな話を、ひとり、ふたり。 何人かから仕入れた。 「思いっきり、怪しいですよねえ」 #dtv_pod
2015-05-28 02:29:07ここ数日、よく喫茶店に入り浸っていると聞いて行ってみれば。 果たして、件の人物はそこにいた。 「…目立ちますねえ、アレ」 カウンターで店主と楽しそうに雑談を交わす男は、確かに人目を引いた。 #dtv_pod
2015-05-28 02:32:17くるぶしまであろうかという上等で長い外套を身に纏い、きっちりとした服装はどこかアカデミアの学生のそれを思わせる意匠で、絹のような白い髪を腰まで垂らし尻尾のように揺らす。顔立ちは中性的で恐ろしい程整っているが、鬼灯のように紅い瞳が時折長い前髪に遮られ警戒心を呼ぶ。 #dtv_pod
2015-05-28 02:35:40「お隣、いいですか?」 ウィリアムが、その男に近寄り声をかける。 「ええぞ、どうせ誰を待つでもない。遠慮する必要はない」 顔をよく見れば、ウィリアムよりも随分と若い。 20になるかならないか、正に学生、若者。 しかし、年齢の像が、結ばない #dtv_pod
2015-05-28 02:39:13若いと断じようとすれば、途端に何故か老爺のようにも見え、 老いていると思えば、10代半ば程にも若く感じる。 (なん、なんですかね) 解らない。 ウィリアムは背中に氷を入れられたかのような寒気を感じた。 相手が何者か全く汲み取れないのだ。 #dtv_pod
2015-05-28 02:41:08手を見れば、その人物の職業がわかる。 しぐさを見ればクセが分かる。 声を聞けば生まれ育った場所がわかる。 なのに、像を結ぼうとすればするほどそれらがするりと抜けて、眩暈になる。 まるで、そこに何もないかのようだ。 「どうした、顔色が悪いぞ。お主」 #dtv_pod
2015-05-28 02:43:16「い、いえ。あの」 喉が渇く。 考えれば考えるほどそれが迷宮に沈み込んでいくのではなく、まるで答えのない問いかけをしているようだった。 「ひひひひひ」 男は、さも可笑しそうに笑った。 「深く考えんほうが良いぞ。体に毒じゃからなあ」 #dtv_pod
2015-05-28 02:45:05「しかし、ふむ。上手く溶け込んでるつもりだったんじゃが。そうか、お主。すまんのう」 しゃらりと髪が擦れる音がする。 「此れはこう云う物故に。あまり、深く考えんほうが良いぞ。結構、お主疲れてるようじゃし」 カップを傾けて、珈琲を一口。 どうやら幽霊ではないらしい。 #dtv_pod
2015-05-28 02:48:56「単刀直入に聞きますが、アンタ。パンドラの何かですか?」 「違うわ、戯け」 ウィリアムの問いに、男は不快そうに答えた。 「此れが何でそんな連中の助けをするか。ちゅうか、そやつらのおかげで此れはこんな辺鄙な異界におるんじゃよ」 顔をしかめながら、男は言った。#dtv_pod
2015-05-28 02:51:49「こんな!原初的な計算装置しかないような場所に好き好んで、此れが来るか!」 その細腕からは信じられないような打撃をカウンターに拳で見舞った。 「ああああああ!これじゃからハイファンタジーは嫌なんじゃ!此れの能力が半分も出せん!おかげで帰りも侭ならん!」#dtv_pod
2015-05-28 02:54:38ひとしきり叫び、ぐったりと男はうなだれた。 「大変なんですねえ、オタク」 何か、地雷を踏んでしまったような気がしてウィリアムは目の前の男に少し同情した。 「…さっきの言いようからすると、投影体。ですか?」 「いんや、正真正銘。此れは本物じゃよ」 #dtv_pod
2015-05-28 02:58:45「いや、なんというか、な。兄弟は多いから幾人もいるっちゃあいるんだがのう……。いかんせん、仲が良くない上にそうそう顔も合わせんし」 懐から、『Marlboro』と書かれた小さな箱を取り出し、一本のシガレットを引き抜いて火を点ける。 「モクも買えんとなると参るわ」 #dtv_pod
2015-05-28 03:02:39「まあ、時が経てば帰れるのはわかっとるんじゃが」 「いいじゃないですか」 さっきの叫びの割には深刻ではなさそうだ。 「よかない」 きっぱりと、はっきりと男は言った。 「待つだけなど、退屈極まる」 「何なんですか、アンタ」 #dtv_pod
