あきつ天龍帝都奇譚 第一幕 その四

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あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

【前回までのあらすじ】 日比谷公園にて謎の青年眉月、退役軍人の山田と偶然にも接触したあきつ丸と天龍一行は、そこで思わぬ事実を耳にする。 吹雪より依頼された猫、その飼い主はなんとその青年だと言うのである。 簡単な依頼に見えた猫探し。 どうやら、一筋縄ではいかないようだ……。

2015-04-17 22:12:14
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

……神田神保町は、大正のこの頃にはまだ"小川町"とも呼ばれていた。 神保町の名が正式な物になるのは、まだ先のことである。

2015-04-17 22:15:50
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

しかし、名は違えど街が持つ性質は同一だ。 それは"数多の書店が軒を連ねる街"というもの。 それが小川町、及び神田神保町の姿なのである。 ……あきつ丸こと津洲あき、天龍こと天田お龍は、そんな街を今日訪れていた。

2015-04-17 22:19:45
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「随分と人で賑わってるじゃないか」 「近くの大学から来ている人が多いのでありましょう」 「なるほどね。 やけに学生連中が多い訳だ」 「熱心でありますね」 「今は昼時だし、飯食いに来てるんじゃねぇか?」 「それもそうでありますね」

2015-04-17 22:26:23
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

神保町は本の街だが、人が集まる故か食堂なども時折見かける程には多い。 最近ではそちらの店の数も増す一方である。

2015-04-17 22:28:09
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「しっかし、何でか時々視線を感じるな」 「まぁ、天龍殿は目立つでありますから。 ……洋袴も随分と短いでありますし」 「スカートな。 格好の異様さで言やぁ、あきつ丸も似たようなもんだろ」

2015-04-17 22:31:52
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

昨日とは違う出掛け先だが、二人の服装は相変わらずである。 あきは黒い詰襟に学生帽、天龍は背広とシャツとスカートに鳥打帽。 一応、お互いとも男装といった風である。

2015-04-17 22:35:57
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

ただ、サラシで抑えているあきはともかく、天龍の方は一切そういった類のものは施していない。 健康的な学生諸君には刺激の強い外見である。 つい先ほども、天龍を見ていたであろう者がサッと視線を外して足早に去っていったところである。

2015-04-17 22:40:11
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「天龍殿の格好は奇抜であります」 「俺は何とも思ってないけどな。 見られていようが知ったことか」 「そういう問題でも無い気がしますが」 「それより、あきつ丸もどうにかならないのか」 「どう、とは?」 「そのどう見ても男にしか見えないその格好だよ」

2015-04-17 22:42:33
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「これは自分の"ポリシー"でありますから」 「外国語か」 「本で読んだのであります」 「行動方針、ねぇ?」 「おや、意味をご存知でしたか」 「まぁね」

2015-04-17 22:46:53
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

あきの言う通り、彼女が出掛ける時は決まってこの格好である。 天龍はその理由を聞かないし、あきもその理由を語ることは決してない。

2015-04-17 22:50:14
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「ところであきつ丸、そろそろ昼飯に……」 「またでありますか? まだ用事があるから、それが済んでからにしようと何度も言っているでありますよね?」 「わ、分かってるって。 そんなに怒るなよ」 「天龍殿は食い意地が張りすぎでありますよ、全く」

2015-04-17 22:53:57
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「だって仕方ねぇだろ? 吹雪ちゃんの家は惣菜屋さんだって言ってたから、そこで腹ごしらえでもしようと思ってたのに。 それが、店が休みで留留守なんてなぁ……」 「それは事前に連絡をしなかったこちらも悪いであります。 いるものとばかり思っていたでありますから」

2015-04-17 22:58:46
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

このやり取りも既に三回目である。 先日のたい焼きもそうだが、どうも天龍は外食や買い食いを好むきらいがある。 いくらあきの財布には余裕があるとはいえ、こう何度もあっては参るというものだ。 現に今も、天龍は飲食店の近くを通る度に中を覗こうとチラチラと視線をやっている。

2015-04-17 23:05:04
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「天龍殿の言うことも、まぁ分かるであります。 流石に銀座とまではいきませんが、ここも店が増えてきているでありますから」 「確かにな。 俺、この街好きだな」 「書店もでありますが、食べ物屋も嫌いではありません。 自分も、好きであります」 「それだけじゃねぇんだけど……ま、そうだな」

2015-04-17 23:15:06
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「それに、この辺の店は出す量も多いしな」 「底無しでありますね、天龍殿は……」 「そう褒めるなって!」 「別に褒めてないであります。 ……さて、着いたでありますよ」

2015-04-17 23:19:21
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

人でごった返している通りを歩くこと数十分。 二人は目的のある書店へと辿り着いた。 名は"沼屋"。 外にまで本棚が伸びている、古めかしい木造建築平屋建ての小さな店である。

2015-04-17 23:22:25
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「青葉殿、いらっしゃるでありますかー?」 「邪魔するぜ……っとと、相変わらず足の踏み場も無ぇ店だな」

2015-04-17 23:26:22
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

あきは店の主人青葉の名を呼びつつ、中へと入っていく。 天龍もそれに続くが、狭い店に本棚を敷き詰めるように置いてあるせいでとても歩きにくそうである。

2015-04-17 23:28:36
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「はぁいいらっしゃ……なんだ、貴方たちですか」 「おいおい、いつにも増してぶっきらぼうじゃないか」 「青葉も忙しいんですよ。 あんまり邪魔しないでほしいですね、ふぁあ……」 「それにしては暇そうでありますね」

2015-04-17 23:38:29
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

着物をだらしなくはだけさせて呑気にあくびを漏らすこの女性こそ、古書店兼貸本屋"沼屋"の主、平沼青葉(ひらぬま あおば)である。 あきと天龍の二人は、この彼女に会うために訪れたのだ。

2015-04-17 23:43:23
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「はぁぁ……それで、今日は何の用事でここに? まさかまぁた厄介なことじゃありませんよね?」 「実は、ある人を少し調べて欲しいのであります」 「うわぁ、面倒くさそう」 「それを二人分な」 「……断っていいですかね?」

2015-04-17 23:54:17
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

そして青葉は、この通り常に気怠く、ものぐさである。 何をするにしても、やれ面倒だの、やれしんどいだの……。 そもそも、何も無ければ日がな一日煙管をふかして本を読み漁っているような人間である。 それでもあきと天龍が頼るのは、彼女が書店の主の他にある裏の顔を持っているからだ。

2015-04-18 00:00:32
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「そこを何とか」 「嫌ですねぇ」 「……あきつ丸」 「またでありますか? ……青葉殿、報酬は弾むであります。 だから」 「よし、引き受けましょう!」 「……はぁ」

2015-04-18 00:09:36