天叢雲剣譚【2-7】

天叢雲剣譚【2-7】です。大規模作戦に打って出た潮岬鎮守府。そこに待ち受けるものとは。
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天叢雲剣譚 @sio_murakumo

相手が駆逐艦と言えども、不意を突かれればそれなりの被害が出るかもしれない。だが軽巡二隻もこのまま放ってはおけば何するかわからない。鶴木は少し黙ったあと、 『仕方ないわ、二手に別れるわよ。伊勢妙高初雪初春は軽巡の方を。残りの二人はそのまま駆逐艦を追いなさい』 「……大丈夫ですか?」

2015-07-12 00:37:43
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

妙高が鶴木に尋ねる。そうこうしているうちにも別れた敵艦たちの距離は離れ、合流に必要となる時間が増えていく。 『苦肉の策よ。このまま放っておいて被害が出たらどうしようもない。極力時間をかけずに仕留めるわよ』 「わかりました。伊勢さん、初雪さん、初春さん、行きましょう」

2015-07-12 00:44:07
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

妙高とアイコンタクトをとると、彼女は三人を連れて軽巡の方へと向かっていった。 「行くわよ、神通。駆逐艦ぐらいさっさと始末するわよ」 神通にそう声をかけ、駆逐艦を追う。だが神通はずっと何かを考え込んているようで、その返事は何処か上の空だった。 「……」 「どうしたのよ、神通」

2015-07-12 00:52:12
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

駆逐艦を追いながら、目線を合わさず神通に問いかける。すると神通はぼそりと呟いた。 「敵は……何を考えているのでしょうか」 「どういうこと?」 「本来なら連携して、私たちを倒しに来るはずです。ですがあの深海棲艦はそんな様子を見せませんでした。リ級が倒されたのが想定外だったとしても」

2015-07-12 00:58:31
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「だったら何、あいつらの目的は何なのよ」 「それは……まだわかりません。もしかしたら私たちを分断させ、叩くのかもしれませんが……」 『いい着眼点よ、神通。この先にもしかしたら戦艦級がいるかもしれない。そうなったら貴女たちに勝ち目はないわ。だからそうなる前に、駆逐艦を叩きなさい』

2015-07-12 01:05:18
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「わかったわ。……ッ、追いついたっ!」 最大速力で追い続けた結果、敵は目と鼻の先にいた。それでも敵が攻撃してくる様子は見せず、ひたすら背を向けて逃げ続ける。 「逃がしません!」 神通が手袋にある単装砲を向け、斉射する。だが敵はその図体は似合わない俊敏さで砲撃を回避していく。

2015-07-12 01:17:46
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「こんのッ……ちょこまかと!」 神通に続いて自分の主砲を斉射する。しかし避けに特化した敵の動きを追い切れず、砲撃は虚しく空を切っていく。 「叢雲さん、このままではダメです! 私が左から回り込んで動きを制限します。そこをお願いします」 「わかったわ! 無茶するんじゃないわよ!」

2015-07-12 01:23:10
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

神通はコクリと頷くと進行方向からやや左寄りに動き、駆逐艦の左腹へと近付いていく。それに気付いた駆逐艦は進路を右に逸らし始めた。 「させないわよッ!」 水切りの石のように海面を跳ねる。真っ向から行っても、のらりくらりと逃げられる。相手の動きを一瞬だけでも、止めなくてはならない。

2015-07-12 01:28:48
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

神通は単装砲を息を吐く間も無く、発射し続けている。それに制されているのか、駆逐艦の動きはわずかに鈍くなっていた。一瞬の隙をつき、一気に駆逐艦の前に躍り出る。 「ここまでよ!」 右の主砲を放つ。だがこの攻撃は予測されていたのか、速度を落とされ、駆逐艦の目の前に落ちた。

2015-07-12 01:35:35
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

それを見た駆逐艦は方向転換を試みる。だが、この砲撃ははなから当てるつもりはなかった。なぜなら――。 「かかったわね!」 敵と私の間に落ちた砲弾は大きな水壁を作る。それを手に持った槍で左から右へと切り裂いた。水壁に一直線に亀裂が走り、わずかに敵の顔を覗かせる。

2015-07-12 01:39:52
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

深海棲艦の表情はよくわからないが、おそらく驚いているのだろう。現に敵の動きは――、一瞬止まっていた。 「もらったあぁぁぁッ!」 身体を回転に任せ、右へと捻る。スローモーションになったかのような錯覚を感じたが、むしろありがたかった。敵を見据え、装填済みの左の主砲を確実に、叩き込む!

