深海棲艦猟師の朝は早い

赤肩 @fuyutuki67

その船は凡そ軍籍にあるようには見えなかった。フジツボの付いた船体には消えそうな文字で『ふゆづき』と書いてある。備え付けられた古びたブローニングM2だけがこの船の兵装、だが船長は言う、「この船の武器は銛と投網だけだ、あれは倅が付けろってうるさいんだよ」と。 ＃短編鎮守府

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ガリガリと音をたてる短波ラジオは時折深海棲艦の目撃情報を様々な言語で伝える。「何が付近の船舶は避けて下さいだ、連中の方からくるってのによ」船長はにやりと笑い船の速度を上げた。彼は深海棲艦漁師、まさに狂気の沙汰だ。＃短編鎮守府

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「連中はな、漁をする時以外は単独回遊してるんだ」速度を落とし双眼鏡で辺りを見回す。彼がいう深海棲艦の漁とは鎮守府や艦娘との交戦だ。港を出て南へ二時間、この海域はまだ鎮守府がなく船長曰く穴場らしい。 ＃短編鎮守府

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30分過ぎた頃だろうか、水平線の際がきらりと光った。「いた！」船長は慌てて操舵室に戻り急行する。獲物がこちらに気づいたのか艦載機を向かわせてきた。「ヲ級だな、明日の夕飯は豪勢にいこうや‼︎」深海棲艦の艦載機は母艦と視覚を共有しているらしい、多分、ヲ級は混乱してる。 ＃短編鎮守府

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それもそのはず、船長曰く威嚇兼願掛けの五色大漁旗には大魚を釣り上げる赤城が描かれオンボロラジカセは音割れ爆音で船長自作大漁歌を海域全体に轟かせていた。艦載機の動きは明らかに泳いでいる、チャンスだ。 ＃短編鎮守府

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コースを設定し自動航行に舵を任せ甲板で腰を低く構え腕には銛を持つ、目の前のヲ級はオロオロと狼狽えている。ヲ級の目からは攻撃する敵は見えず、ただ不審船が自分目掛けて突っ込んでくるのだ。 ＃短編鎮守府

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艦載機が破れかぶれの機銃を撃ってくる。しかし、その弾は船体に当たると音を立てて弾かれた。見た目は漁船だがその硬さとパワーは船長の友人、近所のボンクラ鎮守府勤務の明石謹製、そして軍横流しの装甲板などを惜しみなく使ったこの魔船が爆誕した。 ＃短編鎮守府

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「遅いんだよォ！」機銃に曝される船体がヲ級の真横を掠めるその時、船長は立ち上がり渾身の力を込めて銛をヲ級の腹目掛けて投げた。「ぐぼっ」銛は腹を貫通、ヲ級は口から血のような何かを吐き銛を凝視する。船長は銛に括り付けたロープを船べりのウインチにかけ巻きあげた。 ＃短編鎮守府

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ウインチが唸り声をあげると銛は引かれ返しがヲ級の腹に食い込む。船体に引き寄せ頭部装飾のような艦載機の巣をバットで叩き潰し本体だけを船にあげた。「本体だけなら害は無ぇ、腕縛って水やりゃ十分だ」これが深海棲艦漁師の一日だ。最後に船長はそう私たちに語った。 ＃短編鎮守府

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翌日の地元新聞の一面は彼の記事で埋まるだろう。『違法深海漁師ついにお縄！憲兵艦娘を船に乗せ出港。目の前でヲ級を捕獲する』この後、彼には二つの選択肢がある。服役が服務だ、海軍は才能ある人材を常に求めているのだ。 ＃短編鎮守府

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生け捕りにされたヲ級は何故か船長に懐いてしまった。失礼、今は提督でしたね。「うるせぇ卑怯者」元憲兵艦娘の大淀は微笑む。「でもどうするんです？深海棲艦がいる鎮守府なんて……」「いつもならさばいて鍋にでもするんだがなぁ」ヲ級は締まった身がダシとよく絡むらしい。 ＃短編鎮守府

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廊下をたったったと走る足音がする。「しれーかん！ヲっちゃんがしれーかんとお風呂入るって聞かないのよ！」雷はヲ級の世話に困っていた俺を見かね世話役をかって出てくれた。今では彼女も手を焼いているようだ。 ＃短編鎮守府

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「はいはい……」渋々雷に手を引かれ部屋を後にした。何故、ヲ級が処分されないか、それは御歳九十五の技術大将様が出された五十年間の期限付き学術保護命令のせいだ。生け捕りなんてするんじゃなかった。「ヲーー！」「しれーかん！」 ＃短編鎮守府

赤肩 @fuyutuki67

『深海棲艦漁師の朝は早い』 おわり ＃短編鎮守府