鈴メガバースくりへし ※燭へし要素有り(完結済み)

かたなのスズトの省エネモード @10dance_suzuto

@10dance_suzuto 俺はそれに是と答えた。光忠なら、俺の全てを受け止めてくれる。結婚して籍を入れて抑制剤を減らしヒートを迎え人としての寿命を削り、そして光忠の子を孕みたいと獣のように訴える俺を、その先に待つ、ただの肉の塊となった俺を。受け入れてくれる。

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@10dance_suzuto 俺は、幸せだ。とてもとても幸せだ。……幸せには痛みが伴った。Ωの俺は幸せだ。だけど、長谷部国重は、どうなんだ？ 廣光は、長谷部国重を決して蔑ろにしなかった。そして、あの日が来てしまった。

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@10dance_suzuto 「あいつらは」廣光は不機嫌を隠そうともしない声音で切り出した。「変だ」「ああ、そうだな。……あいつらは俺のボディーガードなんだ」「は？」「俺が他のαに手出しされないように手配されたんだよ。だから四六時中、一緒にいる。でもそれももう終わりだ」

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@10dance_suzuto 「待て、国重。他の、だと」「うん」「他のって、あんた。いや、だってあんた、卒業したら」「結婚するよ」金色の目が見開かれる。「結婚するんだ、婚約者と」その瞬間、背中に鈍い痛みが走った。見上げた先には、怒りと失望と戸惑いに眉を寄せた廣光がいた。

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@10dance_suzuto 「……ずっと黙っていてすまない」「いたんだな」「ああ、小学生の時に決まった」「また、そうやって他人事のように言うのか」「俺には勿体無い相手だ。さっぱりとした気性の、良い御仁だ。……家柄から見ても、俺には勿体無いくらいの話だ」「俺もαだ」

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@10dance_suzuto 「ああ、知っている」「まだ学生だし、知っての通り普通の家だ」「そうだな、いつも入り浸らせてもらった」「あんたより年下だし、あんたの婚約者とやらと比べたら、頼りないかもしれない」「そうかな」「そうだ」「でもお前はそう思わないんだろう？」

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@10dance_suzuto 「ああ、そうだ。俺だってαだ。お望みなら、いくらだって出世してやる。そいつに負けないくらい稼いでやる。だけどな、国重。あんたはそんなもの、欲しくはないんだろう」「廣光」「あんたは、ずっと諦めていたんだろう……？」「廣光！！」

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@10dance_suzuto いやだ。いやだ、廣光。それは、だめだ。「そんな顔をするな、国重」だめだ、言ってはだめだ。「幸せだって自分に言い聞かせるような顔は、してくれるな」お願いだから、どうか。「俺のことが好きなくせに」言わないでくれ。暴かないでくれ。踏み入らないでくれ！！

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@10dance_suzuto 渇いて張り付いたようになった喉から、どうにか喘ぐようにして声を絞り出す。「すまない」だが廣光は許してくれない。「俺なら、あんたにそういう顔は、させない」「すまない」やめてくれ。

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@10dance_suzuto 「好ましいだと？ 笑わせるな。あんたらしくない。これ以上の言い訳は、結構だ」「すまない、廣光」よしてくれ。「俺なら」「無理だ」無理矢理、遮ると廣光はぐっと顔を近づけてきた。反射的に手が唇を守る。苛立ったような舌打ちをされた。それは、駄目なんだ。

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@10dance_suzuto だって、俺は。「俺はお前に、俺が壊れていく様を、見られたくは無いんだ……廣光、お前の前では、Ωの俺じゃなくて、ただの長谷部国重でいたい」痛む喉を見過ごしながら、冷たい液体が目の端から零れ落ちた。掌に触れる廣光の呼気は、あたたかい。

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@10dance_suzuto 廣光、お前の傍はあたたかい。出来ることなら、ずっとお前の傍に、居たかった。だけど。 「綺麗なままの俺で、いたい」 途方も無くエゴに満ちた本音が、断罪するように静かな部屋に響き渡った。

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@10dance_suzuto 「ごめん、ごめんな廣光。失望しただろう、こんな男で。どうか嫌ってくれ……どうか忘れてくれ。だけどなあ、廣光、俺は、俺はっ、忘れたくない。忘れたくないよお、嫌だっ、お、Ωになんか生まれたく、無かった。ひろ、廣光っ」「国し」「壊れたくなんか、ないなあ」

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@10dance_suzuto 情けない嗚咽の隙間から、鋭く息を呑む音が聞こえた。廣光は、知らなかったんだな。そうだろう。βの家庭に生まれ育ち、αが判明してからも周囲は廣光を尊重し、Ωの真実を伝えようとしなかった。優しすぎる世界は、一人のαから一つの真実を覆い隠した。

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@10dance_suzuto Ωは死ぬ。肉体より先に精神が死ぬ。ヒートという短期的な死をいくつも迎えて、いずれその身はヒトとは呼べないものに成り下がる。廣光には見られたくなかった。優しい廣光。俺をΩじゃなく長谷部国重として見てくれた廣光。お前がそうだったように俺は

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@10dance_suzuto 大倶利伽羅廣光という人間が、好きだった。だから。「ごめ、っ、ごめん、ひっ、う、く」「国重、もういい」「ごめんなさ、う、うう、っ、ごめん、なさい」「もういいんだ。もういい」「やさ、お前の、優しさに、つけっ、こんで、ずっと」「いいんだ」「俺、俺っ」

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@10dance_suzuto 廣光の人差し指が、俺の唇に置かれる。あまりに脈絡の無い行動に、一瞬何もかもが停止すると。「……俺も、あんたが、好きだ」人差し指を介した向こう側に、廣光の唇があった。子音だけで囁かれて、そして、思わずした。「ああ、俺もお前が、好きだ」そして目を瞑る。

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@10dance_suzuto 廣光の両頬に添えた手は、血潮の巡りに赤く染まった体温を伝えてくれた。廣光はここに居る。そして俺も、ここに居る。なら、もう、いいや、と思った。それだけで十分だ。「廣光」全てをここに置いていこう。大倶利伽羅廣光の大事にしてくれた長谷部国重のすべてを

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@10dance_suzuto ここに置いていこう。ああ、だから、悲しいことは何もない。 「愛している」 その後、俺は大学を卒業し、光忠の家へ嫁入りをした。光忠はこの自我の残る最後の日まで、俺も、俺達の子供も、大切にしてくれた。穏やかな愛情を、二人で育んだ。

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@10dance_suzuto それでも時々、思い出す。有限の幸福に満ちていた日々のことを。あの場所に置き去りにしたそれが、ふと風に乗って届くような日、俺は恋をした一人の男のことを思う。どうか幸せであってくれれば、それで良い。 あの日を境に、俺と廣光が会うことは二度と無かった。

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@10dance_suzuto そして毎日は彩られる。

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@10dance_suzuto あれからどのくらい経っただろう。なんて感傷に浸る間もない目まぐるしい日々の末、俺はようやく大人になった。社会にも出て沢山の期待を負わされて、馬車馬のように働く俺の元に、手紙が届いた。二十九の歳に国重は崩壊したそうだ。

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@10dance_suzuto その報を受け取った時、悲しくなかったと言えば嘘になる。だが、それで身持ちを崩すほど、俺はもう弱くはあれない。だから、目を瞑った。今でも鮮やかに思い出せる、あの日々。本当に大事なものは、この胸の中に残っている。だから、それでいい。

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@10dance_suzuto それさえあれば、他にはもう、何も要らない。 俺の名前は大倶利伽羅廣光。一人で生き、一人で死ぬ。そう決めた人間だ。 (了)