2015-07-12 01:47:13
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

水壁を貫き、動きの止まった敵にすうっと吸い込まれるように砲弾は命中し、爆ぜた。ほぼ接射に等しい砲撃を受け切れるはずもなく、瞬く間に駆逐艦は火柱と化した。ジュウジュウと水の蒸発する音を奏でながら、駆逐艦はずぶずぶと海中へと消えていった。 「叢雲さん!」 「ああ、神通。大丈夫?」

2015-07-12 01:51:38
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「私は大丈夫ですが……叢雲さんこそ」 「大丈夫よ。少し衝撃波をもらっただけ」 「……それならいいのですが」 神通が不安そうに聞いてくるが、事実私には何の被害もなかった。終わってみればあっけないものだ。 「とにかく、提督に報告しましょう。何故か先ほどから回線が不安定なようですが」

2015-07-12 01:56:37
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

戦いに集中していたせいか、通信のことなど頭から抜け落ちていた。神通の言うとおり、通信機は耳障りな雑音が混じっており、まともに聞くことができない。 「鶴木、こっちは終わったわよ」 だが返ってくるのはノイズのみ。一向に返事がくる気配はない。 「おかしいわね、つながら――」

2015-07-12 02:01:49
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

そのときだった。不意にザザッと激しいノイズが混じると、声が途切れ途切れに聞こえてきた。 『叢――、そ――――は、大――――』 「どうしたのよ!? ちゃんと返事なさい!」 通信機にいきり立つが、怒っても仕方がない。やっとのことで通信が回復すると、最初に聞こえてきたのは怒声だった。

2015-07-12 02:02:49
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

『このッ! あとで文句言ってやるわ!』 怒鳴り声とともに他のところの通信なのだろうか、砲撃音が混ざる。一体何が起こったのだろうか――。 『やっとつながったわ。叢雲、そっちは無事ね? 敵にジャミングされる回線なんて信じられないわ』 「そっち……?」 その言葉に引っ掛かりを覚える。

2015-07-12 02:04:32
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

さらに続く鶴木の言葉を聞き流し、違和感の正体を探る。それはまるで魚の小骨がのどに引っかかったかのようで気持ち悪い。そして唐突に違和感は唐突に消え、思考がクリアになる。次の瞬間には、私は通信機の向こうにいる鶴木に向かって声を張り上げていた。 「アンタ今、何て言った?」 『何がよ』

2015-07-12 02:05:23
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

一呼吸おいて鶴木が答える。私は鶴木が言ったことを聞き逃さなかった。 「アンタ今、そっちは、って言ったわよね。第二艦隊に何かあったの!?」 『……ッ」 「鶴木、答えなさい! 何があったのよ!?」 鶴木は少し黙ったあと、チッと舌打ちをすると苦々しそうに答えた。

2015-07-12 02:05:36
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

『わかったわ。今から言うことは覚悟して聞きなさい。今聞いたことを後悔しないようにね』 「それぐらい理解しているわ。さっさと言いなさい」 脳内をよぎるのは最悪の想像。だが聞かねばならない。受け入れなければならないのだ。横にいる神通に目配せをし、鶴木に先を促した。 『いいわ……』

2015-07-12 02:05:49
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

鶴木は一呼吸置くと、忌々しげにこう言った。 『第二艦隊の日向が敵に鹵獲され、行方不明だそうよ――』

2015-07-12 02:06:45