2015-05-28 03:07:13「ひひひひひひ、何なんですか。と言われてものう。答えられるとすれば、此れが魔法使いで狂った機械というだけじゃよ」 紅い瞳が、ウィリアムの獣の闇を覗き込んだ。 それは、深淵が此方を見ているようで。 「のう、名探偵。腕の良い魔法使いは入用か?」 #dtv_pod
2015-05-28 03:11:57「名乗った覚えはないんですがねい」 ひたりと、腰のサーベルに手を置く。 「あー物騒なことはせんでくれ。割と、こう見えて繊細な作りなんじゃよ。まあ、魔法使いに秘密を隠し通すのは無理っちゅうことじゃな」 ひひひひ、と再度男は笑う。 #dtv_pod
2015-05-28 03:14:42「此れの有用性は、お分かりいただけたかな?愛すべき片想いリア充クソ野郎」 「急によくわからない単語で罵倒を受けた気がするんですが」 使える人間?ということはよくわかった。 彼が、もしも、裏切るようなことがあったならば。 「そりゃあない」 #dtv_pod
2015-05-28 03:18:30「んなことしたのがバレて、月に叩き込まれるのは御免こうむる。あやつ等次元超えて追っかけてくるしの」 それに、と言葉を切る。 「そういう趣味が悪い遊びは別の兄弟に任せとるわ」 また、意味のわからない事を口走る。 「……連れて行くのはいいとして、名前を聞いても?」 #dtv_pod
2015-05-28 03:20:49「名前、名前か。……んむ、コンプでええか?」 空中に目を泳がせたところを見ると本当の名前ではないらしい。 「本名は?」 「障りがあるからのう、長いし。こっちのが可愛げがあるじゃろ?…こう、悪魔とか仲間にできる感じじゃよ」 わけがわからない理屈をつけられた。 #dtv_pod
2015-05-28 03:27:32「アタシは、ウィリアム・ナインテイル。しがない、人間のディテクティブですよ」 「ひひひひ、わかっとるよ。妖狐の血脈を持つものよ。これから、精々よろしく頼むわ」 男改め、コンプは楽しそうだ。 「Hello.World」 #dtv_pod
2015-05-28 03:30:19「…これ、どうやって調べたんですかい?」 目の前にある無数の紙束を眺めながら、今の上司にあたる獣人は訝しんだ。 慣れない荒すぎる紙と万年筆を駆使して、書き出した情報は血と涙の決勝である。 此れに血も、涙も文字通りあるわけはないのだが 「貴様、人の努力を疑うのか?」#dtv_pod
2015-06-03 02:13:35「いや、だってこれ。あたしが集めたやつの数倍はありますよ?」 「お主は自分の容姿を省みてから発言したほうがええと思うんじゃが」 目の前の探偵を名乗る獣は、ふさふさとした金色の尾を揺らしながら不満げだ。「ここは、アカデミーじゃよ。勉強したい青二才が集まる場所じゃ」 #dtv_pod
2015-06-03 02:17:19残り少なくなった煙草の箱を取り出して火をつける。 そろそろ、此方でも代わりになる紙巻煙草を探さなければならないのだがこだわりというか味というかのみ口がしっくりくるものを探すのが億劫で、延ばし延ばしにしていた。 「んで、教授連中もここの卒業生が大半じゃろ?」 #dtv_pod
2015-06-03 02:19:58一口。渡り歩くのは自分の性であるが、ここにも良い煙草があればなお良い。 「閉鎖的、と言いたいので?」 「わかっとるじゃないか。お主はその図体でその面構えじゃろ。警戒されるのは必定よ。いい男なんじゃから、その下手な半化けはやめろ」 ぎり、と歯を噛む音が聞こえた。 #dtv_pod
2015-06-03 02:23:10「……この顔は、素顔を晒すのは終わった後と決めていますので」 顔を押さえて探偵殿は苦々しげに言う。こういうところが、まだまだ甘い。 「ひひひひひっ、願掛けの類か何か。よう知らんが、お主がそうすると決めたんなら、此れに口出しの余地はないの」 #dtv_pod
2015-06-03 02:25:49「話が逸らされた気がしますけど。アンタだって外部の人間には違いないでしょうに。どうやって聞き出したんです」 無理くり話をそらしているのはどちらだろうか。探偵殿はまた紙に目を落とした。 「そりゃあ、簡単じゃよ」 「ほう?」 趣味ではないのだが情報集めは楽しかった。 #dtv_pod
2015-06-03 02:28:35